表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

8.理事長の娘

「そういえば、三年生はどちらに?」


 エマはずっと気になっていることを聞いた。伊緒の膝枕で寝ている小柄な少女以外は二年生であることが判明したので、エマはまだシオン寮の三年生を見かけていないことになる。消去法ではこの人が三年生ということになるが、既に部屋着に着替えているので断言ができない。制服を着ていれば、名札の下に引いてある線の色で判断できるとエマは考えたのだ。エマ達一年生は緑色、そして二年生は赤色なので、緑でも赤でもない色が三年生だということになる。


「アカちゃん先輩以外はお仕事中なの!」


 姫唯が答える。つまり、この寝ている人が「アカちゃん先輩」なのだろうか。


「この子は阿閉(あとじ)(こう)、通称アカちゃん。こう見えて三年生なのよ」


 紅に膝枕をしている伊緒が、彼女の頭を撫でながら教えてくれた。伊緒が二年生で紅が三年生であるにも関わらず、伊緒の方がうんと年上に見える。

 その時、紅が身を捩った。まるで伊緒の膝が自分のベッドだと思っているように、気ままに伸びた。紅の瞼が開かれ、エマの視線とかち合う。


「あ、初めまして。各務エマです」


 紅はエマを見たまま動かない。表情は変わらず、何を考えているかわからない。エマが挨拶したというのに、紅の小さな口は開く様子がない。

 三秒ほど沈黙が続き、全員が紅に注目した。エマにとっては五分に感じた。紅は自分に与えられた間をたっぷりと使い、ゆっくりと起き上がる。耳の上で髪の両サイドを一束ずつ結んでいたが、寝ていたせいでかなり乱れてしまっている。


「紅先輩、私の〈妹〉です」


 景が追って紹介する。


「ん、よろしく」


 紅はそれだけを言うと、エマからやっと視線を外して伊緒の肩にもたれかかった。


「あとね、エマっち! 学校のパンフレットに載ってた綺麗な生徒会長さんとね、副会長さんと、寮長さんがいるの!」


 エマがなにか返答をする前に、絢は「パンフレット持ってくるね!」と言い残し、寮の中央の階段を駆け上がって行った。

 伊緒が、絢ちゃんは元気ねぇ、と上品に笑いながら、紅の乱れた髪を結び直し始める。紅はそれが当たり前かのように澄ました顔をしていた。


「伊緒ちゃんと紅先輩、仲良しだなって思った?」


「まあ。学年違うのになぁとは」


 景に心を読まれた。談話室に入ってきてからエマは、景からの視線をずっと感じていた。エマがどんな性格で、何を見て、何を思っているか、そんなことを分析されているようであまり心地が良くなかった。

 絢が部屋に戻っている間、二年生と三年生の元〈姉妹〉関係を聞いた。伊緒は紅の元〈妹〉であるが、当時から伊緒の方が〈姉〉らしかったようだ。景の〈姉〉だった人は噂の生徒会長で、姫唯は副会長の〈妹〉だったらしい。


「副会長の英智(えいち)様はね、姫の王子様なの」


「あらあら、姫ちゃんは本当に英智さんが好きねぇ」


「元〈姉〉が好きとか、どうかしてる」


 エマの耳にはボソッとした声が届いたが、それはここにいる誰の声でもなかった。エマが見ている限り、誰も口を開いていないのだ。エマは幻聴かと思った。しかし皆一様に、ある一点を見た。

 そこには黒い塊があった。椅子の上で、もぞもぞと動いている。無機物ではない。エマは、それが椅子の上で膝を抱えて座っている千穂だということに、やっと気が付いた。どうやら本当に気配を消していたらしい。エマはそこに千穂がいることを完全に忘れていた。


「千穂まだそんなこと言ってんのー。愛佳(あいか)かわいそー」


 紅は千穂を見もせずに、そう言った。


「ワタシは千穂センパイのこと、スキですよ」


 エヴァが心配そうに千穂に駆け寄った。


「エヴァはオタクだから。……ギャルは違う。ギャルは居なくなればいい」


 愛佳という千穂の元〈姉〉はギャルなのだろうか。残る三年生は生徒会長と副会長と寮長と言っていたが、千穂に残されているのは寮長しかいない。エマはギャルの寮長を想像してみたが、上手くできなかったので、千穂が過剰に表現しているのだと結論付けた。


「ゆ、ゆりとかいう一年も生意気」


「あんま知らない子の悪口いうのやめなー?」


 紅が千穂を刺した。どうやら見た目や振る舞いが幼いだけであって、諸般の所見や言葉遣いは「アカちゃん」からかけ離れているみたいだ。

 然る間、絢がパンフレットをもって降りてきた。


「おまたせー! 見て見て、エマっち!」


 絢はエマ達の中央のテーブルに、バンっとそれを広げた。そこには模範生の具現化のような、清楚で眉目秀麗な少女が大きく掲載されていた。艶やかな黒い髪をハーフアップにして、髪より深い黒のリボンで留めている。それは「在校生インタビュー」というページで、学校に関するQ&Aがある。


「綺麗な人だね」


 写真の生徒に見蕩れる絢に、エマが声をかける。


「ホントに、綺麗。ね、姫ちゃん先輩」


「そうだね! 姫は?」


「え? 姫ちゃん先輩も可愛い!」


 幼稚園〈姉妹〉トークが始まってしまったので、エマは勝手にパンフレットのページを捲る。そして、捲ったことを後悔した。すぐにページを元に戻そうとしたが、景はしっかりと見ていたようだ。


「理事長さんも、すごく綺麗だよね」


「……そうですね」


 そのページには、理事長へのインタビューが掲載されていた。エマが入学式に遅刻して行った時に、丁度挨拶をしていたあの理事長だ。


「ねー、綺麗。箱田メアリ理事長。見て見て、株式会社KAKUMUの代表取締役だって」


「姫も見る! えっと、『今年で150周年を迎えるカラニット女学院、歴史あるこの学校の伝統を汚すことなくより良いものにしていきたいです。カラニットには私の祖母の代からお世話になっており、今年は娘も入学しました』……って、あれ?」


「あれ? エマっちって各務(かくむ)だったよね」


「そうだね」


「……やっぱり、貴女が理事長のご息女だったのね」


 景は真剣な表情を浮かべている。エマは誤魔化したかったが、景の断定に対する良い返答がなにも思い浮かばなかった。エマが黙っていると、景はエマからパンフレットの理事長に視線を移した。


「え? エマっちって、理事長さんの娘だったの⁉」


「ふふ。確かに、理事長を幼く不愛想にしたらエマちゃんになるわね」


「あとあと、髪をボブにするの!」


「景ちゃんは知っていたのかしら?」


「私が入学した時……ほら、一応私って捜査のために入学したってのもあって、理事長とお話したの。その時に、言うこと聞かない片意地な娘が来年入学するから、機会があったらよろしくねって言われてね。少しだけエマちゃんのこと聞いたのよ。娘は元々パパっ子だったけど夫が亡くなってから、更に話さなくなっちゃった、とか。名前は聞いてなかったけど、自分の<妹>の苗字が各務って知ってから、もしかしてってずっと思ってたのよ。理事長の苗字は旧姓なんでしょ?」


「景ちゃん」


 伊緒が景を制した。その場の全員がエマを見る。景は顎に手を当てて真面目に考えながら話していたが、伊緒に呼ばれたことで我に返ったようだ。表情が一変して、わかりやすく慌てる。


「あっ、ご、ごめんなさい……」


「……別に、父親が死んでからもう五年経つし。」


 エマは心臓のあたりに手を持っていきそうになるのを必死にこらえた。息苦しさを紛らわすようにゆっくりと深呼吸をした。


「KAKUMUってさ、AIモデル開発とかやってる会社だよね? CMでみたことあるよ!」


 絢が別の話題にしようと明るく言った。しかし、エマの父親の話題であることには変わりなかった。


「うん、元は各務の、父親の会社だったんだけどね。父親が死んでから少しして、アイツはKAKUMUも手に入れたの」


「て、手に入れた?」


 絢が、訳が分からない、という顔で言った。


「箱田の先祖がカラニット創設に関わってるから、代々理事会の役員なの。前の理事長がおばあちゃん。おばあちゃんが身を引いてから、カラニットの理事長の座を手に入れて、パ……父親が死んでから、KAKUMUの社長になって、両方手に入れたってわけ」


「なるほど……」


 絢はそう言っていたが、あまり理解していなさそうだ。仕方がない、あの母親の人となりを知らなければ理解できないだろう。エマはそう思った。


「ここに通える子は銀のスプーンで離乳食食べてきた子たちだから、ここにいると色んな話聞くけど、エマちゃんのは別格だねー。淑子(ひでこ)英智(えいち)くらい大変そー」


 伊緒に髪を直してもらった紅が、気怠そうに言った。


「さっき言ってた、生徒会長と、副会長のことね」


 景が補足する。エマはその話にそんなに興味がなかったので、適当に相槌を打つだけにした。エマが会話を続けなかったことで、沈黙が生まれた。関係ないのに、絢と姫唯はまだ少し悲しそうな顔をしている。流石のエマも気まずく思い、突然痒くなった頬を掻く。

 その時、千穂の側にいたエヴァが、立ち上がってこちらに近寄ってきた。


「エマ、甘いモノ、スキ?」


「はい」


「コレ、あげます。トクベツな気分になれるtoffee」


「ありがとうございます」


 エヴァに差し出したエマの掌に置かれたのは、金色の包み紙のキャンディーだった。

 それを見たエマは、思わず頬が緩んだ。

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。<姉妹>である一年間、同室で過ごす。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。

祖母と母もカラニット出身である。父とは死別しており、カラニットの理事長である母親とは不仲。景の<妹>。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。

ヴァンパイアハンター。エマの<姉>。淑子の元<妹>。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。姫唯の<妹>。


・星野姫唯 Hoshino Kii

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。セミロングの黒髪をリボンでツーサイドアップにしている。何にでも「可愛い」と思う気質がある。絢の<姉>。英智の元<妹>。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。伊緒の<妹>。


・塔島伊緒 Toujima Io

カラニット女学院高等学校二年生。おっとりしているが、Sっ気がある。色気のあるお姉さん。ゆりの<姉>。紅の元<妹>。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。愛佳の元<妹>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。留学生で、寄宿生としては一年目なので、二年生だが千穂の<妹>である。


・阿閉紅 Atoji Koh

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮。見た目や振る舞いが幼いため、「アカちゃん」というあだ名が付けられているが、言葉遣いや性格は幼くない。無表情で感情の起伏が乏しい。伊緒の元<姉>。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。先祖がカラニット女学院の創設に関わっている為、理事会役員の家系である。株式会社KAKUMUの代表取締役であり、エマの母親。五年前に夫と死別。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ