表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

2.この学院には吸血鬼がいる

 入学式を終え、エマ達一年生一行は教室へと集まった。講堂に座っていた順番に、一年A組の教室に入る。黒板には、「入学おめでとう」の文字と桜のイラストがある。名前は忘れてしまったが、十中八九、今教卓にいる担任の女性教師が描いたものであろう。

 その担任教師は、生徒が全員教室内に入るなり「先生は保護者の方に挨拶してくるから、先生が教室に戻って来るまで席について近くの子とお話しして待っててください。座席は番号順。机の右上に名札が置いてあるからね」と言い残し教室を出て行ってしまった。

 エマは真っ直ぐ窓際の最後尾の席を目指す。机の右上の名前は「内田」だった。「各務」は大体六番目だと踏んで、理想も込みで確認したのだ。少し気持ちを落としながら窓から二列目の確認をすると、前から三番目に「各務エマ」の名札が置いてあった。早くも席替えが待ち遠しい。

 腰を下ろして、名札を手に取る。白の背景に黒字の明朝体で名前が彫られている、横に長い長方形の名札だ。名前の下には緑色の直線が引いてある。エマはそうやって名札をよく観察してから、ようやく純白の制服の胸ポケットに付けた。


「はじめまして! わたし、和泉(いずみ)(あや)! よろしくね」


 突如、左隣から飛び出してきた元気な声の主を反射的に見る。そこには明朗快活という言葉が良く似合う、ショートカットの少女が座っていた。和泉絢と名乗るその少女は体も顔もこちらに向けていて、エマに話しかけていることは一目瞭然であった。


「よ、よろしく」


 その勢いと光の圧力に、エマはたじろぎながら答えた。エマの返答を笑顔で受け取ると、今度は後ろを向いて「後ろのあなたもよろしく!今見(いまみ)ゆり、ちゃん?読み方合ってる?」と話しかけていた。


「あってるけど」


 今見ゆりはふてぶてしく答えた。声を聞いただけで、不機嫌さが伝わってくる。思春期の発声だ、とエマは思った。残念ながら、エマは人の振りを見ても我が振りは直せない人間なのだ。絢の声を皮切りに、乱立していた教室内の会話は徐々にボリュームを上げていった。

「よろしくね!」と言って、もうゆりと友達になったらしい絢が、再びこちらに向いた。


「あなたの名前聞いてなかった! あ、待って、読み方当てるから! えーと、えーっと」


 エマの胸ポケットにある名札を横から必死に覗き込んできたので、エマは仕方なく体ごと絢に向けた。


「かー、……カクム、エマちゃん?」


「カガミだろ」


 斜め後ろの席から口を挟まれる。エマはそこで、初めてその人物、今見ゆりを見た。否、初めてではなかった。講堂で隣に座っていたあの女だ。やはり、見間違いではなかった。ピンクのカラコンを着けて、しっかりメイクまでしている。あの時は薄暗くて気が付かなかったが、髪色もかなり怪しい。


「カクムだよ」


 エマが間違いを正すと、ゆりはムッとした。確かに、「各務」は一般的には「カガミ」と読むことが多い。エマはこういう時、「カガミ」だと思っちゃいますよね、とフォローすることもある。しかし、ゆりに対してそれをしようとは、何故だか微塵も思わなかった。


「じゃあ二人とも、改めてよろしくね!わぁ、もう友達出来ちゃった!」


 どうやら絢は、エマもゆりも友達として認識したようだった。ゆりは、隠す気もないため息と一緒に、「よろしく」と返した。エマは、絢だけを見て「よろしく」と言った。


「ねぇねぇ二人ともさ、()()()知ってる?」


「あの噂?」


 ゆりが片方の眉を上げて聞き返す。絢はシリアスなトーンを作って言った。


「この学院には吸血鬼がいる」


 決して大きな声ではなかった。しかし、その声はハッキリとエマの耳に届いた。周りの何人かのクラスメイト達が、チラリと絢を一瞥した。この学院において知らない方が珍しい、有名な噂だ。ネットの掲示板で考察スレが立つほど、学院外にも知れ渡っている。


「知ってるよ。私のおばあちゃんが通ってた時からずっとあるよ、その噂」


 エマの母方の曾祖母と祖母、そして母は、カラニット女学院出身である。つまり今日、曾祖母、祖母、母、そしてエマの四代に渡って、この学院が母校になった。その祖母がカラニットにいた六十年ほど前から流れ始めた噂だ。


「くだらねー。たかが噂だろ」


「も〜、ゆりっちはなんでそんなつまんないこと言うの」


 絢がぷくっとわかりやすく頬を膨らませる。


「ゆっりち……? ちょっと、ダサいあだ名つけんなよ」


 その抗議は、確実に本人に届いていただろうが、絢はそれを無視した。意外と我が強い性格をしているらしい。その様子を見て、エマは絢を少し気に入った。


「あのさ——」


 絢は少し声のボリュームを落とすと、恥ずかしそうに頬を染めながら口を開いた。


「吸血鬼って、処女の血しか吸わないんでしょ?」


「じゃあ、あたしには関係ないね」


 ゆりは、ピンクが混ざったチョコレートブラウンの髪をくるくると人差し指に巻き付けながらそう言った。絢はあんぐりと口を開けてゆりを見つめている。


「あんた、処女じゃないって言うの?」


 エマは冷笑を隠さなかった。眉をピクリと動かし、ゆりがこちらを向いた。視線がかち合い、火花が散る。


「ガキのアンタとはちげーんだよ」


「え、え~! ゆりっち、大人だね。でもさ、そういうの言っちゃうの、恥ずかしくないの?」


 ゆりの耳が赤くなった。エマは思わず絢を見た。純粋に気になって出てきた言葉のようで、称賛すら含まれていそうな、真っすぐな瞳でゆりを見ていた。エマは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。


「ガキのアンタらとは違うんだから、恥ずかしくねーよ!」


 ゆりの剣幕に、絢は、なんで怒られているのか理解できない、という顔で「ご、ごめんね!」と謝る。このまま二人のやり取りを見ていたかったが、周りのクラスメイト達が再びこちらをチラチラと見ていたので、助け船を出す。入学早々、クラスで浮くのは嫌だからだ。


「そういえば、二年にヴァンパイアハンターいるらしいね。さっき会った」


 二人が同時にエマを見た。


「え! 本当にいるんだ、ヴァンパイアハンター」


 狙い通り、まず絢が食いつく。


「うん。白かった」


 エマは、入学式の前にマリア像の前で遭遇した真っ白な少女を思い出した。血統書付きの白猫のような見た目で、性格は懐っこい犬のようだった。ただでさえ白いのに、純白のセーラー服に身を包み、太陽の光を全身で跳ね返してきた。その姿はまさに、光の具現化。


「本当に白いんだ! ヴァンパイアハンター」


「ヴァンパイアハンターもたかが噂に踊らされてバカだね」


 エマが提供した話題に対して、二人はまるで違う反応を見せた。ゆりは興味なさそうに、綺麗に整えた艶のある爪を眺めている。しかし、耳はこちらに傾けているようで、しっかりと会話に参加してきた。絢に至っては、興味津々と顔に書いてある。出会ってたった数分だったが、エマはこの二人の人となりがわかってきたような気がした。


「本当にいるからハンターが来てるんでしょ!」


「本当にいるんならさっさと駆除して、さらし首にでもすればいいんだよ」


 今は吸血鬼がさらし首にされることはないが、その昔はこの国でもそんなことがあったらしい。親の影響だろうか。ギャルのくせに前時代的な思想を持っているんだな、とエマはゆりをじっと見た。


「ゆりっち、それは酷いよ。わたし、吸血鬼も人間と一緒だと思うんだ」


 絢は立ち上がった。ゆりを見下ろすその顔には、正義感が満ち溢れている。その瞳には、正義の炎が燃えている。一方、ゆりはゆっくりと瞬きをして、下から絢を睨みつけた。その眼光の鋭さは、絢の炎が一瞬揺らぐほどだった。今、エマの目の前で吸血鬼共存共栄論争の火ぶたが切られた。エマは、何も口出しはせずに、その戦いの行く末を見守ることにした。

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。宗教を毛嫌いしている。

祖母と母もカラニット出身である。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。

ヴァンパイアハンター。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。吸血鬼駆除活動に賛成している。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ