第13話 謎の助っ人と、暴かれるべき悪事
「おやおや、これは一体、何の騒ぎですかな?」
茂みの影から現れた男の、飄々とした声。その顔を見て、私の背筋は別の意味でぞくりとした。間違いない、ピート君を脅し、子爵家の周りをうろついていたと噂の男だ!(ただし、オリヴィア嬢の共犯者のジャックとは別人だ。ややこしいわね!)
「あ、あいつだ…!」
私の隣で、ピート少年が恐怖に引きつった声を上げる。
男は、そんな私たちの様子を見て、面白そうににんまりと笑った。年の頃は二十代半ばだろうか。小綺麗にはしているけれど、どこか裏社会の匂いがする。
「これはこれは、フローレンス公爵家のご令嬢に、アシュフォード侯爵家のご令嬢、それに…おや、検事局の方まで。こんな辺境の夜に、揃いも揃って何をしてらっしゃる?」
馴れ馴れしい口調で、男は私たちの顔を値踏みするように見回す。
「貴様、何者だ!」
アンセル検事補が、厳しい声で問い詰める。
「まあまあ、そう殺気立たないでくださいよ、検事さん」男はヘラヘラと笑って手を振る。「ちょうど、子爵のお屋敷で派手にやらかしてくれたようで。おかげで、こっちは少し仕事がしやすくなったってもんですよ」
仕事…? やはり、この男も子爵と何らかの関係が…? 敵か、味方か、判別がつかない。
そんなことを考えている間にも、屋敷から追手が迫ってくる! 松明の光がすぐそこまで近づいていた。
「お喋りはそこまでよ!」
私はナイフを構え直し、ルークに目配せする。彼も即座に臨戦態勢に入り、ジャックを担いだまま、私とアンセル、セレナを背後にかばうように立つ。
「まあまあ、血の気の多いお嬢さんだ」謎の男は肩をすくめた。「ここは一つ、私に貸しを作っておきますかな?」
言うが早いか、男はどこからともなく、手のひらサイズの玉を取り出した。そして、それを追手に向かって、ひょいと投げつける!
ボンッ!!
先ほど私が使ったものよりも、遥かに強力な煙幕が炸裂し、辺り一面は瞬く間に濃い白煙に包まれた!
「うわっ!」「目が、目がぁ!」「何が起こった!?」
追手たちの混乱した声が響く。
さらに、セレナが「えいっ!」と、なぜか懐から取り出した小さな手鏡で月光を反射させ、煙の中の追手たちの目を眩ませようと試みている。(…効果があるのかは甚だ疑問だけど、その心意気は買ってあげましょうか)
「はっはっは! 無様だな!」謎の男は高笑いしながら、煙の中で見えない何かに足を引っ掛けたり、小石を投げつけたりして、追手の混乱をさらに助長している。どうやら、本気で私たちを助ける(?)つもりらしい。
「さあさあ、今のうちにどうぞ。出口はあちらの森ですよ。ご婦人方には、少々骨が折れるかもしれませんがね?」
男は煙の中からひょいと顔を出し、森の方を指さした。
一瞬、迷った。この男を信用していいのか? しかし、追手に捕まるよりはマシだ。それに、この状況で一番安全なのは、確かに森へ逃げ込むことだろう。
「…行くわよ!」
私は決断し、森へと駆け出した。アンセルがセレナの手を引き、ルークがジャックを担いで後に続く。
「おっと、そうだ」走り出す私たちの背中に、男の声が投げかけられた。「私の名前はカイト。しがない情報屋ですよ。またお会いしましょう、令嬢探偵さん?」
(令嬢探偵…!? なぜ私のことを…!?)
疑問は尽きないが、今は振り返っている暇はない。私たちは、カイトと名乗る謎の男が作り出した混乱に乗じて、森の中へと駆け込んだ。
◇◆◇
森の中をどれだけ走っただろうか。幸い、追手の気配はもうない。私たちは、事前に馬車を隠しておいた場所まで、なんとか辿り着くことができた。
「はぁ…はぁ…もう、歩けませんわ…」
セレナは、すっかり汚れてしまったドレスの裾を引きずりながら、地面にへたり込んだ。無理もない。彼女にとっては、生まれて初めての経験だっただろう。アンセルも、慣れない夜の森での疾走に、息を切らしている。
ルークは黙ってジャックを馬車に乗せると、水筒を取り出して私たちに差し出した。私はそれを受け取り、まずセレナに渡す。
「しっかりして、セレナ様。まだ安心はできないわ」
「わ、わかっていますわよ…!」
セレナは悔しそうに水を飲むと、気丈にも立ち上がった。少しは見直したわ、このヒロイン様も。
私は馬車に乗り込み、ジャックの容態を確認する。意識はないが、呼吸は安定しているようだ。拷問による傷は深いが、幸い命に別状はなさそう。私は懐から、非常用に持ち歩いていた消毒薬と清潔な布を取り出し、手早く応急手当を施した。(前世で、探偵業の傍ら救急救命講習を受けておいてよかったわ)
馬車は再び、修道院へと向けて走り出した。先ほどまでの喧騒が嘘のように、車内は重い沈黙に包まれている。
セレナは窓の外を眺めながら、時折ため息をついている。アンセルは、検事補としての立場と、今回の我々の行動との間で、まだ葛藤しているようだ。そして私は…謎の男カイトのこと、ダドリー子爵への怒り、そして王都の事件のことで、頭がいっぱいだった。ルークだけが、黙々と、しかし確実に馬を操り、私たちを安全な場所へと導いてくれている。
ようやく修道院に帰り着いたのは、もう夜明けに近い時間だった。事情を知っているシスターたちの助けを借りて、ピート少年を安全な部屋へ、そしてジャックを空き部屋へと運び込む。
私が改めてジャックの傷の手当てをしていると、彼がうっすらと目を開け、か細い声で呟いた。
「…ちょ…ぼう……かくし…べや……に……」
「帳簿? 隠し部屋ですって!?」
私は思わず身を乗り出した。
「どこなの!? その隠し部屋は!」
しかし、ジャックはそれだけ言うと、再び意識を失ってしまった。
(帳簿…! きっと、密輸の取引記録ね! それが隠し部屋に…!)
これで、決定的な証拠を掴めるかもしれない! 私は拳を握りしめ、決意を新たにした。
そこへ、アンセルとセレナが部屋に入ってきた。彼らの顔には、疲労の色は濃いが、どこか吹っ切れたような表情も見える。
「レイナ様」アンセルが口を開いた。「先ほどの行動は、法に照らせば決して許されるものではありません。しかし…人命を救い、悪事を暴こうとするあなたの行動を見て、私も覚悟を決めました。このダドリー子爵の件、検察としても見過ごすわけにはいきません。微力ながら、私も協力させていただきます」
「わたくしもですわ、レイナ様!」セレナも続く。「あのような卑劣な行い、決して許しておけません! わたくしにできることがあれば、何でも仰ってくださいまし!」
(あらあら…なんだか、頼もしい味方が二人も増えたみたいね?)
私は少し意外に思いながらも、口元に笑みを浮かべた。悪役令嬢と、ヒロインと、堅物検事。なんとも奇妙なチームだけれど、目的は一つだ。
「ええ、頼りにしているわ」私は頷いた。「さて、これからどうするか…まずは、あの謎の情報屋、カイトの正体を探らないとね。敵か味方かわからないけれど、無視できない存在だわ」
ダドリー子爵の悪事の証拠、隠し部屋の場所、そして謎の男カイト。解決すべき謎は山積みだ。だが、不思議と心は軽かった。一人で戦うのではない、という思いが、私を強くさせているのかもしれない。私たちの反撃は、ここから始まるのだ。




