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11.悲鳴

 夕飯を終えたエマ達は、それぞれ部屋に戻った。荷解きや入浴などを済ませたエマは、ベッドに寝転がる。


「電子機器持ち込み禁止だと、寝る前やることないですね」


 そんなエマに対して、景は「そうね」と肯定した。しかし、景は壁際のカウンターテーブルで何やら作業をしており、エマにずっと背中を向けている。勉強でもしているのだろうか。明日は始業式で、明後日からはもう授業が始まる。だとしても、エマは今から予習をする気にはなれない。真面目な<姉>に感心して、睡魔に導かれるままに目を閉じた。

 

 その日曜日、エマは教会にいた。母親の頼みで、父親に連れてこられたのだ。父親は優しいので、母親に逆らわない。エマは父親のそんなところが大嫌いで、そして大好きだった。母親は、理事の仕事でカラニット女学院という学校に行っているらしい。パパの会社でも働いているのに、おやすみの日もお仕事だなんて、ママはお仕事が大好きなんだ。エマはいつしかそう思うようになった。エマは、他の家庭と比べると珍しく、母親との思い出よりも父親との思い出の方が多い。昔から母親があまり家にいないからだ。家にいる時でも、エマは母親とどう接していいのかわからなかった。エマが母親に学校であったことを話した時、何故か最終的に叱られることが多かった。それが続いて、エマは次第に母親とコミュニケーションを取らなくなっていった。

 エマは父親は好きだが、ミサは嫌いだ。今日もよくわからない妙な儀式をさせられ、エマはうんざりしていた。一緒にいるのが父親じゃなければとうに逃げ出していた。ミサが終わり、父親が誰かに挨拶をしに行くと言うので、何故かを尋ねた。父親は、「社会では必要なことだ」と答えた。

 父親に構ってもらえないエマは、不貞腐れて、父親が見ていない隙に聖堂から抜け出した。廊下を歩いていると、奥の方に小さな部屋が見えた。扉が二つ付いている、箱形の小さな部屋だ。エマはそれに興味を持ち、駆け寄って手前の扉を開けて中を見た。中には椅子が一脚。外から見た箱の大きさから想像していた広さより、もっと狭い。どうやら、真ん中で完全に区切られているようだ。エマが反対側の扉から入ってみようと思った、その時だった。


「だれ?」


 反対の部屋から、エマと同じくらいの歳の少女と思わしき声が聞こえた。その壁をよく見ると、上半分が格子状になっていて、向こう側に小さな観音開きの扉が付けられている。そのたった数ミリの隙間から、反対側に人がいるのがかろうじて分かった。


「そっちこそ、だれ?」


 エマが反対側に向かって毅然と言った。


「なんだ、子どもなのね。告解室は今日おやすみだよ」


「こっかい……? キリスト教とか、よくわかんない。でも教会の建物はお城みたいで好きだから、探検してたの」


「そうなのね。実は私もよくわかんないの」


「ミサって、なに? 今日は制服戦士を観たかったのに、ママにミサに行きなさいって」


「制服戦士? 私も好き!」


「えっ? 学校の子はみんな知らなかったのに」


「古いアニメだもんね。私はね、再放送でたまたまみたの。光の戦士がかっこいいから好き。あなたは?」


「私はね、光の戦士も好きだけど、闇の使者はもっと好き。自分の運命を受け入れて戦ってるのがかっこいいから」


「そんなこと、考えたことなかった。もう一回みてみようかな」


「うん。パパにね、制服戦士のキーホルダー買ってもらったの。光の戦士と闇の使者の、二つセットのやつ。ママは怒るから内緒でね。でもパパに光の戦士の方あげたら車のカギに付けたの」


「うふふ。それじゃあお母さんにバレちゃうね。いいなぁ。私もね、買ってって言ったら、また今度ねって言われたの。きっとずっと買ってくれないよ」


「あのさ、私たち友達にならない?」


 エマは友達が少ない。いないと言っても過言ではない。かといって、エマは友達が欲しくないわけでもなかった。エマは勇気を振り絞って、扉の向こうの少女に提案した。


「もちろん」


 間髪入れず帰ってきた声に、エマは舞い上がった。

 観音開きの扉が、ガタっと揺れた。あちらの少女が扉を開けようとしているのだ。


「こんなところにいたのか!」


 エマの腕が何者かによって強く引かれ、告解室の外に出された。それはエマの父親だった。扉を開けっ放しにしていたので、すぐに見つかってしまった。


「早く帰ろう」


 エマは半ば引きずられるように教会を出た。振り返ると、告解室の扉が開かれるのが見えた。しかし、中にいる少女が出てくるより、教会の扉が閉まる方が先だった。

 腕が痛くなるほど強い力で引っ張られて、車に向かう。こんなに乱暴な父親は初めてだった。

 車に乗ったはずが、次の瞬間には自宅にいたので、エマはこれが夢だということに気が付いた。最悪の悪夢だ。見たくない。起きたい。どうにかして夢から覚めたいのに、夢は続いていく。両親が喧嘩するところを見せられた。そうだ。この日、エマは両親の喧嘩を初めて見たのだ。そもそも会話しているところを滅多に見なかったが、父親が穏やかだから、母親に何を言われても怒ることがなかった。

 

 エマは目を開けた。そこがまだ夢の中なのか、起きることができたのか、エマにはまだ判断できなかった。見覚えのない部屋に戸惑い、体を起こす。そこでエマは思い出した。昨日カラニット女学院に入学して、シオン寮に入ったのだ。

 エマは悪夢から覚めることができて、ホッと息を吐いた。汗で張り付く髪と寝巻に不快感を覚えたのでシャワーを浴びようと思い、時計を見る。時刻は朝の五時になる所だった。カーテンの隙間から、薄明かりが差している。

 隣を見ると、膨らんだ布団から白い髪が覗いていた。何時に寝たのかわからないが、景はまだぐっすりと眠っている。早朝の心地よい静けさに、エマは先程の悪夢を忘れかけていた。


「きゃぁぁあああ!」


 突然の悲鳴が、穏やかな静寂を切り裂いた。それは部屋の外から聞こえた。声の大きさや方向からして恐らく同じ階だ。

 隣のベッドで寝ていた景が跳ね起きて、風のように部屋から出ていく。ワンテンポ遅れてエマもそれを追った。景が向かいの伊緒とゆりの部屋の扉を壊す勢いで開けた。


「大丈夫!?」


 景の声の後、エマもその部屋に駆け込む。

 ベッドの上で頭まで布団を被ったゆりが、何かから逃げるようにパニックになっていた。明らかに、正常ではない。同室の伊緒が心配そうにその側につき、景も「どうしたの!」と二人に駆け寄った。伊緒は困惑した顔で景に向かって首を振る。ゆりは近づく二人から逃げようとして、遂にベッドから落ちてしまった。

 ゆりの布団が頭から落ちる。入り口付近から様子を見るエマの目と、尻もちをついたゆりの目が一瞬だけ合った。一瞬だけ、というのは、目が合った瞬間に再びゆりが布団を頭まで引き上げたからだ。一瞬だけ見えたゆりの顔は酷く青ざめていて、唇も白く、髪が汗で顔に張り付いていた。

 すると、突然ゆりは暴れるのをやめて、体を全て布団で包み、その場で動かなくなった。

 騒ぎを聞きつけた寮生たちが順に集まってきた。皆口々に心配する言葉を掛けたり、何があったのかを尋ねたが、ゆりを隠す布団からは何も聞こえない。伊緒も、本当に何があったのかわからない様子だ。


「な、なんでもないから近寄んな!!」


 ゆりが怒鳴った。声は裏返り、そしてくぐもっていた。

 それからもゆりは、一向に何があったのかを言おうとしなかったので、怖い夢を見たのだと勝手に結論付けて解散した。

・吸血鬼 vampire

遥か昔から存在している、人間に最も近い生物。処女の生き血を吸い続ければ半永久的に生きながらえることができる。害獣の扱いをされてきたが、近年は吸血鬼を保護し、共存を目指すべきだと訴える人間も多く出てきている。


・ヴァンパイアハンター

吸血鬼を駆除する者たちのこと。肌や髪、目の色などが極めて白に近い。


・<姉妹(シスター)

カラニット女学院高等学校寄宿寮に存在する制度。一年生の<妹>に二年生の<姉>が付き、マンツーマンで寮生活を一年間サポートする。<姉妹>である一年間、同室で過ごす。


・リリアン

カラニット女学院高等学校に存在する制度。第二学年終了時に成績や素行が優秀で模範的であると認められると与えられる称号。寄宿生であれば、寄宿生活面でも認められなければならない。リリアンには一部の校則や寮規則が適用されない。


・各務エマ Kakumu Ema

本作の主人公。カラニット女学院高等学校一年A組。シオン寮。宗教を毛嫌いしている。祖母と母もカラニット出身である。父とは死別しており、カラニットの理事長である母親とは不仲。景の<妹>。


・来栖景 Kurusu Kei

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。白く長い髪に灰色の瞳を持つが、顔立ちは日本人。ヴァンパイアハンター。エマの<姉>。淑子の元<妹>。


・和泉絢 Izumi Aya

エマのクラスメイト。シオン寮。友好的で天真爛漫。吸血鬼迫害を疑問視している。姫唯の<妹>。


・星野姫唯 Hoshino Kii

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。セミロングの黒髪をリボンでツーサイドアップにしている。何にでも「可愛い」と思う気質がある。絢の<姉>。英智の元<妹>。


・今見ゆり Imami Yuri

エマのクラスメイト。シオン寮。入学早々、校則で禁じられているカラコンやメイク、染髪をしてくる不良少女。伊緒の<妹>。


・塔島伊緒 Toujima Io

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。おっとりしているが、Sっ気がある。色気のあるお姉さん。ゆりの<姉>。紅の元<妹>。


・安曇千穂 Azumi Chiho

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。長い前髪とマスクで顔のほとんどを覆っている。根暗オタクで陰謀論者。エヴァの<姉>。愛佳の元<妹>。


・エヴァ・ローズ Ava Rose

カラニット女学院高等学校二年生。シオン寮。二年生だが、留学生で寄宿生としては一年目なので、千穂の<妹>である。


・谷淑子 Tani Hideko

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会会長でリリアン。シオン寮。谷グループの令嬢で、体裁を強く意識しているので、学校内でも寮内でも気を抜かない。景の元<姉>。


・上神英智 Niwa Eichi

カラニット女学院高等学校三年生。生徒会副会長でリリアン。シオン寮。瞳が青く、日光などの強い光に弱いため、リリアンになる前からサングラスの着用が許可されている。本人曰く、瞳が青いのは先祖にヴァンパイアハンターがいるから。姫唯の元<姉>。


・土井愛佳 Doi Aika

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮の寮長でリリアン。明るく友好的なギャルだが、ギャルにしてはメイクが薄く、髪も一部しか染めていない。千穂の元<姉>。


・阿閉紅 Atoji Koh

カラニット女学院高等学校三年生。シオン寮。見た目や振る舞いが幼いため、「アカちゃん」というあだ名が付けられているが、言葉遣いや性格は幼くない。無表情で感情の起伏が乏しい。伊緒の元<姉>。


・木部真理愛 Kibe Maria

カラニット女学院高等学校シオン寮の寮母。カラニットの寮母は、この学校に賛同している企業から派遣される。真理愛はエマの母親が代表取締役を務める株式会社KAKUMUの社員。


・伊東蘭花 Itou Ranka

一年A組の担任教師の女性。担当科目は地理歴史。


・箱田メアリ Hakoda Mary

カラニット女学院理事長。若々しく美しい黒髪の女性。先祖がカラニット女学院の創設に関わっている為、理事会役員の家系である。株式会社KAKUMUの代表取締役であり、エマの母親。五年前に夫と死別。

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