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第1話 断罪? 結構。むしろ好都合ですわ

「レイナ・フローレンス! 貴様との婚約は、本日ただ今をもって破棄する!」


 きん、と甲高い声が、やけにだだっ広い王宮の謁見の間に響き渡った。

 声の主は、私の元・婚約者であるこの国の第一王子、エドワード様。キラキラと輝く金髪に、少女漫画から抜け出してきたような甘いマスク。…まあ、その口から発せられている言葉は、砂糖菓子とは程遠い劇薬レベルだけれども。


 彼の隣には、これまた絵に描いたような可憐なヒロイン、セレナ・アシュフォード嬢が、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳でエドワード様の腕に寄り添っている。その後ろには、王子様ラブな取り巻き令嬢たちが「よくぞ言ってくださいました!」「さすがエドワード様!」と黄色い声援(という名のヤジ)を送っている。


(…デジャヴュ)


 思わず、私は心の中で深いため息をついた。この光景、何度目だろうか。いや、正確には、この『乙女ゲーム』のいわゆる『断罪イベント』のスチルを、前世で何度見たことか、という話だ。


 そう、何を隠そう、私ことレイナ・フローレンスは、この剣と魔法(ごく一部だけど)のファンタジー世界に転生してきた、しがない元・日本人なのである。しかも、よりによって転生先は、前世で妹がどハマりしていた乙女ゲーム『クリスタル・ラビリンス~君と紡ぐ恋の魔法~』の、悪役令嬢だった。

 公爵令嬢という高い身分、恵まれた美貌(これは素直に感謝)、そして、ヒロインをいじめ抜き、最後は王子に断罪されて破滅する、という輝かしい(?)役どころ。


(それにしても、このテンプレ感…前世で見た昼ドラの方が、まだ脚本に捻りがあったわね)


 目の前で繰り広げられる茶番劇に、私は内心で冷静なツッコミを入れる。転生してから十数年、この日のために(?)貴族としての作法と悪役令嬢ムーブを叩き込まれてきたけれど、いざ本番を迎えると、なんだかもう、どうでもよくなってきた。


「レイナ! 貴様は己の立場を笠に着て、心優しきセレナをどれだけ虐げてきたと思っている! その陰湿な嫌がらせの数々、我々は全て把握しているのだぞ!」

 エドワード様が、ビシッと効果音でも付きそうな勢いで私を指さす。取り巻きたちも「そうですわ!」「許せません!」と口々に囃し立てる。


(把握ねぇ…)


 私は口元にかすかな笑みを浮かべた。彼らが「証拠」として突きつけてくるであろう嫌がらせリストは、正直、私には身に覚えのないものがほとんどだ。まあ、いくつかはこのレイナ・フローレンス(オリジナル)がやらかした可能性もあるし、ゲームのシナリオ通りなら私が犯人ということになっているのだろうけれど。


(でも、おかしいのよねぇ…)


 私の脳裏に、前世の記憶がよぎる。私は別に、ごく普通のOLだったわけじゃない。警察官になったものの組織の堅苦しさに馴染めず早々にドロップアウトし、その後、小さな探偵事務所で調査員として働いていたのだ。職業病、というやつだろうか。この状況、どうにも引っかかる点が多い。


 例えば、セレナ嬢のドレスが切り裂かれたという事件。犯行時刻とされる時間、私は図書室で調べ物をしていたアリバイがある(侍女も証言できる)。

 例えば、彼女の大切なブローチがなくなったという件。あれは確か、彼女自身がどこかに置き忘れたのを、私がこっそり侍女に届けさせたはずだ。


(つまり、これって…冤罪? それとも、誰かが私に罪を被せようとしている?)


 ふむ、と顎に手を当てる。探偵の血が騒ぐ、というやつだろうか。この不可解な状況、なんだか無性に解き明かしたくなってきた。


「何か申し開きはあるか、レイナ!」

 エドワード様が、勝ち誇ったように言い放つ。


 私はゆっくりと顔を上げ、完璧なカーテシー(貴族令嬢の嗜みだ)と共に、努めて冷静に、しかしほんの少しだけ皮肉を込めて答えた。

「…申し開き、でございますか? エドワード様がそうおっしゃるのでしたら、きっと、そうなのなのでしょう。このレイナ・フローレンス、潔く罪を認め、いかなる罰もお受けいたしますわ」


「なっ…!」

 予想外の反応だったのか、エドワード様もセレナ嬢も、取り巻きたちも、一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


(よしよし、まずは揺さぶり成功ね)


 彼らはきっと、私が泣きわめいたり、見苦しく言い訳したりする姿を期待していたのだろう。悪役令嬢のお約束だ。だが、生憎、私はそんなタマじゃない。前世でどれだけ修羅場をくぐってきたと思っているのか。


「…ふん、殊勝な心がけだな。よかろう! 本来ならば国外追放とすべきところだが、父王の慈悲により、辺境の修道院での無期限謹慎を命じる! 二度と我々の前に姿を現すな!」


(国外追放じゃなくて修道院謹慎? ふーん、シナリオが変わったのかしら。まあ、どちらにせよ好都合だわ)


 修道院送りなら、時間だけはたっぷりある。それに、フローレンス公爵家から完全に籍が抜けるわけではないのなら、多少の資金援助くらいは取り付けられるかもしれない。何より、あのキラキラ王子とその取り巻きたちの顔を見なくて済むのは精神衛生上、非常によろしい。


「…謹んで、お受けいたします」

 私は再び深く頭を垂れた。その、悪役令嬢の仮面の下で、私の口角がニヤリと上がったのを、誰が気づいただろうか。


(悪役令嬢? いいえ、プロの探偵ですの。この不可解な冤罪事件、必ず真相を暴いて、きっちり落とし前をつけてやるわ。ついでに、この腐った貴族社会の闇も、ちょーっとだけ、掃除して差し上げましょう!)


 こうして、私の悪役令嬢(兼・探偵)としての、波乱万丈なセカンドライフ(異世界編)の幕は、意外な形で切って落とされたのだった。


 ◇◆◇


「…というわけで、ルーク。しばらくの間、私は修道院で静養することになったわ」


 王宮から公爵家に戻る馬車の中、私は隣に座る従者のルークに事の顛末を簡潔に告げた。

 ルークは、元王国騎士団員という経歴を持つ、私の護衛兼従者だ。無口で真面目、そしてめっぽう強い。私がフローレンス家に引き取られた(という体の転生)時から、ずっとそばにいてくれている、数少ない私の味方でもある。


「…レイナ様、本当に、よろしいのですか? あの者たちの言い分は、明らかに…」

 普段はポーカーフェイスのルークが、珍しく心配そうな顔で私を見る。


「いいのよ、これで」私は肩をすくめた。「むしろ好都合だわ。表舞台から消えれば、色々と動きやすくなる」

「動きやすく…?」

「ええ。私、決めたの」


 私は窓の外に流れる王都の景色を見ながら、宣言した。


「探偵事務所を開くわ」

「…………は?」


 ルークの、今日一番の間抜けな声が、狭い馬車の中に響き渡った。彼の大きな体が、ガタン、と揺れる。


「た、探偵…でございますか? レイナ様、それは一体…?」

「言葉通りの意味よ。この世界、どうにも解せない謎が多すぎる。私の母の死だって、本当にただの病死だったのかしら…? まずは手始めに、今回の冤罪事件の真相究明からね」

「しかし、修道院に送られるのでは…」

「あら、謹慎よ? 追放じゃないわ。それに、抜け出す方法なんていくらでもあるでしょう?」

 私はニヤリと笑って、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、私がコツコツと貯めたへそくりと、いくつかの宝石を換金するための手筈が書かれたメモだ。


「まずは活動資金の確保。それから情報収集の拠点作り。ルーク、あなたには色々と手伝ってもらうことになるわよ? 元騎士団のコネとか、使えそうかしら?」

「は、はあ…それは、まあ、多少は…しかし、レイナ様…」

 明らかに困惑しているルーク。無理もない。昨日までの主人が、いきなり「探偵になる」と言い出したのだから。


 私はそんな彼に、悪戯っぽく笑いかけた。

「大丈夫よ、ルーク。悪役令嬢の汚名は、見事な推理でそそいでみせるわ。それに…」


 私は窓の外、遠くに見える王宮を睨みつけるように見やった。


「ただじゃ転ばないのが、私(悪役令嬢)の流儀、でしょう?」


 馬車は、私の新たな人生(という名の、謎解きと世直しの始まり)に向かって、走り出した。まずは、手始めに何を調べようか。そうだ、あのセレナ嬢の周辺から探ってみるのも面白いかもしれないわね…。私の頭の中では、すでに次なる調査計画が組み立てられ始めていた。

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