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12.吸血事件

「じゃあエマっち、よろしくね!」


 エマの返答を待たずして、絢は走って部屋に戻ってしまった。断られると確信していたので押し付けたに違いない。

 今、エマが絢にお願いされたのは、エマが最も不適任だと考える仕事だ。

 ゆりに部屋を追い出された寮生たちは、階段の前で会議を開いた。紅以外の三年生も階下から駆けつけていたようだ。伊緒が、「ゆりちゃん、落ち着いたわ。今からシャワー浴びるみたい」と出てきた直後、流石の紅も不審に思ったのか、部屋から出てきて眠そうに目を擦りながら階段の上にいるエマ達に何があったのか尋ねた。絢が「ホームシックで不安になって悪夢を見ちゃったんだよ」と決めつけたので、流れで全員強制参加一年生歓迎会をやることが決まった。何故そうなるのかエマには到底理解できなかったが、絢と姫唯、そしてエヴァを中心に話はどんどん進み、三年も却下せず決定してしまった。

 エマに課せられたミッションはこうだ。まず、皆が寮に戻り準備をするまでゆりを足止めすること。この時点で不安要素が山ほどあるが、問題はその後だ。エマもゆりよりも先に寮に戻り、部屋に戻さないように階段の前でゆりを引き留めなければならない。

 エマよりも絢の方が適任だと思うが、これはエマをサボらせないための作戦らしい。早く寮に戻り、ゆりの為の歓迎会の準備をすることを拒否した結果である。ゆりを引き留めるというミッションを課せられ、絢により強制参加が決まった。景にも、協調性は大事だよ、となだめられた。


 絢に逃げられてから、エマもシャワーを浴びて制服に着替え、一階で朝食を取り登校した。エマは絢と共に登校したが、ゆりはいなかった。来ないのでは、と思ったが、伊緒に教室まで連れてこられていた。いつにもまして不機嫌な顔だ。

 時間になり、入学式が行われた講堂に移動した。始業式でも聖書の引用や祈りを聞かされ、エマは寝てやろうと思ったが、昨日から沢山寝ているせいか寝ることができなかった。その間、前に座るゆりのことを考えていた。入学式は来た順番に座っていたのでゆりの隣だったが、今は出席番号順に座っているので、ゆりと絢はエマの前にいる。

 今朝のゆりの様子は、明らかにおかしかった。あれからというもの、ゆりの顔色も良くない。淑子くらい真っ白で、リップを取ったらきっと唇の血色も悪いのだろう。エマは、一つの可能性が脳内に浮かんだ。

 考え事をしていたら、始業式はいつの間にか終わっていた。教室に戻り、簡単な説明会が行われた。終わり際、絢が咳払いしたのでそちらを見ると、ゆりに見えないようにエマに向かって親指を立ててきた。それもウィンク付きだ。エマはゆりを引き留める作戦を何も考えていない。恐らく絢も考えていないだろう。ため息をついて、教壇で話す伊東を見る。

 その時、エマの脳内に名案が浮かんだ。これ以上にない名案だ。

 先生の説明が終わり、解散になると同時に、絢がゆりに話しかけた。エマはその隙に教卓に向かい、先生に耳打ちをする。

 

「伊東先生、今見ゆりさんがカラコン付けてきてます」


 伊東は「またですか」と溜息をつくと、ゆりを呼び出して職員室に連れて行った。ゆりのバッグは教室に置いたままだ。想定外のラッキーに内心ガッツポーズして、絢と共に寮に戻った。


「あれ? エマちゃん、ゆりちゃんの足止め担当じゃなかったの?」


 二、三年生は説明が特にないからか、先に戻ってきていた。どこから調達したのか、クラッカーを一人一つ持っている。円錐形の、紐を引っ張ると音が鳴って紙テープが飛び出す、あのクラッカーだ。


「足止めしたので大丈夫です」


 エマが景に答えると、絢にバッグを奪われた。


「バッグお部屋に置いてくるから、エマっちはそこでゆりっちを待ち構えておいてね!」


 絢はそう言いながら階段を駆け上がって行った。それを見届けたエマはキッチンを少し覗く。どうやら、購買で買った食事やお菓子も準備してあるようだ。エマもクラッカーを手渡される。


「大変大変、ゆりっちもう帰ってくる!」


 窓の外から見えたのか、絢が慌てて階段を下りてきた。皆は「じゃあエマちゃんよろしく」と言って、クラッカーを構えてキッチンや談話室のソファの影などに隠れた。ゆりが扉を開けた瞬間にやれば、自分がゆりを足止めする必要がないのに。エマはそう思ったが、きっと、これもこの会にエマを強制的に参加させるためなのだろう。

 扉が開いてゆりが帰ってきた。階段の前で棒立ちしているエマを怪訝そうに見ながら靴を脱いだ。


「今、誰もいねーの?」


 エマを見た瞬間に怒らないということは、伊東に告げ口したのがエマだと言うことはバレていないのだろう。


「あー、うん」


 エマが何も言わなくても、ゆりは部屋に戻ろうとせずエマの前で立ち止まった。今度はエマが怪訝そうにゆりを見た。


「……れた」


「え?」


 ゆりはエマから目を反らし、髪をいじりながら蚊の鳴くような声で何かを言った。エマはそれを聞き取ることができなかった。


「だからぁ……吸われたんだよ、血」


 ゆりは、一回で聞き取らなかったエマに対する怒り半分、そして羞恥半分で顔を赤くしてそう言った。

 「血を吸われた」。それがどういう意味なのか、今時は幼稚園生でも理解することができる。

 エマは、やっぱりな、と声に出さずに呟いた。


「なんで私に言うの?」


「友達いねぇから言いふらす相手もいねぇだろ。それに、来栖景の<妹>なんだろ。話し通せよ」


 ゆりの言うことは、理にかなっている。確かにエマは言いふらす性格でもなければ言いふらす友人もいない。そして<姉>の景はヴァンパイアハンターである。ということはつまり、ゆりは吸血鬼被害を隠匿するつもりなのだろうか。

 どうすればいいかわからず、キッチンの方をチラリと見た。景と目が合う。意を決したように景が出てきた。


「なっ……なんで」


 ゆりは、景に続いてキッチンや談話室から出てきた寮生を見て愕然とし、それからエマをキッと睨みつけた。


「とりあえず、通報して来栖家のハンターと警察に協力を要請します。淑子先輩、学校への報告を任せていいでしょうか」


 景が言った。淑子が答えるより先に、ゆりが叫んだ。


「嫌だ! ……通報は、絶対にすんな」


「いけません。吸血被害に遭ったのなら、通報する義務があります」


 淑子が毅然と言い放ち、ゆりがたじろぐ。彼女は焦燥と羞恥とが入り混じった苦悩の表情を浮かべている。皆が静かにゆりの返答を待つ。

 そして、エマは目の前の光景に目を疑った。ゆりが、頭を、下げたのだ。決して深くはないが、誰がどう見ても頭を下げているとわかるポーズを取った。


「……お願いです。パパに、知られたくない」


 ゆりは、弱弱しく言った。


 「この学院には吸血鬼がいる」。

 カラニット女学院では、そんな噂がまことしやかに囁かれている。何世代も前からだ。だが、それはただの噂に過ぎなかった。今のこの瞬間まで。

 各務エマが入学して初めての夜。シオン寮にて、今見ゆりが吸血鬼に襲われた。

 吸血鬼は、一体……?

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。<姉妹>である一年間、同室で過ごす。


・リリアン

カラニット女学院高等学校に存在する制度。第二学年終了時に成績や素行が優秀で模範的であると認められると与えられる称号。寄宿生であれば、寄宿生活面でも認められなければならない。リリアンには一部の校則や寮規則が適用されない。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。祖母と母もカラニット出身である。父とは死別しており、カラニットの理事長である母親とは不仲。景の<妹>。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。ヴァンパイアハンター。エマの<姉>。淑子の元<妹>。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。シオン寮。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。姫唯の<妹>。


・星野姫唯 Hoshino Kii

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。セミロングの黒髪をリボンでツーサイドアップにしている。何にでも「可愛い」と思う気質がある。絢の<姉>。英智の元<妹>。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。シオン寮。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。伊緒の<妹>。最初の吸血被害者。


・塔島伊緒 Toujima Io

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。おっとりしているが、Sっ気がある。色気のあるお姉さん。ゆりの<姉>。紅の元<妹>。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。愛佳の元<妹>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。二年生だが、留学生で寄宿生としては一年目なので、千穂の<妹>である。


・谷淑子 Tani Hideko

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会会長でリリアン。シオン寮。谷グループの令嬢で、体裁を強く意識しているので、学校内でも寮内でも気を抜かない。景の元<姉>。


・上神英智 Niwa Eichi

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会副会長でリリアン。シオン寮。瞳が青く、日光などの強い光に弱いため、リリアンになる前からサングラスの着用が許可されている。本人曰く、瞳が青いのは先祖にヴァンパイアハンターがいるから。姫唯の元<姉>。


・土井愛佳 Doi Aika

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮の寮長でリリアン。明るく友好的なギャルだが、ギャルにしてはメイクが薄く、髪も一部しか染めていない。千穂の元<姉>。


・阿閉紅 Atoji Koh

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮。見た目や振る舞いが幼いため、「アカちゃん」というあだ名が付けられているが、言葉遣いや性格は幼くない。無表情で感情の起伏が乏しい。伊緒の元<姉>。


・木部真理愛 Kibe Maria

カラニット女学院高等学校シオン寮の寮母。カラニットの寮母は、この学校に賛同している企業から派遣される。真理愛はエマの母親が代表取締役を務める株式会社KAKUMUの社員。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。先祖がカラニット女学院の創設に関わっている為、理事会役員の家系である。株式会社KAKUMUの代表取締役であり、エマの母親。五年前に夫と死別。

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