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13.容疑者

「ってことはさ、ゆりっち本当は処女だったってこと?」


 絢はとことん空気を読むことが苦手なようだ。ゆりが吸血鬼に襲われたと聞いて、絢が真っ先に考えたのはきっとそのことなのだろう。


「悪いかよ」


 ゆりが絢を睨みつけながら呟くように言った。


「吸血鬼が処女の血しか吸わないっていうのは、間違った情報だよ。正確には、吸血鬼は処女の血を吸い続けることで半永久的に生きながらえることができるから、処女が狙われやすいってこと。吸血鬼に必要な栄養素が鉄だから、それだけなら処女じゃなくてもいいし、なんなら男だっていいの。まあでも、被害者の九割以上は処女だけどね」


 景の説明によって、ゆりは言わなくていい情報を言ってしまったことに気付いて、ため息を吐きながら両手で顔を覆った。


「話が脱線しているね。一旦戻そうか。まず、ゆりちゃんはどうしてお父様に知られたくないのかな」


 英智が、軌道をもとに戻した。再び全員がゆりに注目する。


「言いたくねぇ」


「……なら、問答無用で通報いたします」


 淑子が冷淡に言った。寮の固定電話に向かおうとする淑子を、愛佳が止める。


「ちょ、ちょ待って。ひでち待って! ……ゆりちはなんでパパに言いたくないのか、マジで教えて。言いたくないのはわかった。けど、吸血被害を隠すのは愛佳達にもデカすぎるリスクあんじゃん? 理由は言いたくないけど通報するな、ってのは違うと思う」


 ゆりは、揺らいでいる。理由は言いたくないが、言わなきゃ通報されてしまうのなら言うべきなのか、だが言いたくない。そんな心情が、ゆりの様子から手に取るように分かった。そこまで言いたくないということは、相当な理由があるのかもしれない。しかし愛佳の言う通り、隠匿のリスクを考えると配慮がどうのとは言っていられないのだ。特に三年生は受験を控えているし、景はハンターの免許を剥奪される可能性だってある。


「ゆりちゃん、本気で通報されたくないのなら、皆を説得してくれるかしら」


 ゆりの<姉>の伊緒が優しく声を掛ける。伊緒は、どうすればゆりが口を開くかを理解しているようだった。


「……うち、あたしが物心つく前に親が離婚して、パパと二人暮らしなの。正直、割と家庭環境終わってて。金だけはあるからそこら辺は大丈夫なんだけど、アイツの性格がマジで終わってるからすげー仲悪いの。酔ったら殴られるし。それにアイツ、吸血鬼のことガチで嫌いで……。前にアイツが酔った時、もしお前が吸血被害に遭ったら恥ずかしいから、早いとこ処女を捨てろって言われて。……それから、酔うと、処女は捨てたのかって聞かれるようになって、まだって言ったら……まだって言ったら、次聞くまでに捨ててこないと、……俺が、……させてやるって。……だから、処女捨ててきたって嘘ついて」


 聞いているだけで吐き気を催すような話だった。ゆりは泣きそうになるのを堪えるように、所々つっかえながら、深呼吸をしながら話し終えた。その場にいる全員が、ゆりの父親に対して強い嫌悪感を抱いた。顔を見ればすぐにわかった。誰一人として、それを隠そうとしていなかった。


「何も考えずに無神経なこと言って、ごめんなさい」


 絢がゆりに対して謝罪した。ゆりは答えなかった。口を噤んで下を向いたままだ。

 エマは、教室でゆりと話した時にとった態度を謝ろうかと思った。しかし、知らなかったから自分が全て悪いわけではない、という考えと、それにしても最初からゆりの態度が悪かったからな、という考えがどうしても拭えなかった。


「話してくれてありがと」


 愛佳がゆりの手を握りながら言った。その瞬間、ゆりは堪えていた涙が決壊した。泣きそうな顔を見せないように下を向いていたからか、ポロポロと大粒の涙が床に落ちる。愛佳はゆりを抱き寄せて「大丈夫。大丈夫。もう一人で抱え込まなくていいかんね」と背中を優しく叩いた。ゆりは愛佳を抱きしめ返さなかったが、抵抗もせず、愛佳の肩に顔を押し付け声を押し殺して泣いている。


「……一先ず保留と言う形にしましょう。景、貴女が単独で捜査をする権限はないのですか?」


 ゆりの様子を見た淑子は、今すぐに通報することをやめたようだ。


「実は私、まだ見習いで……。皆さんもご存知の通り、そもそもハンターは警察と協力して捜査に参加する必要があります。加えて私は入学前に免許取ったばかりで、家の決まりとしては一人前と認められるまでは来栖家の他のハンターと一緒に捜査をしなければならないんです。……私以外は皆優秀なハンターなので」


「家からはまだ仮免扱いって感じねー」


 そう言う紅に対して、景が頷いた。


「でも通報するしないはさておいて、初動捜査は最初に現着したハンター、もしくは居合わせたハンターが行います。ゆりちゃん、少しだけ話せる?」


 通報をさておいてもいいんだ、とエマは景の発言に驚いた。エマは景と淑子に対して、規則に人一倍厳しいイメージがあったからだ。


「何話せばいいんだよ」


 愛佳から離れたゆりが、目を擦りながら言った。メイクが落ちて、目の周りが黒く滲んでいる。


「まず、咬まれた傷を見せて。それから、昨日寮に帰ってから明け方に被害に気付くまでの流れを教えてくれるかな」


 ゆりは頷いて、右腕の袖を捲った。肘と手首の中間辺りの内側に、赤黒い丸が二つ、並んでついている。よく見るとその二つの丸は瘡蓋で、その周りも少し赤い。

 景がゆりの腕を取ってその傷をじっくり見る。景に傷を触られると、ゆりの顔が少し歪んだ。


「痛いの?」


「少し」


「そう。なら、じきに治るよ。確かに、これは間違いなく吸血鬼に咬まれた傷ね。吸血鬼は唾液に鎮痛成分が含まれているから、咬まれた時に痛みは感じない。あと、少しだけ細胞が活性化されるから吸血鬼による咬み傷は、普通の傷より早く治るの。鎮痛効果が切れると、大体二十四時間経てばすっかり傷は治る。でも、少しだけ痕が残る時もあるよ」


 姫唯が途中で「蚊と一緒で可愛いの」と言ったのをエマは聞き逃さなかった。


「なるほど。だから、咬まれた場所によっては被害に気付くのが遅れる時もあるんだね」


 英智が顎に手を当てながら言った。そこで、エマはあることに気付き、ゆりに確認する。


「ゆり、あの後シャワー浴びたんだよね」


「そうだけど、だからなんだって……あ」


 ゆりも気付いたようだった。

 

「そうね。でも傷口に付着した唾液からDNA鑑定をするのは難しい。それに、もし傷口からDNAが採取できたとしても、データベースにあるものと照合して吸血鬼の身元を割り出せる可能性は限りなくゼロに近いの。人を襲った吸血鬼は、ハンターによって駆除される。身元が割れてる吸血鬼は、もうこの世にいないから」


「でもさ、身元がわからないとしても、初犯じゃなければデータベースにある可能性があるよね。それと照合できたら生活圏内とか割り出せないかな」


 英智が言った。


「吸血鬼って、ハンターと同じで人間の五倍くらいの身体能力があると言われていますよね。それに加えて吸血鬼は飛行能力もある。それで、多くは生活圏内がバレないように色んなところでランダムに狩りをする。……でも、今回はセキュリティの厳しい校内で起きたから、吸血鬼も校内にいる可能性が高い」


 矢継ぎ早に続いていた会話が、途切れる。考え込んだり、改めて状況を理解して頭を抱えたり、反応は多種多様だった。

 そこで、エマが口を開いた。


「ん? ちょっと待って。セキュリティ的に、シオン寮に入れるのは私たち寮生と寮母の真理愛さんの十三人だけですよね。ということは、容疑者は……シオン寮の十三人?」

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。人間の五倍の身体能力と飛翔能力もある。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。人間の五倍の身体能力がある。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。<姉妹>である一年間、同室で過ごす。


・リリアン

カラニット女学院高等学校に存在する制度。第二学年終了時に成績や素行が優秀で模範的であると認められると与えられる称号。寄宿生であれば、寄宿生活面でも認められなければならない。リリアンには一部の校則や寮規則が適用されない。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。祖母と母もカラニット出身である。父とは死別しており、カラニットの理事長である母親とは不仲。景の<妹>。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。ヴァンパイアハンター。エマの<姉>。淑子の元<妹>。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。シオン寮。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。姫唯の<妹>。


・星野姫唯 Hoshino Kii

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。セミロングの黒髪をリボンでツーサイドアップにしている。何にでも「可愛い」と思う気質がある。絢の<姉>。英智の元<妹>。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。シオン寮。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。伊緒の<妹>。最初の吸血被害者。


・塔島伊緒 Toujima Io

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。おっとりしているが、Sっ気がある。色気のあるお姉さん。ゆりの<姉>。紅の元<妹>。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。愛佳の元<妹>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。二年生だが、留学生で寄宿生としては一年目なので、千穂の<妹>である。


・谷淑子 Tani Hideko

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会会長でリリアン。シオン寮。谷グループの令嬢で、体裁を強く意識しているので、学校内でも寮内でも気を抜かない。景の元<姉>。


・上神英智 Niwa Eichi

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会副会長でリリアン。シオン寮。瞳が青く、日光などの強い光に弱いため、リリアンになる前からサングラスの着用が許可されている。本人曰く、瞳が青いのは先祖にヴァンパイアハンターがいるから。姫唯の元<姉>。


・土井愛佳 Doi Aika

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮の寮長でリリアン。明るく友好的なギャルだが、ギャルにしてはメイクが薄く、髪も一部しか染めていない。千穂の元<姉>。


・阿閉紅 Atoji Koh

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮。見た目や振る舞いが幼いため、「アカちゃん」というあだ名が付けられているが、言葉遣いや性格は幼くない。無表情で感情の起伏が乏しい。伊緒の元<姉>。


・木部真理愛 Kibe Maria

カラニット女学院高等学校シオン寮の寮母。カラニットの寮母は、この学校に賛同している企業から派遣される。真理愛はエマの母親が代表取締役を務める株式会社KAKUMUの社員。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。先祖がカラニット女学院の創設に関わっている為、理事会役員の家系である。株式会社KAKUMUの代表取締役であり、エマの母親。五年前に夫と死別。

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