99話「初めての闘技会とそれぞれ思惑」
翌朝。日課のようにアラクネさんの糸を撚っていたら、冒険者ギルドの職員が訪ねてきた。
「朝早くから申し訳ない」
「いえ、なにかありましたか?」
「ええ、実は……」
夜に訓練場で闘技会を開催したところ、白熱した戦いがあったようで冒険者ギルドの壁が崩壊。参加者たちにケガ人多数。胴元の冒険者ギルド以外で賭け事も発生。命を落とした者はいなかったものの、ルール作りや闘技場の強化が必要になっているという。
「我々に、何かできることがありますか? ブラウニーを紹介しましょうか」
「是非お願いします。それからまじないや魔法強化などはできませんか? 審判なども必要なのではと思い、人間とも魔物とも関係があるアラクネ商会さんにご協力いただけないかと……」
ルール作りで、かなり手間取っているのか。
「わかりました」
アラクネ商会としても、闘技会がなくなってしまうと珍味が売れなくなってしまうので、ちゃんと開催してほしい。
「流れが来てるのにね」
町に行く準備をしながら、職員に聞かれないようにアラクネさんが小声で言った。
「新しいことを始めるんだから、そりゃ滞ることはあるさ。でも、まだ解決可能なようでよかったよ」
ギルド職員と一緒に倉庫へ向かい、ターウとツボッカに倉庫番を頼む。スライムたちは普通に掃除を始めていた。もしかして本当は知能が高いのか。
倉庫の隣に小屋を建てているブラウニーたちにギルド職員を紹介した。
「壁の強化と言っても、別に魔法で作っているわけじゃないから3日は貰いたい。本当は7日はかかる。それから柔軟性のためにアラクネの紐を素材として使うから用意しておいてくれ」
ブラウニーたちはすぐに見積もりを出していた。町にいた時は酷い仕事が多かったから、条件などをすぐに出すようにしたらしい。
「わかりました」
ギルド職員に対応可能な金額だったようだ。もっと吊り上げればよかったのに。
去り際、ブラウニーたちに背中を叩かれた。ありがとうということらしい。
「なんで吊り上げなかった?」
こっそり聞いてみる。
「その方が儲かるから」
修復しやすいように作っておくのか。頭いいな。
ルール作りも上手くやってくれということだろう。魔物は口に出さないのに、多くのことを頼んでくる。
封鎖されている冒険者ギルドの訓練場へ向かった。
町はいつもと変わらない通常営業だが、酒場から足を引きずった闘技者たちが出てきて通りに座り込んでいる。負けたのだろうか。
酒が飲めているくらいだからケガもそれほど酷くない。
「ギルドで回復薬は売ってるんですか?」
「もちろん売ってるんですけどね。薬屋の方が安いので、そっちで購入してるんだと思います。あとは痛む箇所を知って、自分のどこが弱点なのか仲間と語り合っているんですよ」
「なるほど」
闘技会はただの賭け試合ではなく、自分たちを高めるためのものか。
「だとしたら、たぶん派閥が生まれると思いますよ」
「派閥ですか?」
「弟子とか師匠がいて、スキルや戦い方の共有をした方が勝てますからね。賭ける方だってそういう道場みたいなものが近所にあったら応援しに行くと思いますし」
「確かに……」
「裏でやってる賭け事も、ギルドの賭けの方が面白ければ客は正規の方に向かうじゃないですか。小口とか大口とかレートを変えてやったり、いかに人気闘技者を生み出していくかを考えた方がいいと思うんですよ」
「それはやっていたつもりなんですけど、思った以上に戦い方が派手だったというか……」
「ああ、そういうことか」
大技を使って見せる戦い方をすればそりゃ壁ぐらい壊れるか。
冒険者ギルドの外には瓦礫や焼けた木材が積み重ねられている。まじないや魔法陣もかけていたが、超えてくる闘技者はいるようだ。
「闘技者のランキングは出しましたか?」
「ええ。ただ、やっぱりレベルと相関関係があるようで必要なのかどうか……」
熟練の冒険者と言うと表現が優しいが、爺さんと婆さんたちが上位に固まっている。実力者ともなると派手さはなく、数秒で試合が終わる場合も多いのだとか。
相手を倒すだけなら別に派手な技は要らない。あまり長引くと体力も使うし、とっとと終わらせているのだろう。
冒険者ギルドの中に入ると、引退したはずの冒険者たちがお茶を飲みながら、壊れた壁を見つめていた。
「ああ、来たか」
セイキさんやロベルトさんなど教官たちも壊れた壁に集まっている。
「ちょっとブラウニーたちに頼んだ予算を報告しに行きますのでお待ちください」
俺たちを迎えに来た職員は、奥へ行ってしまった。
「話は聞いたか?」
ロベルトさんが俺たちが近づくと聞いてきた。
「大まかには」
「どうすりゃよかったんだ? 俺たちは」
「実力者がなんの縛りもなく客を喜ばせようとしたら壁ぐらい壊れるのは当然です」
「上位の者ほど壊さないぞ」
「そりゃそうですよ。レベルが高くて攻撃も守りも精度が高いのですから」
「じゃあ、ランキングの中途半端な奴らが悪いってことだな?」
「別にちゃんと観客を楽しませているなら悪いことは何もないです。ちなみに壊した試合とか壊した闘技者はリストになってますか?」
「ああ、もちろんだ」
リストを見ると壁を壊したのは魔法使いが多く、ケガ人を出したのは剣士が多い。ランキングのリストを見ると、壊した人たちが集まっている。ランキングとしては中の上、上の下の人たちだ。
「ランキングの下の方の人たちは別にケガもしてないんですか?」
「ケガをする前に勝敗が決まっているし、俺たちも止めに入れるからな」
「上の方の人たちにもないですけど?」
「そこまで熱くならん。皆、寸止めだ」
つまり自分たちの技術をコントロールできる者たちだ。
「まずは上位のランカーが、この上位中間層の教育から始めた方がいいですね。魔法の使い方、タイミングやコントロールを教えて、斬れる剣と斬れない剣の違いや派手な動きと効果的な打撃なんかを教えてあげてください。上位層の下部には、動きを制限するような呪具を付けて戦えばいいんじゃないですか」
「呪具か。そんなの付けて大丈夫なのか?」
「ちゃんと能力を落とさないとまた壁も壊れるしケガ人も増えますからね。ハンデキャップがあるとまた違う戦いが見られるかもしれませんよ。扱い方は吸血鬼の呪具屋が心得ていると思うので、協力を仰いでください。うちの倉庫の遺跡からも出てくると思うので、辺境の町ならではの闘技会になると思います」
「ああ、そうだ。結局あの夫婦がトップ1、2なんだ。倉庫で勉強会を開いているんだろう? 冒険者ギルドでも開いてくれよ」
セイキさんは元冒険者夫婦に負けたらしい。リストには教官たちの名前もある。
「あのお二人は元から強いんです」
「でも、最近、レベルが上がったって聞いたぞ」
「それは仕事を手伝ってくれたからです」
「アラクネ商会の仕事を手伝うとレベルが上がるなら、上位ランカーが殺到する。俺だって冒険者ギルドの教官なんて放っておいてアラクネ商会を手伝いたいくらいさ」
やはりツアーでも作らないといけないようだ。
「それはいずれ仕事ではなくツアーにしますから。上位5人くらいの人たちに闘技会委員が免許皆伝を渡して、道場を作る許可を出してあげてください。それから、壁を壊した人たちはしばらく闘技会の参加資格はなくして道場の立ち上げの手伝いをすればいいんじゃないですかね」
「じゃあ、アラクネ商会も手伝っておくれ」
お茶を飲んでいた元冒険者の婆さんが声をかけてきた。
「魔法使いなんて偏屈で自分が決めたことしかやらない奴らさ。どんなに教えても外れたことをしてしまう。その上、実戦不足なんだ。闘技会みたいな本番に向けて実力を付けようと思えば、方向性も出てくるってもんさ」
「普通は逆なんじゃないですか。仕事が本番で闘技会が試し合いなんじゃ……」
「それを理解してないから壁なんか壊してるんだよ」
「ああ、そうか」
自分が持っている魔法の使い方や威力を試す場がないのか。
「だとしたら、冒険者ギルドの依頼をこなしていけばいいのに」
「中堅になってくると危ない橋は渡らなくなってくるし、一端と思われたいから誰かから学ぼうともしなくなる。でも、会社の仕事なら別だろう?」
「なるほど、理解しました」
名目が違うと視点も変わるのか。
手伝いに行かせる代わり、弟子への報酬は要らないとのことだった。
「お前たち審判はやらないのか?」
セイキさんは、自分の試合をしたいので誰かに審判を預けたいらしい。
「俺たちは闘技場で稼がずに、酒場で稼ぐつもりなので。外の瓦礫とか片付けておいてくださいよ。あそこに屋台を並べた方がいい。市民は『パンとサーカスを求めている』って言いますからね」
だいたい話が終わったところで、ブラウニーたちの報酬を取り付けてきたギルドの職員が戻ってきた。
「どうなりました?」
「だいたい話は終わりです。皆さま、諸々お願いします」
「頼むよ。本当に」
「吸血鬼かぁ。夜中まで寝てるからな」
誰も職員に説明する気がないようだった。