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5.根暗オタクと留学生

「ソレ! 制服戦士のkey chain!」


 聞こえてきたのは、片言の日本語と流暢な英語。声の向きは明らかにこちらに向いている。考えずとも、ブロンドヘアの少女が自分に話しかけているのだとわかった。


「あ、え、はい。そうです」


 エマが答えると、その少女はランチのトレーをエマの向かいの席に置いた。彼女が釘付けになっているのは、エマのバッグの中から覗くキーホルダーだ。四つ葉のクローバーの上にピンク色のテントウムシが留まっているデザイン。エマが生まれる十年程前に放送していた、女児向けのアニメのグッズである。エマは、それをペンケースに付けている。パスタ代を支払う時に、バッグのチャックを開けてからそのままにしていたせいで、そのキーホルダーだけがバッグの外に出ていたようだ。


「え、エヴァ、お独りで食事の所話しかけるのよくないって」


マスクの少女がぼそぼそと早口で喋った。本気でそう思っているのか、嘲りが含まれているのか、エマにはまだ判断することができなかった。


「ココ、座ってもいいですか?」


 エヴァと呼ばれた片言の少女は、その助言を無視してエマに聞いた。何となく、絢に似た雰囲気を感じた。あまり座ってほしくはなかったが、既にトレーが前に置いてある上に、いい人そうな人に「嫌です」という勇気もなかった。エマは、エヴァがそこに座ることを許可した。


「アリガトゴザイマス!」


 エヴァは、両の掌を合わせながら軽く会釈をして座った。なんて外国人らしい仕種なのだろうか。

 マスクの少女は、少しだけ迷っていたが、結局エヴァの隣に着席した。


「ワタクシ、エヴァ・ローズです! 二年生、留学生!コチラは、チホ」


 エヴァは、マスクの少女を指して丁寧に紹介してくれた。


「えっと……安曇(あずみ)千穂(ちほ)。二年……です」


 エマは、今千穂と同じことを考えていると直感した。どうしてこうなった、エマが思うのはそれだけだった。エマは、彼女の言動や見た目から、千穂を根暗オタクだと断定している。きっとこの人も人付き合いが苦手に違いない。エマは一人の時間を満喫したかったというのに。


「各務エマです。一年です」


「か、各務エマ?」


 千穂が、目を丸くしてオウム返しした。まるで、エマの名前を知っているようだった。エマは自分が有名人になったつもりはない。千穂を怪訝そうに見た。


「え、あ、ごめん。シオン寮の名簿にあったから……」


「それってつまり、私がシオン寮ってことですか?」


「あ、発表前のネタバレごめん。私シオン寮で自分の<妹>、つまりエヴァなんだけど、あ、エヴァは二年だけど留学生で今年から来たから<妹>で、それ教えられるときに他の一年も気になって名簿見たときに苗字の読み方カガミじゃないの珍しいなって思って覚えててそれで」


 突然早口で喋り始めたと思ったら、突然スイッチが切れたように喋らなくなった。やや俯いており、長い前髪のせいでどこを見ているかわからない。しかし、目が合っていないことだけは確実にわかった。

 それはともかく、エマは自分が帰る寮を知ることができたので、入寮ミサに出なくてもよくなった。時間になったら体調不良ということで保健室に行こう、と決意した。


「なるほど、教えて下さってありがとうございます」


 エマが礼を言うと、千穂は、それにリアクションをせずにお昼ご飯を食べ始めた。マスクを外すのを忘れているのではないかと思ったが、口に入れる時に左手で器用にマスクを浮かせて食べていた。よっぽどマスクを外した姿を見せたくないらしい。


「ワタクシ日本のアニメ、スキです。エマもスキ?」


 きっと、エヴァはずっとそれが聞きたかったのだろう。マスクを着けたまま食事をする千穂に、一瞬困惑したような顔をしていたが、これが日本では普通なのだとでも結論付けたのか、エマに話を振ってきた。


「ごめんなさい、アニメはあまりわからないです。制服戦士は小さい頃に好きだったのと、あと、思い入れがあって……」


 エマはキーホルダーを見ながらそう答えた。エヴァは、エマがアニメが好きでアニメトークができると思っていたのだろう。残念そうに口を噤んでしまった。


「えーっと、日本での生活には慣れそうですか?」


 普段は沈黙が気にならないタイプなのだが、この時ばかりは、向き合って無言で昼ご飯を食べ続けるのが辛かった。エマは、絢とゆりにヴァンパイアハンターの話を振ったときのように、自分から話題を提供した。


「この学院、オモシロイです」


「なるほど」


「あ、interesting のオモシロイです!この学院には吸血鬼(vampire)がいるって、さっき聞きました」


 また吸血鬼の話か、とエマがうんざりしたその時、千穂が口を開いた。


「きゅ、吸血鬼なんてね本当はいないの。吸血鬼って言うのは世界に都合が悪いナニカを隠す為に国連が創り出した幻想なんだよ。世界ぐるみの陰謀なの」


「は、はぁ、吸血鬼陰謀論ですか」


「What the fxxk is インボウロン!? そのコトバ、初めて聞いた!」


「え、え、エヴァ興味あるの?」


 千穂は、前髪の隙間から、少しばかり瞳を輝かせてエヴァを見た。関わったら面倒くさいことになりそうだな、とエマはパスタの最後の一口を詰め込んで喋れないようにした。

 パスタを咀嚼している間、千穂が熱を入れて「吸血鬼陰謀論」を説明しているのを聞いていた。実にくだらない、馬鹿げた話だったが、エヴァは頷きながら聞いていた。エヴァとは一年と少しの間、千穂とは二年間同じ寮で生活することが決まっているのだと気づき、眩暈がした。この学院には変人しかいないのだろうか。


「すみません、私、ロッカーに荷物いれるの忘れっちゃったので、教室棟に戻りますね。チャペルには先に行っていてください」


 パスタを飲み込むと二人の会話を遮ってそれを伝えた。それから、食器が乗ったトレーとバッグを持ち、逃げるように去った。 

 教室棟に戻り、四階へと向かった。先程の発言は口実も兼ねていたが、本当にロッカーに荷物を入れるのを忘れたのだ。こっそり教室内を確認すると、例の二人はいなかったので、胸を撫でおろした。

 教科書は、持ち運ぶのが面倒なので置いていこう。ミサにはロザリオとベールや聖書、聖歌が必要だから持ってくるように、と伊東が言っていたが、ミサに参加する気はないのでこれも置いていこう。

 ロッカーに不要なものを入れると、エマは再び階段を下りて一階の端にある保健室に向かった。

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。

祖母と母もカラニット出身である。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。

ヴァンパイアハンター。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。留学生で、寄宿生としては一年目なので、二年生だが千穂の<妹>である。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。

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