俺が死ぬ理由
生き物は必ずいつかは死ぬ運命にある。どんなに長生きする努力をしてもいつかは呆気なく死ぬことが決まっている。それが生き物であるからだ。不老不死を望んだ王様も死んだ。神に祈りを捧げた聖人も死んだ。
どんなにあがいても死というものは迫ってくる。
そして、そんな事を考えている俺にも死というものはやってきたようだった。
年齢は23歳。大学を卒業し、会社に入社して働いているしがない会社員なのだが…いくらなんでも早すぎるだろとは思う。
なので俺の目の前にいる彼女に文句を言って見ようと思う。
「早くない?」
「………」
彼女は返してくれない。
だたジッと俺の方を見て重たげな黒い鎌を肩に担いでいる。
黒いフードに黒い鎌…イメージ通り過ぎて突っ込みたくもなる。普通に考えて変質者なのではないかと思ってしまうが、彼女は人間ではない。
それは彼女の姿が言葉のかわりに俺に伝えてくれていた。
触手のようなウネウネと動く脚のようなもの。鎌を持つ手とは別に本を持つ手とランタンを掲げる手。
明らかに人間の持つ腕の数を超えている。
フードから見える顔は人間の女性のような顔をしている。日本人…というよりかはヨーロッパ系か?
仕事から帰り、夕飯を食べてから風呂に入る。テレビを見ていたら後ろに死神ちゃんがいつの間にか立っていた。インターホンも鳴らなかったし、本当にいつから居たんだってくらい静かに立ってたから最初は驚きすぎて変な声が出たよ。
「喋らない?喋れないの?ねぇ?」
「死神は語らない」
「お、喋った!聞き取れるし、意思疎通はできそうだな。よかった日本語で」
「……」
不満そうな視線が突き刺さる。だが、俺も死ぬ前に気になることは明らかにしておきたい。
なぜ俺が死ななければならない理由だ。
「俺さ、健康には気をつかっていたし、会社も働きやすくて全然ストレスとかも無いと思うんだよな。だから病気で死ぬとかは無いと思うんだよ。誰かに恨まれて呪い殺されるとかも心当たりないし」
「……契約」
「うん?」
「契約なの」
死神ちゃんは契約と言った。つまり、誰かと契約をして俺が死ななければならないということであった。
では、その契約は一体誰との契約なのかということだ。そんな契約を結んで一体何がしたいと言うんだ。
「誰との?」
「言えない。言ったら契約違反になる」
「そうなんだ。個人情報漏洩的な?」
そう言うと死神ちゃんは頷く。
どうやら死神の世界にも情報を守る法律はあるようだ。もっとファンタジー的な感じであって欲しかったとは思うが、これが現実か。
「そっか……俺はいつ死ぬの?」
「明日」
「ということは…あと2時間後?」
「そう」
「そうなんだ。じゃあ、遺書でも書いておこうかね」
「……変なの」
今は午後の10時を少し過ぎたぐらいだ。
あと2時間で何ができると言えば遺書を書いておくぐらいだろうか。
内容はなるべく明確にしておかないとな。死人に口無しと言うし、何がどうなるかわからない。
「怖くないの?」
「怖いよ。そんな鎌を見せられたら余計にね」
「…じゃあ、どうして逃げないの?」
「逃げれるの?」
「無理。死神からは逃げれない」
「じゃあ、逃げるよりもやることがあるじゃん」
「変なの」
誰だって死ぬのは怖い。死の先なんて誰も知らないんだから怖い。未知は恐怖だ。知っていることがどれだけ恐怖を和らげてくれることか。
「あ、そう言えば」
俺は遺書を書く手を止めて死神ちゃんの方を向く。
思ったことがあった。
「俺って死んだらどこに行くんだ?」
「わからない」
「知らないのか?」
「違う。あなたがどこに行くのかは知らないだけ」
「そっか…昔に実家で飼っていた犬がいたんだよな。滅茶苦茶に可愛くてさ。今でもその犬の写真は持っているんだけどな。19歳ぐらいまで生きてくれたんだよな」
俺は遺書を書きながら犬の話をする。
「その犬のこと、好きだったの?」
「え?まぁ、そうだな。大好きだったよ」
「ふぅん」
死神ちゃんにとってはどうでもいい話だろう。きっと右から左に聞き流していることだろう。
そう思っていたのだが、意外と食いついて来てくれた。心なしか声色が先程よりも柔らかい気がする。
「家族全員でその犬を滅茶苦茶に可愛がってな。家族の中心にそいつは居たんだ。だから、そいつの長生きを俺は祈った。神様にな、俺の寿命をやるから、そいつを長生きさせてくれって」
「……」
「毎年、毎年祈った。自分の受験や色恋よりも優先した。当時の俺は、自分の命なんかよりもそいつが生きてくれる方が嬉しかったんだ。でもそれって俺のエゴだろ?だから、意味はないし、そいつからしたら迷惑なのかもしれないけど、俺は祈りたかったんだ」
「そう」
「俺が死ぬ理由はわからん。でも、もしもそのお願いを神様が聞いてくれて、叶えてくれたんなら死んでもいいかなって思えるな」
どうしてこんな話を死神ちゃんに話したのだろうか。理由はわからない。
自分が身近に死を感じたのはこれがニ回目で最初が愛犬が死んだ時だったからだろうか。急に話したくなってしまったのだ。
「人間…それは驕りに過ぎない」
「そうか」
「褒めて欲しいんだね。献身的な自分を褒めてほしくてたまらない。それはただの欲求」
「はは、そうかもな」
俺は少し笑いながら死神ちゃんの話を聞く。
「どうして一匹の犬のためにそこまで祈れるの?山に捨てられるような犬で何もできないのに」
俺はその言葉を聞いて理解した。
あぁ、なんだそういうことだったのかと。そうなんだったら言ってくれればいいのにな。
「…はは、なんでだろうね。でも家族だからかな。人間じゃないけど、大切な家族なんだよ。俺にとっては自分よりも大切なね」
「馬鹿馬鹿しい。本当に愚かで、浅ましい。なんで…なんでそんな」
チラッと時間を見る。すると時計の針はもう12時になろうとしていた。
いつの間にそんな時間が経過したのかと思ったと同時に自分が死ぬ時間になった恐怖を感じる。
だが、俺は不満はなかった。
「なぁ、そろそろ時間だぜ?」
時刻はあっと言う間に過ぎていく。
結局は遺書を書くだけで終わってしまった。まぁ、俺が知りたいことはしれたから良いかな。
俺が死ぬ理由はきっとそういうことなのだろう。
「馬鹿だね。一匹の犬のためにさ」
「そうかな。誰だって自分よりも大切な存在はいるよ?」
「…時間」
死神ちゃんは鎌を上に掲げる。
まぁ、あんなのでさっくりと殺られたら一発で天国に行けるだろうな。
「最後に言いたいことはある?」
「また会えてよかった。大好きだよ、チャチャ」
俺は面と向かって言うのが恥ずかしかったから背を向けて死神ちゃんに言う。
すると後ろの方で小さな声が聞こえた。子供がすすり泣くような声だ。
「……無理ぃ…無理だよぉ、できるわけないじゃん」
俺が振り向くと死神ちゃんは鎌を下げる。
「チャチャ、大丈夫だから」
「馬鹿あぁ、本当に馬鹿だよぉ。なんで、なんで犬のために寿命を売るの?そんな事をして私が喜ぶわけ無いでしょ!?ねぇ、どうしてそんなことしたの?」
「生きてて楽しかったか?」
「質問に答えてよ!…そうだよ、楽しかったよ!散歩は色んな所連れて行ってもらえたし、暇な時はいつも遊んでくれた。毎日が充実してた。老いて歩けなくなっても外に連れて行ってくれたのも嬉しかったし、毎日話しかけてくれた」
「じゃあ…」
「でもそれで優磨が死んだら意味ないじゃん!」
鎌を床に放り投げてチャチャは俺の胸ぐらを掴む。
フードに隠れている顔は無いていた。
「ごめん。でも、俺はお前が生きてくれたほうが嬉しかったんだ。悔いはない」
「ごめんで済んだら死神は要らないんだよぉ…」
「あと5分だから」
「撫でて…」
俺は犬の頃のチャチャを撫でるように死神ちゃんの頭をフード越しに撫でる。
目を細めて嬉しそうにする顔は犬の頃にしていた表情に重なって見えた。そうして俺は時間の許す限り、チャチャを撫でる。
やがてその時は訪れる。
「時間…最後に言うことはある?」
「また会おうな」
俺は笑ってそう言って次の瞬間には視界は黒く染まっていた。目を閉じたわけではない、だが何も見えない。そんな中で何となく子供がすすり泣くような音と仄かに温もりを感じながら俺は眠るように今度は目を閉じた。
まぁ、色々と思うところはあるかもしれません。
温かい目で見てやってくだせぇ。