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04 質問

 俺はテレビの上の時計を見た。午後三時過ぎだった。


「ジュノさん。ところで今日は何月何日ですか? それもわからないんです」

「ああ、六月二日だよ。昨日は僕の誕生日だった」

「えっ、あっ、おめでとうございます!」

「昨日のメイくんが祝ってくれたよ」


 ということは、六月一日生まれなのか。


「あっ……だからジュノさんって名前なんですか? 六月の女神のジュノー」

「その通り。全く、男につける名前じゃないよね」

「でも、似合ってます。ジュノさん綺麗ですから」


 ジュノさんは、白い肌にくっきりとした目鼻立ちだ。骨格が男らしいので男性だとはわかるけど、顔立ち自体はどこか女性っぽくもある。


「ありがとう。メイくんってそういう知識はあるんだね」

「そうみたいですね。じゃあもしかして、俺って五月生まれなんでしょうか?」

「ははっ、その可能性はあるね。あのさ、提案があるんだけど。昨日のバーに行ってみない? 理由は三つある」


 ジュノさんは、こう説明してくれた。

 一つ目。ジュノさんと出会った場所に行くことで、思い出すきっかけになるかもしれない。

 二つ目。ショットバーのマスターが、俺のことを知っているかもしれない。

 三つ目。スマホを持っていないというのが不自然。そのショットバーで落とした可能性がある。


「どうだろう、メイくん」

「行ってみる価値はありますね。ぜひお願いします」


 まだ行くには早い。俺はジュノさんのことを尋ねてみることにした。茶色く髪を染めていることから何の職業なのか気になったのだ。


「ジュノさんのお仕事って?」

「作曲。フリーだよ。ここにはもう一つ部屋があって、そこで作業してる」

「けっこう……有名だったりします?」

「そこそこ。まあ、この歳にしては稼いでる方だと思う」


 俺は続けて聞いた。


「昨日で何歳になったんですか?」

「三十歳だよ。節目の年でしょ。でも、特に祝ってくれる人なんていなくてね。寂しくて、あのバーに行ったら、メイくんと出会った」


 この調子ならまだ答えてくれるだろう。


「ご家族……ご両親とかは?」

「父は僕が小学生の時に、母は今年の一月に死んだよ。一人っ子。天涯孤独ってやつだね」

「なんか、色々聞いて済みません」

「いいんだよ。メイくんの質問には何でも答える。これから一緒に暮らしていくんだから」


 ジュノさんはスマホを取り出した。


「夕飯、ピザにする? 自炊はしなくてね。食材も何もないんだ」

「はい、食べれると思います」


 俺がサラミやソーセージがたっぷり乗ったピザを選んだ。ガッツリ食べたい気分だったのだ。夕方六時頃に届くよう予約をしてくれた。まだまだ時間はある。


「ジュノさん……その、ジュノさんは男性経験豊富なんですよね。そんな感じがしました。余裕あったし……」

「まあ、過去には色々相手はいたよ。長続きはしないんだけどね。けど、メイくんとこうなったのは運命的なものを感じてる」

「ジュノさん……」


 そこまで言われてしまっては照れてしまう。しかし、俺は思い当たった。


「でも、俺に本命の恋人とかいたら……」

「どうだろう。昨日のメイくんはいないって言ってたけど、どうかわからないね」

「もし、もしいたら」

「その時はちゃんと身を引くよ。それまで夢見させてよ、メイくん」


 ジュノさんが俺の手を握ってきた。


「ごめんね。記憶なくてそれどころじゃないっていうのに、好きだなんて言って」

「俺は、その……嫌じゃないです」

「そっか。もし僕が嫌なこと言ったりしたりしたら、正直に言ってね」


 そして、そっと唇を重ねた。今の俺は、卵から出てきたばかりの雛鳥なのだろうか。この美しい人に、どうしようもなく惹かれている。

 早く記憶を取り戻したい。けれど、ジュノさんの温もりをもっと感じていたい。


「んっ……」

「メイくん、可愛い。バーに行って、記憶が戻ったら、それでお別れなのかもしれないね……」


 もしそうなったとしたら。俺は素直な気持ちを伝えることにした。


「ジュノさん……もう一度、したいです」

「本当? 僕もそう思ってた」


 寝室に行き、今度は俺もジュノさんの服を脱がせたりして動いてみた。今の俺にとっては二回目だが、本当は三回目のジュノさんとのセックス。


「ふふっ……メイくん、さっきより大胆になってくれたね」


 裸のまま、長い間余韻を楽しんでいた。感覚が戻ってきたのだろうか。最高に……気持ちよかった。


「ジュノさん、そろそろピザ来ますよね」

「本当だ。服着ないと」


 ほどなくして届いたピザを食べた。俺は椅子に座って待っていたので配達員とは会っていないが、玄関からジュノさん以外の人の声がしたことに気後れしてしまった。これを食べたら人の集まる場に行くというのに。


「メイくん、大丈夫? 顔、暗いけど」

「その……外出して、他の人に会うのが不安で」

「僕が一緒だから安心して。途中で無理になったら引き返そう」

「済みません……」

「謝らないで。メイくんは僕に頼ったらいいんだよ。条件も……満たしてくれたしね?」


 元々着ていた俺の服が乾いていたのでそれを着た。黒い前開きの半袖シャツにデニムだ。玄関には俺のものだという赤いスニーカーがあった。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 俺はスニーカーを履き、夜の街へと繰り出した。


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