プロローグ3 To Do
八代涙斗視点。
親友の恋を応援すべき、だから自分の恋は諦める。
晩御飯を終えてまた一人に戻った。まだ眠くないし水族館に行こう。階段を上がっていく。
海華ちゃん、食べてる時暗い顔を一切見せなかったな。
本当に此処に通う決心がついたんだろう。分かりやすいあの子のことだから、迷ってたままだったら顔に出てると思う。
零は海華ちゃんのことが好きなのかな……。心配だからってあの子が起きるまで側にいたし、あの子を傷つけないようにわざと避けているし、幼馴染だからってここまでするかな?
零は強いよなぁ。自分がどうすれば良いか真剣に悩んで、その答えが自分にとって悲しいことでも我慢して大切な人を守ろうとしている。
力がどれだけの被害を及ぼすのか、自分が向き合わなきゃいけないものが明確に分かっている。
彼自身の強さとその情報が、彼に決断させたのかな。
だとしたら、少し羨ましい。
彼が知っていることで苦悩してるのは十分理解してる。
どんな言葉を吐き出せば、どんなことをすればあの子と自分の間に距離ができるのか、一人会議と俺達への相談を繰り返してきた。
そして結局実行できなくて、自分の本音を俺達に零して、自分嫌いになっていく。何度も目にした姿。
本当はあの子と喋りたい、あの子の笑顔を見たい、そんな気持ちでいっぱいなのに、押し殺してひたすら耐えてるのも分かってる。
でも、何が起こるか予想できない不発弾を抱えて、対策を考えることすらできないよりずっとマシに思える、どっちも辛いのに変わりは無いのに。
俺が取り付けられたものは、零の病気よりもずっと危険な気がする。それ自体に怪我をさせたり、命を奪ったりする力は無い。けど付けた犯人の目的が分からない。改造されて何年も経つけど、それが暴走したり、俺に何か異変が起きたりしたことは一度も無い。
学園長曰く、犯人は趣味や気まぐれで人体実験することもあれば、ちゃんとした理由を持ってやることもあるらしい。今回はどっちに当てはまるのか分からない、アイツの思考が読めないとも言ってた。
初めから目的があるのか、ただの好奇心か。このまま平穏に終わるのか、事件を起こすのか。
はっきりとした未来が描けない。
アイツを捕まえれば全部解決するけど、あっちこっち移動するから居場所を特定できない。
学園長レベルで魔法研究に貢献してるからお偉いさんがいろいろ隠蔽するかもしれない。常識も倫理観も存在しない狂った奴であっても自分達に利益があるなら、俺のような被害者に目を瞑るってことか。
証拠を沢山の人に目撃させたり、お偉いさんを含めた世界に喧嘩を売るような実験が明らかにしたりしないと無理なのかな……。
俺は何をするべきなんだろう。
あの子を避ける? 何も無かったらただあの子を傷つけるだけだ。零が使ってる部屋に篭る? いつ起こるか分かんないし、あれは彼に合わせて作られてる。仮に俺用、もしくはあの子の隔離部屋があってもそれはただの箱だ。
どうすれば良いんだろう……。いや、今できることは分かってる。万が一を想定して零と同じことをすれば、自分と物理的な距離がある分、何かあっても逃げ切れる確率を上げることができる。
理解はしてるけど実行できない。大事な人の為に大事な人との関係を捨てることができない。
俺は決断ができないただの弱虫だ。
あぁ、本当に零が羨ましい。
目の前に青い世界が広がる。目的地に着いた。
相変わらず魚や生き物の種類が増えない。どの展示施設も学校の授業で使う物しか置いてない。
普通の水族館なら十分だけど、この施設の広さだと全然足りない。飼育する自動人形オートマタもめっちゃ余ってるし。
それでも此処はまだマシか、博物館とかまだ空っぽだし。学園長が遊園地建てるのに熱入れてるから一向に進展しない。遊園地三つもいらないでしょこの街。なんで誰も止めないの? 言っても無視されるだろうけど。
熱帯魚が目の前を通り過ぎる。レースのような尾鰭を揺らしながら進んでいく。
あの子が此処に来たらどう思うんだろう。目を輝かせながらあちこち歩き回るんだろうな。
あと、この世界に慣れてきたら一緒に泳ぎたい。俺の力で水の中でもいつも通りに動けるって伝えたら喜ぶかな。はしゃぎながら魚とか蛸を観察しに行くのかな。
水族館以外のとこにも連れてきたいな。この施設もその周りも、彼女の好奇心や創作意欲をきっと満足させる。
自分の好きなものに夢中になってるあの子をまた見たい。その時の目は輝いてて、宝石みたいで心を奪われる。
でもそうしようとすると、零をどうやって連れてくかを考えなきゃいけない。強制はお互い楽しくないし、皆揃ってないのもなんかなぁ。
……海華ちゃんは零のことどう思ってんのかなぁ。嫌ってる様子は無いけど、なんか戸惑っているというかなんていうか。
でもそうなってもおかしくないよね。仲が良かった人がいきなり突き放す態度をとったら誰だって悩む。
零を完治させないと、きっと元通りにはできない。でも発病から何年も経つのに未だに判明してない。
俺達の世界でも難病の治療法は物凄い時間を掛けて確立される。だからこうなっても仕方ないかもしれない。
でもそれじゃ駄目だ。
何をすれば良い? 俺には何ができる?
俺には医学や薬学、魔法の知識が圧倒的に足りない。
励ましもアドバイスもいつか限界が来る。そもそもそれが力になってるのか。
自分のことも解決できてないのに、友達の苦しみを取り除こうなんて無理な話だ。
こうしてる間にも二人の距離は広がってく。
本当は一緒に遊んだり、大学で何をやってんのかを報告したりしたい筈。
そうじゃなきゃ、数時間前の零は海華ちゃんのことを俺に尋ねたり、話に喰いついたりしない。海華ちゃんも零の方に視線を向けない。
彼のことだからあの子の作品を見たり、読んだりもしたいんじゃないかな。一度も目にしてないそれに感想を送りたい、あんなに興味津々ならそう思ってる可能性もある。
自分でデザインして縫ったドレスを纏ったあの子に、綺麗だ、の一言を伝えたい……ってこれは想像しすぎか。
そうだとしてもそれを叶えるには、自分の顔をすぐ卑下するあの子が自作の服を着る必要がある。素直に着るところを想像できない、整った顔だし服のイメージとあの子はピッタリだし、似合うと思うんだけどなぁ。
海華ちゃんも彼の言葉が欲しいに決まってる。昔は何かが完成したら真っ先に彼のところに向かってたのかもしれない、幼馴染なら十分ありえる。
奇病の所為で望みも気持ちも全部抑えなきゃいけない。そんな二人の側にいて黙って突っ立ってるだけなんてやだ。
馬鹿で気の利いた言葉も掛けられない俺だけど、力になりたい。
呪いで化物になってしまった彼の為に、どうにか銀の弾丸を探してそれを撃ち込まないと。
その為にひたすら脳味噌と身体を動かすべきだ。いや、そうするしか方法が無い。
他にも友達としてやるべきことがある。
まだ未確定だけど、二人が好き同士ならくっつける。気持ちを押し殺してでもすべきことだ、どっちも大切な人だから。
お姫様と王子様がいて両想いだとしても、狩人や魔法使いとかの脇役がいないと御伽噺はハッピーエンドにはならない。
硝子の靴や鰭を捨てる薬、或いは毒林檎を手渡して結末を見届けるのが俺の役目。
王子様が二人もいたら物語はきっと、人間関係がぐちゃぐちゃになってバットエンドを迎える。ただのモブキャラを演じても、いつか王子様は自己嫌悪に呑み込まれて泡になる。それだけは絶対に避けないと。
本当はあの子に今まで溜め込んでいた気持ちを薔薇の花束に乗せて贈りたい、その手を取って踊りたい。
星に願っても無視されるレベルの我儘だ。
あの子から恋する乙女の目で見つめられたことなんて一度も無いのに。そんな目にさせるほどの魅力も無いのに。
まだ物語の幕が開けてなくて脚本も書き終えられてないのなら、今から王子になることもできるのかもしれない。
でももう始まってたら、きっと覆すことはできない。
海華ちゃんが零に熱を上げていたら、俺のどんな言葉もどんな行動もスルーされる。
綺麗だ、とかの言葉は俺があの子に伝えたいことだ。だけどこの前提なら、俺の賞賛より零の言葉の方がずっと求められてて、あの子の心に刻まれる。
今起きてる全てが夢なら、こんな意味の無い妄想に苦しまなくて済んだのかなぁ。
俺の言葉で顔を赤らめていつもと違う裏返った声を発するあの子をもっと見たい。あの子の脈拍に耳を澄ましたい。俺のキスで蕩けた顔をして俺を見つめてほしい。あの子の視線が、体温が、心が欲しい。
でもあの子が笑ってなきゃ、あの子があの子でいなきゃ駄目だ。
あの子を壊すことになるのなら、この望みは砕いて胸の片隅にしまっておかないと。捕まえて動けなくしようとする手は切り落とさないと。
俺のすべきことは与えられた役を演じて、余計なことは排除すること。
脇役は主役を助けることしか許されない。
我慢を続けないと、今の関係を保たないと。