第39話 黒薔薇への宣戦布告と、次なる一手
『次はお前の番だ、詮索好きの小娘』
黒薔薇と共に置かれていた脅迫状の、流麗ながらも冷酷な筆跡が、私たちの目の前で不気味な存在感を放っていた。執務室の空気は、まるで鉛のように重く、張り詰めている。
「まあ…! なんて卑劣なことを…!」
セレナ嬢は、小さな扇で口元を覆い、恐怖と怒りにその美しい柳眉を震わせた。アンセル検事補も、固く握りしめた拳をテーブルに置き、「許しがたい脅迫だ! 我々は断じて、このような圧力に屈するわけにはいかない!」と、その声を怒りに染めている。ルークは、何も言わずに私の隣に立ち、その鋭い眼光は、部屋の隅々まで油断なく見渡していた。彼の全身から放たれる静かな闘志が、私にも伝わってくるようだ。
私は――その黒薔薇のカードを、まるで汚らわしいものでも払いのけるかのようにテーブルの端へ叩きつけ、そして、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「望むところよ」その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。「これで、相手も私たちの存在をはっきりと認識し、宣戦布告してきたということね。むしろ、戦いやすくなったのではないかしら?」
強がりかもしれない。けれど、母が遺した「希望の箱」と、そして何よりも、この頼れる仲間たちがいる限り、私は決して怯まない。
そこへ、グスタフ騎士団長が厳しい表情で執務室へ入ってきた。彼は脅迫状を一瞥すると、深く顔をしかめた。
「…これは看過できんな。陛下にもご報告し、王宮内の警備体制をさらに強化させよう。フローレンス令嬢、貴女がたの身辺にも、近衛騎士団の者を数名、護衛としてつける」
「ありがとうございます、騎士団長」私は頭を下げた。彼の言葉には、以前のような単なる任務遂行の響きだけでなく、私たちへの明確な協力の意志が感じられた。国王陛下の特命が、彼の態度を少しずつ変えているのかもしれない。
改めて、私たちは今後の対策を練り始めた。オルコット侯爵襲撃事件と、この脅迫状。間違いなく、「影の議会」による警告であり、私たちの動きを封じ込めようとする意思表示だ。
「相手がこれほど大胆な行動に出てきたということは」私は冷静に分析する。「私たちが手に入れた母様の報告書、そしてダドリー子爵の帳簿が、彼らにとってよほど都合の悪いものだという証拠でもあるわ」
「レイナ様、先ほどオルコット侯爵の襲撃現場で拾ったものです」
ルークが、ハンカチに包んでいた小さな金属片――黒曜石のような黒い輝きを放つ、何かの装飾品の一部らしきものをテーブルの上に置いた。
「これは…犯人が落としたものかもしれませんわね」私はそれを指先でつまみ上げ、光にかざしてみる。「何かの紋章…あるいは、武器の一部かしら?」
「専門家に鑑定させれば、材質や由来など、何か分かるかもしれませんな」アンセルが真剣な表情で言う。
その時、セレナが、何かを思い出したようにハッとした表情で口を開いた。
「オルコット侯爵様が出入りしていたという、『賢者の集い』…! 先ほど、現場で侯爵の側近の方々が、その集いの名前を囁き合っているのを、わたくし、確かに耳にいたしましたの!」
「なんですって!?」
「表向きは、高尚な学術研究を目的としたサークルのようですが、実際には、一部の特権階級の貴族たちが、夜な夜な秘密裏に集う、いささか怪しげな社交場だという噂も…もしかしたら、それが!」
(それよ、セレナ様!)
私は膝を打った。社交界の噂話と侮っていたけれど、今の私たちにとっては、どんな些細な情報も重要な手がかりとなり得る。
「その『賢者の集い』こそが、『影の議会』のメンバーが密会するための、隠れ蓑の一つである可能性が極めて高いわ。次のターゲットは、そこね!」
私たちの新たな目標が決まった。しかし、どうやってその秘密の集会に潜入し、情報を得るか…。
皆が考えあぐねていると、セレナが、おずおずと、しかし決意を秘めた瞳で私を見つめて言った。
「あの…レイナ様。もし、その『賢者の集い』が、本当に社交の場としての体裁を保っているのでしたら…わたくし、アシュフォード家の名前を使えば、もしかしたら招待状を手に入れられるかもしれませんわ。もちろん、危険が伴うことは承知の上ですけれど…!」
「セレナ嬢! あなたがそのような危険な場所に潜入するなんて、あまりにも無謀です!」アンセルが、即座に反対の声を上げる。
「でも、他に方法が…」
私は、セレナの申し出に少し驚きながらも、彼女の成長と勇気を嬉しく思った。
「ありがとう、セレナ様。その勇気は素晴らしいわ。でも、あなた一人を行かせるわけにはいかない」私はきっぱりと言った。「もし潜入するなら、私も一緒に行くわ。そして、万全の安全策を講じる。ルークには潜入時の護衛と脱出路の確保を、アンセル様には外部での待機と、万が一の際の法的介入をお願いすることになるでしょう」
私の提案に、セレナはぱあっと顔を輝かせ、アンセルも(まだ心配そうではあったけれど)渋々ながら頷いた。
こうして、私たちの次なる作戦は、「賢者の集い」への潜入と決まった。
準備を進める間、私は母の報告書と、「希望の箱」から出てきたあの不思議な水晶石について、改めて考察を深めていた。
(この水晶石は、一体何なのかしら…母様は、これをどう使うつもりだったのだろう…? 「影の議会」の秘密を暴くための、何か特別な鍵となるもの…?)
その輝きは、まるで母の遺志そのものが宿っているかのように、静かに、しかし力強く、私の手の中で脈打っているように感じられた。
「影の議会」からの脅迫にも怯まず、私たちは新たな戦いへと歩みを進める。母が残した謎と、この国の未来を賭けて。その先に待ち受けるものが何であれ、もう後戻りはできないのだから。




