第3話 手がかりは、高級ビーフと庭師の少年?
翌日、私は準備万端整えて、ルークと共にダドリー子爵家へと向かった。今日の私のいでたちは、しがない「旅の薬売り」。くたびれたローブをまとい、顔にはそばかすを描き足し、髪も無造作にまとめた。背中には、怪しげな薬草や乾燥させたカエル(もちろん偽物だ)が詰まった背負い籠。完璧な変装だわ、と自画自賛していると、隣を歩くルークが微妙な顔をしている。
「…レイナ様、その格好は少々…その、目立ちすぎでは?」
「あら、そう? 辺境を旅する薬売りなんて、こんなものでしょう? それに、少し怪しいくらいの方が、相手も油断して口を滑らせやすいものよ」
「はあ…」
彼は納得していないようだが、黙って私の後ろをついてくる。今日のルークは、私の「用心棒兼荷物持ちの弟」という設定だ。無口で大柄な彼にはぴったりの役どころだろう。
子爵家の門を叩くと、いかにも人の良さそうな門番が顔を出した。
「なんだね、あんたたちは?」
「こんにちは、旦那様。わたくしども、旅の薬売りでございます。珍しい薬草や、滋養強壮に効く秘薬など、取り揃えておりますが、いかがですかな?」
私はわざと少ししゃがれた声で、にこやかに(胡散臭く)微笑みかけた。
幸い、門番は特に怪しむ様子もなく、中庭まで通してくれた。使用人たちも、物珍しそうに遠巻きに見ている。よし、まずは順調ね。
「さあさあ、奥様方! 肩こり、腰痛、お肌の悩みに! この秘伝の塗り薬はいかがかね? 一晩でつるつる、ぴかぴかになりますぞ!」
私はメイドたちに声をかけながら、さりげなくフィフィの情報を聞き出す。
「昨日、奥様が大事なワンちゃんがいなくなって大騒ぎだったって聞いたけど、見つかったのかい?」
「それがまだなのよ…奥様、カンカンで…」
「フィフィちゃん、小さくて可愛かったけど、ちょっとわがままだったからねぇ」
「そういえば最近、見かけない若い男の人が、塀の外をうろついていたような気もするけど…?」
ふむふむ、有益な情報がいくつか。私はにこやかに相槌を打ちながら、頭の中で情報を整理していく。その間も、営業(?)は忘れない。
「おやおや、お疲れのようだねぇ。この『シャッキリ元気玉』を飲めば、たちまち元気になりますぞ! さあ、お代はいらないから、試してみて!」
私が怪しげな色の丸薬を差し出すと、ルークが背後から無言で私の手を引っ込めた。…ちっ、お楽しみ中だったのに。
一方、ルークはというと、庭師や馬番といった男性の使用人たちに、朴訥な弟を装って話を聞いていた。そして、懐から取り出したのは…最高級ドライビーフ。
「これ、姉貴が滋養をつけるためにって持たせてくれたんだが、俺はあまり好きじゃなくて…よかったら、あんたたちで分けてくれないか?」
お人好しそうな笑みを浮かべて差し出すと、使用人たちは「おお、いいのかい!」「こいつは上等そうだ!」と大喜び。たちまちルークの周りには人だかりができ、フィフィの情報だけでなく、子爵家の内部事情までペラペラと喋り始めた。…現金なものね。
さらにルークは、ドライビーフを片手に、フィフィが最後に目撃されたという庭の周辺を歩き回った。するとどうだろう。どこからともなく、近所の犬たちがわらわらと集まってきて、ルークの足元にすり寄ってくるではないか。
「お、おい、こら、お前たち…!」
普段はむっつりしているルークが、大量の犬にまとわりつかれてタジタジになっている姿は、なかなか見ものである。彼は意外と動物に好かれるタイプらしい。これも何かの役に立つかもしれないわね。
一通り聞き込みを終え、庭の隅でルークと合流する。
「どうだった、ルーク?」
「はっ。いくつか気になる点が。フィフィは普段、庭の中でも特定の場所…日当たりの良い花壇のそばがお気に入りだったようです。しかし、最後に目撃されたのは、そこから少し離れた物置小屋の近くだとか」
「物置小屋…?」
私は眉をひそめた。メイドが言っていた「見かけない若い男」の話も気になる。誘拐の可能性も捨てきれない。
「それと、庭師の中に、最近雇われたばかりの見習いの少年がいるのですが、他の使用人たち曰く、どうも挙動不審だと…」
「見習い庭師…ね」
私はフィフィが最後に目撃されたという物置小屋に目を向けた。古くて、今はほとんど使われていないらしい。扉には簡単な鍵がかかっている。
「…あそこが怪しいわね」
私たちは物置小屋に近づいた。耳を澄ますと、中からかすかに「クゥン…」という鼻を鳴らすような音が聞こえる。間違いない、フィフィはこの中にいる。
「ルーク、お願い」
「承知いたしました」
ルークは懐から細い金属の棒(元騎士のスキル、いわゆるピッキングツールというやつだろうか)を取り出すと、いとも簡単にカチャリと鍵を開けた。…まったく、頼りになりすぎるわ、私の従者は。
ギィ、と音を立てて扉を開けると、薄暗い小屋の中に、小さな影が二つ、身を寄せ合っていた。
一匹は、埃にまみれて少ししょんぼりしているティーカッププードル、フィフィ。
そしてもう一人は、つなぎを着た、まだ十歳くらいの少年だった。彼が、例の見習い庭師だろう。
「フィフィ…!」
少年は私たちを見ると、慌ててフィフィを抱きしめた。
「だ、誰だ! フィフィに何をする気だ!」
「落ち着きなさい、坊や」私はできるだけ優しい声で言った。「私たちはフィフィを探しに来ただけよ。あなたがこの子を隠していたの?」
少年はしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと事情を話し始めた。彼はフィフィが可愛くて、奥様に内緒でこっそり遊んであげていたらしい。しかし昨日、遊んでいるところを別の使用人に見られそうになり、とっさにこの物置小屋に隠したのだという。その後、奥様が大騒ぎしているのを知って、怖くて言い出せなくなってしまった、と。
(なるほど…誘拐じゃなくて、匿っていただけ、か。まあ、結果的には誘拐まがいだけど)
「フィフィも、あなたに懐いているようね」
フィフィは、少年の腕の中で安心したように尻尾を振っている。
「でも、奥様はとても心配しているわ。正直に話して謝れば、きっと許してくださるはずよ」
まあ、あの俗物夫人が簡単に許すとは思えないけれど、そこは私がうまく取りなしてあげましょう。
私たちは少年を連れて、奥様の元へ向かった。案の定、奥様はカンカンだったが、私が「この少年も深く反省しておりますし、何よりフィフィちゃんが無事だったのですから…」ととりなし、さらにフィフィ自身が少年に駆け寄って甘える姿を見せると、ようやく怒りを収めてくれた。まあ、一番の理由は、無事にフィフィ(という名の高価なアクセサリー)が戻ってきたことだろうけど。
「まあ! ありがとう、薬売りの人! 約束通り、謝礼を払うわ!」
夫人は気前よく金貨の詰まった袋を私に手渡した。ずしりと重い。これで当面の活動資金は安泰ね。
帰り道、私は報酬の袋を揺らしながら、満足げに鼻歌を歌った。
「ふふん♪ 初仕事にしては上出来だったわね、ルーク」
「はあ…しかし、肝を冷やしました」
「あら、スリルがあって楽しかったじゃない。それに、いい情報も手に入ったし」
「情報、ですか?」
「ええ」私は足を止め、子爵家の屋敷を振り返った。「あの見習い庭師の少年、何かを隠しているような目をしていたわ。それに、使用人たちが噂していた『見かけない若い男』の話も気になる。ダドリー子爵家…もう少し、内情を探ってみる価値がありそうよ」
ただの迷子探しだと思っていたけれど、どうやらこの辺境の地にも、私の探偵魂をくすぐる「謎」は転がっているらしい。
「さあ、ルーク、事務所(という名の修道院の物置部屋)に戻って、情報整理と次の計画を立てましょう!」
「…はあ」
私の弾んだ声とは対照的に、ルークの深いため息が、辺境の空に小さく響いたのだった。