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第2話 初仕事は、迷子のわんこ捜索ですの?

 さて、私が送り込まれたのは、王都から馬車で丸一日かかる辺境の地にある、古びた修道院だった。名前だけは立派だが、実態は貴族の厄介払い先、あるいは表沙汰にできない事情を抱えた令嬢たちの隠れ家といったところだろう。

 シスターたちは皆、どこか諦観したような目をしているし、監視も…まあ、ないよりはマシ、という程度。おかげで、私の「謹慎生活」は予想以上に自由を満喫できるものとなった。


「ルーク、例の物は手に入った?」

 深夜、私に割り当てられた簡素な個室(という名の物置同然の部屋)で、私は窓から忍び込んできた大男――ルークに小声で尋ねた。月明かりが、彼の真面目くさった顔を照らしている。


「はっ、こちらに。レイナ様のご指示通り、目立たぬよう質屋をいくつか回り、例の宝石を…その、換金してまいりました。あと、こちらも」

 ルークは、ずしりと重そうな革袋と、大きな風呂敷包みを差し出した。革袋の中は、当面の活動資金となる金貨や銀貨。風呂敷包みの中身は…


「あら、よくやったわね。変装用具一式に、小型の望遠鏡、それにこれは…盗聴器(もちろん魔道具だけど)?」

「はい。元騎士団のツテを少々…その、あまり大きな声では言えませんが」

「ふふ、頼りになるわ、ルーク」

 私は満足げに頷いた。これで最低限の「探偵七つ道具(異世界版)」は揃った。部屋の隅には、情報整理用の大きなコルクボードも設置済みだ。


「しかしレイナ様、本当にこのようなことをして…もしバレたら…」

「大丈夫よ。この修道院のシスターたち、見て見ぬフリは得意そうだし。それに、私の目的のためには必要なことだわ」

 私はボードに貼った王都の地図と、いくつかの貴族の名前が書かれたメモを指さした。その中にはもちろん、エドワード王子やセレナ嬢の名前もある。

「まずは、今回の冤罪事件の黒幕探し。それから…母の死の真相。この辺境の地からでも、やれることはたくさんあるはずよ」

「はあ…」

 ルークは納得したような、していないような、複雑な表情でため息をついた。彼の苦労は、まだ始まったばかりだろう。ご愁傷様。


 そんな風に、表向きは殊勝な反省の日々を送りつつ、裏では着々と探偵業の準備を進めていたある日の午後。

 ドタドタドタッ!

 けたたましい足音と共に、修道院の静寂が破られた。


「まあ! 大変! 私のかわいいフィフィがいないのよぉっ!」

 甲高いヒステリックな声。現れたのは、けばけばしいドレスに身を包み、扇子をパタパタさせながら涙目の(ただし、マスカラはばっちり決まっている)中年貴婦人だった。この辺りを治めるダドリー子爵の夫人だ。


 応対に出たシスターたちが「まあ、奥様、落ち着いて…」「どのような状況で…?」と宥めようとするが、夫人は聞く耳を持たない。

「今朝、庭で遊ばせていたら、ほんの少し目を離した隙にいなくなっちゃったの! きっと誰かが私のフィフィを盗んだんだわ! あの子、血統書付きのティーカッププードルなのよ!? いくらしたと思ってるの!」

 …どうやら、心配しているのは犬そのものというより、その値段らしい。俗物め。


 シスターたちが困り果てているのを横目に見て、私は(チャンス到来!)と内心でほくそ笑んだ。最初の依頼として、肩慣らしにはちょうどいいかもしれない。それに、このダドリー子爵家、確か最近、妙な噂も立っていたはず…。


 私はすっと立ち上がり、神妙な面持ちで夫人に近づいた。

「奥様、お心を強くお持ちください。私も動物が好きなので、お気持ち、痛いほどお察しいたします」

 まずは共感。依頼人の心を開く基本だ。


「まあ、あなた…たしかフローレンス公爵家のご令嬢…? こんなところに…」

 夫人は一瞬、値踏みするような視線を私に向けたが、すぐにまたわんわんと泣き真似(にしか見えない)を始めた。

「そうなのよ! 私のフィフィ…! どうしましょう…!」


「よろしければ、私にもお手伝いさせていただけませんか? 以前、行方不明になったペットを探し当てた経験もございますの」

 もちろん嘘である。前世で、浮気調査のついでに迷い猫を見つけたことはあるけれど。


「まあ! 本当!?」

 夫人はぱあっと顔を輝かせた。藁にもすがる思い、といったところだろう。修道女(見習いのようなものだが)に頼むことではないと思うが、背に腹は代えられないらしい。

「お願いできるかしら!? もしフィフィを見つけてくださったら、謝礼は…そうね、金貨50枚! いえ、100枚でもお支払いするわ!」

 おお、太っ腹。これは俄然、やる気が出てきた。


「神のお導きかもしれませんわ。微力ながら、お力にならせていただきます」

 私は聖母のような(自称)微笑みを浮かべて請け負った。その横で、様子をうかがっていたルークに、そっと目配せをする。


(ルーク、まずは聞き込みよ。それから、フィフィちゃんの好物は?)

(はっ、承知いたしました。好物は、確か最高級のドライビーフだと…)

(よし、それを大量に用意して。犬は鼻が利くから、餌で釣るのが一番手っ取り早いかもしれないわ)


 内心でそんな打ち合わせをしつつ、私は部屋に戻り、さっそく変装の準備に取り掛かった。さて、どんな格好がいいかしら? 怪しまれずに情報を集めるには…。そうだ、旅の薬売りなんてどうかしら? ちょっと怪しい薬草なんかを持っていれば、口も軽くなるかもしれないわね。うん、それに決めた。


 こうして、悪役令嬢改め、令嬢探偵レイナ・フローレンスの記念すべき初仕事は、「迷子のティーカッププードル捜索」という、なんとも可愛らしい(?)事件から始まることになったのである。

 まあ、どんな小さな事件でも、油断は禁物だけど。この世界、何が起こるかわからないのだから。私はクローゼットの奥から、それっぽいローブと怪しげな瓶を取り出しながら、不敵な笑みを浮かべた。

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