第21話 情報屋の置き土産と、母の秘密
「カイト、ですって!? この時間に、また!?」
シスターの言葉に、私の部屋にいた全員の顔に緊張が走った。アンセル検事補は「またあの男か! 今度こそ私が問いただしてやる!」と息巻いているし、セレナ嬢は好奇心と警戒心が入り混じったような複雑な表情で私を見ている。ルークは…何も言わないけれど、その全身から「レイナ様の指示をお待ちしています」というオーラが発せられているわ。
「…ええ、わかったわ。応接室へお通ししてちょうだい」
私はシスターにそう告げた。カイトがこのタイミングで再び接触してきたのには、何か理由があるはず。彼が何を企んでいるにせよ、その情報を無視することはできない。
「ルーク、あなたも一緒に来て。アンセル様とセレナ様は、申し訳ないけれど、また隣の部屋で…」
「いえ、レイナ様!」アンセルが私の言葉を遮った。「今度こそ、私も同席させていただきます! あのような不埒な輩に、あなた一人(ルーク殿はいるが)で対応させるわけにはいきません!」
「そうですわ、レイナ様!」セレナも続く。「わたくしだって、もうただ守られているだけの存在ではいたくありませんもの!」
(あらあら…なんだか、二人とも妙に張り切っているわね…)
まあ、彼らがそう言うのなら、無理に止める必要もないか。むしろ、人数がいた方がカイトも下手なことはしにくいかもしれない。
私たちは揃って応接室へと向かった。そこには、やはりあの男――カイトが、まるで自分の屋敷のようにくつろいだ様子でソファに座り、シスターが出してくれたらしいお茶を優雅に(?)飲んでいた。私たちの姿を認めると、彼はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「いやはや、ご活躍のようで。子爵様もさぞかし、今頃カンカンにお怒りでしょうな?」
その軽口に、アンセルがカチンときたようだ。
「貴様、一体何をしに来た! 我々の行動をどこまで知っている!」
「まあまあ、検事さん、そう熱くならないでくださいよ」カイトはひらひらと手を振った。「私はただ、しがない情報屋。依頼があれば情報を売る、それだけですよ。もっとも、今回は少しばかりサービスをしようかと思いましてね」
「サービスですって?」私が訝しげに尋ねる。
「ええ」カイトは意味ありげに私を見た。「例えば…子爵の隠し部屋にあったという、『面白いもの』…それは、今は亡き令夫人の、古い恋文だったりしたら、どうしますかな?」
その言葉に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。母の…手紙のことを、なぜこの男が!?
私は激しく動揺したが、それを悟られまいと必死に平静を装う。隣にいるセレナが、心配そうに私の顔を覗き込んでいるのがわかった。
「…何が言いたいの? 遠回しな言い方はやめてちょうだい」
「おっと、これは失礼。まあ、ただの噂話ですよ、噂話」カイトは肩をすくめた。「それから、あの子爵の帳簿…あれは思ったよりも根が深い。王都の、それもかなり高い地位の方が何人も絡んでいるようですな。下手に手を出すと、あなた方のような若輩では火傷しますぜ?」
それは脅し? それとも、忠告のつもりなのかしら…?
「忠告、痛み入るわ」私は毅然と言い放った。「でも、私たちは決して引きません。必ず、全ての悪事を白日の下に晒してみせる」
「ほほう、威勢がいいのは結構なことですな」カイトは感心したように、しかしどこか嘲るような目つきで私たちを見た。「まあ、健闘を祈りますよ」
彼はそう言うと、すっと立ち上がり、テーブルの上に小さな巻物状の羊皮紙を置いた。
「これは、私からのほんのサービスです。子爵が今夜、密かに誰かと接触する場所が記してあります。もしかしたら、その帳簿の『続き』、あるいはもっと面白いものが見つかるかもしれませんよ?」
巻物には、簡単な地図が描かれているようだった。
「では、私はこれで」カイトは私たちに一瞥もくれず、ひらひらと手を振って応接室から出て行った。「また近いうちに、お会いすることになるでしょうな、令嬢探偵さん?」
最後の言葉は、明らかに私に向けられたものだった。
カイトが去った後、応接室には重苦しい沈黙が流れた。アンセルは「やはり、あの男は危険です! あの地図も罠かもしれません!」と憤慨している。セレナも「なんだか…私たちのことを見透かしているようで、不気味な方でしたわ…」と不安げだ。
「…彼の言葉を鵜呑みにするのは危険よ」私は静かに言った。「でも、無視することもできないわね」
私たちは修道院の自室に戻り、カイトが残した地図と、彼の言葉について改めて話し合った。罠の可能性も考慮しつつ、しかし、そこに新たな手がかりがあるかもしれないという期待も捨てきれない。
だが、その前に、まず確認すべきことがある。
私は懐から、ダドリー子爵の隠し部屋から持ち出した帳簿と、そして…母の手紙を取り出した。震える手で、破れてしまった封をそっと開く。
そこには、インクが滲み、古びてはいたけれど、確かに母の優美な筆跡で、言葉が綴られていた。
それは、若き日のダドリー子爵に宛てた手紙だった。内容は、母が彼との関係に苦しみ、そしてきっぱりと別れを告げるもの。さらに、生まれたばかりの私――レイナへの深い愛情と、彼女の将来を案じる言葉が、切々と記されていた。
そして、手紙の最後の方には…ダドリー子爵が、母の何らかの「秘密」を握り、それをネタに脅迫めいたことをしていた、と示唆する一文があったのだ!
(母様が…脅迫されていた…? ダドリー子爵に…!?)
私の頭の中で、何かが繋がったような気がした。母の早すぎる死、そして、私がフローレンス公爵家で不当な扱いを受けてきたこと…。もしかしたら、全てはこの男の仕業…?
続けて、帳簿も改めて詳しく確認する。そこには、やはり王都の複数の有力貴族の名前が、取引相手としてずらりと並んでいた。そして、その中には…私の婚約者だったエドワード王子の側近の一人、そして、私の断罪に積極的に加担していた、あの侯爵の名前も含まれていたのだ!
「許せない…!」
私の口から、怒りに震える声が漏れた。母の苦しみ、私自身の冤罪、そしてこの国にはびこる数々の不正…。その全てが、この帳簿と、母の手紙によって、一本の線で繋がったのかもしれない。
私はカイトが残した地図を、強く握りしめた。そこには、町外れの古い倉庫が記されている。
「ルーク、アンセル様、セレナ様」
私は仲間たちの顔を見回し、決意を込めて言った。
「私たちには、まだやるべきことがあるわ。そして、確かめなければならない真実がある!」
母の無念を晴らすため、そして私自身の潔白を証明するため…私たちの戦いは、まだ終わらない。




