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14.鏡

「待てよ、おかしいだろ。なんであたしも入ってんだよ」


「エマっちが言ってること、おかしくないよ。だってミステリードラマとかであるじゃん! 連続殺人事件の最初の被害者が実は犯人でした、みたいな」


 エマは普通にゆりを除外するのを忘れただけだったが、絢はそう言った。


「絢ちゃんかしこい! 可愛い!」


「景が入ってるのもおかしくなーい?」


 今度は紅だ。ヴァンパイアハンターであることが確定している景は、吸血鬼ではない。エマは「そうでした」と肩を竦めた。


「い、いや、ヴァンパイアハンターは吸血鬼に最も近しい生物であるからおかしくない。最近のアメリカの研究ではハンターは人間より吸血鬼の方がDNA構造が似ている――」


「千穂先輩、昨日は吸血鬼は存在しないとか言ってなかったですっけ」


 昨日食堂で千穂と会った時のことを思い出したエマが、千穂を遮った。


「だ、だから、吸血鬼なんて存在はしなくてだな、実はヴァンパイアハンターが人間を襲っているのを隠蔽する為の――」


「じゃあじゃあ、千穂ちゃんは今回の犯人が景ちゃんだと思うの?」


 今度は姫唯が千穂を遮った。姫唯は元々対人の距離感がおかしかったが、いつもより更に詰め寄った。真逆な千穂はそれに圧倒されてあたふたしている。


「そっそれはその」


「でもさ、本気で疑うなら怪しいのは悲鳴に駆けつけなかった真理愛ママと、同室の伊緒っち先輩だよね!」


 絢が内容と見合わない明るいトーンで言った。


「あらあら、私の記憶が正しければ、絢ちゃんって一人でパンフレット取りに行った時間あるわよねぇ」


「さ、さ、さっきからずっと黙ってるエヴァは? ど、同室が怪しいと安心して眠れないんだが」


「ワッ! ワタシ日本語まだ勉強中だから、listeningでセイイッパイで……。チホ、ゆっくり話してクレメンス」


「俺がさっき教えたスラング覚えたてで使ってて草」


「やめよやめよ! 疑っちゃう気持ちは愛佳もわかるけどさ、疑心暗鬼になって仲間割れすんのだけはマジでやめね」


「景、ゆりさんに寮に着いてから被害に気付くまでの流れを聞くのではなかったのですか?」


「ああそうでした。ゆりちゃん、お願いできる? できるだけ細かく」


「ミサが終わって帰ってきて、他の奴らと同じように一回部屋に戻った」


「待って、再現しながらやろう」


 景の一言で、全員で4階に上がった。


「部屋に戻って、荷物ここにおいて、着替えようとしたらその人が――」


「その人じゃなくて、伊緒先輩ね」


 ゆりが伊緒を指さして「その人」と言うと、景がすかさず注意した。


「……伊緒先輩がカーテン閉めて」


 ゆりの言葉の通りに、伊緒が開いているカーテンを閉めた。


「着替えたらそ……伊緒先輩が一緒に下に降りようっつってきたけどだりーから断って、そっからは普通に寝る準備してすぐ寝た。ベッドはあっち」


「夕飯の前に私が呼びに来たのは覚えてるかしら」


 ゆりが首を振る。


「伊緒ちゃん、あの時は部屋の中に入ったの?」


「最初は外から声を掛けたけど、返事がなかったから中に入ったわよ。そしたらゆりちゃん布団を頭まで被って寝てたから、一応最後にもう一回声を掛けて、反応がないのを確認してから戻ったわ」


「ゆりちゃんは、ずっと眠ってたの?」


「うん。ベッドに入ってすぐ寝て、なんか変な夢を見て、起きて腕の傷が目に入ってそれで」


「変な夢?」


「……なんか、家でパパが倒れてて、それを黒いマント着たやつが近くで見下ろしてた。そいつがあたしに気付いて目が合って……フード被ってるから顔暗くて見えないのに、赤い目だけははっきりと見えたから、そいつが吸血鬼だと思って逃げようとしたけど、上手く走れなくて。それで襲われそうになって、目が覚めた」


「だからすぐに血を吸われたって気付いたのね」


 景の言葉にゆりが頷いた。


「もちろん伊緒ちゃんも何も気付かなかったんだよね」


「ええ、日付変わる前には寝て、ゆりちゃんの悲鳴で目が覚めたわ」


「キュケツキの目はホントに赤いですか?」


 エヴァが、景に聞いた。


「吸血時や飛行時には、瞳の色が赤く変化するの。だけど、普段は一般的な人間と同じ色に擬態してる」


 皆一斉に目の色を確認したが、どうせ今は吸血時でもなければ飛行時でもない。誰が吸血鬼なのか、誰もわかるはずがなかった。


「なんか簡単に吸血鬼を判別する方法は無いのー?」


 伊緒にもたれ掛かりながら立っている紅が言った。


「あるにはありますけど……」


 寮生たちは景に連れられて再び一階まで下りた。途中、「なんで早く言わないの」と何人かが口々に言っていたが、景は微妙な反応をしていた。その理由は、すぐにわかった。玄関にある大きな姿見の前に連れてこられたのだ。豪華な装飾の大きな鏡だ。


「ああ。吸血鬼って、鏡にちゃんと映らないんだったっけ」


 英智が鏡に映る自分を見ながら言った。


「そう。でも私、入る時に皆映っていることを確認しているんです」


 景はそう言いつつ、念の為全員が鏡に映ることをもう一度確認した。他の皆もしっかり見届けたが、映らない者は誰もいなかった。


「じゃあさ、やっぱみんな吸血鬼じゃないってことじゃね?」


 愛佳は安堵しながら喜んだ。


「いや、まだ真理愛ママがわからないよ」


 英智がそう言った途端、玄関扉が開かれた。噂をすれば影が差す。そこに立っていたのは、シオン寮の寮母、木部真理愛だった。


「一体どうしたんです?」


 玄関に集う寮生達を、不思議そうに見た。昨日も似たような状況だった気がするが、今日は昨日とは違い全員だ。

 ここで誰かが真理愛に吸血被害を言ってしまうのだろうか。エマは淑子を見た。淑子が答える素振りはない。どうやら愛佳に判断を一任したようだ。


「み、みんなでルームツアーしてたんだよ! 昨日マジ忙しかったから」

 

 愛佳の最終判断によって、ゆりの吸血被害は隠匿されることになった。

 それから皆は取り繕うように、元々行う予定だったパーティーをすぐに実行し、夕飯までは各々好きなように過ごした。

 本日の夕食当番は英智だ。貧血の淑子とゆりの為に用意された、鉄分豊富なメニューの夕飯を済ませた寮生たちは、好きなタイミングで階段を上がって行った。エマと景、そしてゆりと伊緒の四人は同時に上がった。伊緒が「私と二人きりになるの、怖くないかしら」とゆりに聞いたが、ゆりは「怖くねーし」と鼻で笑った。

 三階で、左右の部屋に分かれた。景に続いて扉の前に立ったエマは、意を決して振り返った。部屋に入ろうとしていたゆりの背中に向かって、名前を呼んだ。


「ゆり」


「何」


「……ごめん」


「何が」


「昨日の態度とか」


 エマはそれだけ言うと、部屋に入った。

 

 それから、入浴や明日の学校の準備などをゆっくりと済ませたエマと景は、同時にベッドに入った。景はベッドに入る前に、入り口の扉や窓にしっかりと鍵をかけていた。今日は色々あったな、入学してまだ二日しか経っていないというのに。布団の中で一息吐く。


「ねえエマちゃん」


「なんですか?」


「ヴァンパイアハンターって、人間じゃないと思う?」


「確か、生物学上は微妙に違うんでしたっけ」


「そうみたいね」


「憲法上では人間ですよ」


「そうね」


「……でも、どうでもよくないですか? 普通に」


「え?」


「別に先輩がヴァンパイアハンターだろうが、人間だろうが、どっちでもいいです。先輩がどっちがいいとか思っても、今更変えられるわけでもないし。どっちだっていいです」


「そうね。ふふっ……。おやすみ、エマちゃん」


「おやすみなさい、先輩」


 明日からは、いよいよ授業が始まる。

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。人間の五倍の身体能力と飛翔能力もあり、吸血時や飛行時は瞳の色が赤く変化する。鏡に映らない。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。人間の五倍の身体能力がある。生物学上は人間ではないが、憲法上は人間である。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。<姉妹>である一年間、同室で過ごす。


・リリアン

カラニット女学院高等学校に存在する制度。第二学年終了時に成績や素行が優秀で模範的であると認められると与えられる称号。寄宿生であれば、寄宿生活面でも認められなければならない。リリアンには一部の校則や寮規則が適用されない。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。祖母と母もカラニット出身である。父とは死別しており、カラニットの理事長である母親とは不仲。景の<妹>。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。ヴァンパイアハンター。エマの<姉>。淑子の元<妹>。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。シオン寮。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。姫唯の<妹>。


・星野姫唯 Hoshino Kii

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。セミロングの黒髪をリボンでツーサイドアップにしている。何にでも「可愛い」と思う気質がある。絢の<姉>。英智の元<妹>。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。シオン寮。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。伊緒の<妹>。最初の吸血被害者。


・塔島伊緒 Toujima Io

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。おっとりしているが、Sっ気がある。色気のあるお姉さん。ゆりの<姉>。紅の元<妹>。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。愛佳の元<妹>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。二年生だが、留学生で寄宿生としては一年目なので、千穂の<妹>である。


・谷淑子 Tani Hideko

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会会長でリリアン。シオン寮。谷グループの令嬢で、体裁を強く意識しているので、学校内でも寮内でも気を抜かない。景の元<姉>。


・上神英智 Niwa Eichi

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会副会長でリリアン。シオン寮。瞳が青く、日光などの強い光に弱いため、リリアンになる前からサングラスの着用が許可されている。本人曰く、瞳が青いのは先祖にヴァンパイアハンターがいるから。姫唯の元<姉>。


・土井愛佳 Doi Aika

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮の寮長でリリアン。明るく友好的なギャルだが、ギャルにしてはメイクが薄く、髪も一部しか染めていない。千穂の元<姉>。


・阿閉紅 Atoji Koh

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮。見た目や振る舞いが幼いため、「アカちゃん」というあだ名が付けられているが、言葉遣いや性格は幼くない。無表情で感情の起伏が乏しい。伊緒の元<姉>。


・木部真理愛 Kibe Maria

カラニット女学院高等学校シオン寮の寮母。カラニットの寮母は、この学校に賛同している企業から派遣される。真理愛はエマの母親が代表取締役を務める株式会社KAKUMUの社員。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。先祖がカラニット女学院の創設に関わっている為、理事会役員の家系である。株式会社KAKUMUの代表取締役であり、エマの母親。五年前に夫と死別。

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