97話「弱点と誠実」
「昼寝したらスライムのレベルが上がらないかな?」
「そうかもしれないけれど、こんな場所で寝たくないでしょ」
「それはそうだね」
山賊たちを水生魔物の市場にいる詰所に連れていき、引き渡す。ついでに山賊から教えてもらった他の山賊のアジトも教えておいた。
「黄金沼にはいいレギュラーいないんだよ。辺境から冒険者を呼んできてくれないかい?」
たくましいセイレーンの女衛兵は、困り顔で聞いてきた。
「構いませんよ。でも、とりあえず酒場に依頼を出しておいた方がいいんじゃないですか?」
「そうだねぇ」
衛兵と一緒に昼の酒場へ行き、ついでに魚のフライセットを頼んで一息ついた。オープンテラスというと聞こえはいいが外の席で、残した魚の尻尾なんかをスライムにやると喜んで食べている。
試しに鞄に入れてみたが、しっかり収まってくれた。『荷運び』のスキルを使えばそれほど重さも感じない。瓶を挟むと固定されて割れにくい。鞄の中に光が入ってこないからかスライムたちはそのまま眠ってしまった。
「それにしても美味いね。このフライセット」
「沼の牧場があるらしいわ」
「養殖ってこと?」
「あ、人間の国ではそういうのかも」
確かに水中で動ける魔物だらけなので、魚の養殖は盛んだろう。
一緒に来た衛兵はマスターと報酬について話をしていた。
「どうするって言ったって、お金はないよ」
「中央に頼まないといけないね」
「これだけ市場が大きいのにおかしい話さ」
「全部、珍味と酒に変わっちまうんだからねぇ」
笑いながら、報酬に珍味と酒を付けていた。結局報酬は山賊一人につき銀貨1枚になり、後は珍味と酒で払うという。
「辺境近くだと物々交換の文化が強いんだね」
「結局お土産にもなるからいいんじゃないの?」
「そういうことか。俺たちも珍味獲得に動く?」
意外に売れるかもしれない。
「珍味ってヤモリの黒焼きとかよ。惚れ薬っていうか、精力剤がほとんどだと思うけど」
アラクネさんの説明でようやく理解した。
「そういうことか。そういう流れも来るかもね。珍味って腐ったりしないの?」
「乾燥している干物がほとんどだから水に浸けなければカビないんじゃないかな。そういう流れってどういう流れ?」
「闘技場ができたでしょ。きっとランキングができるとチャンピオンなんかが生まれるよね。そうすると支援したいって言ってくる商人ギルドとかが出てくる。今の辺境の町は人間も魔物も平等だけど、ランキングによって人気の格差が生まれるんだよ」
「それはわかるけど珍味が関係あるの?」
「町の商人からすれば、なるべく人気の人には滞在し続けてほしいでしょ。料理をしている人からすれば、なるべく惚れ薬や精力剤を入れようとするんじゃないかな?」
「なるほど、所帯を持たせようとするってことかぁ」
「その通り。子どもができると引っ越しもしにくくなる。そこで私塾が必要になってくるよね。もしくは家庭教師の斡旋所とか。レベル上げのツアーも、このタイミングで一気に流行るといいんだけどね」
「よくそんな先まで考えられるね」
「大まかな先読みをしてから、その業種の会社を調べて戦略を練るのが仕事だったんだよ」
長期投資のファンダメンタルは基本だった。
「へぇ。でも、確かに、珍味だったら保管も利くし、闘技場で誰がチャンピオンになっても売れそうだよね。流れかぁ」
「マッチポンプみたいだけど、俺たちで山賊討伐を請けておく?」
「そうね。スライムたちのレベルも上がるでしょ」
酒場でまだ喋っている衛兵とマスターに依頼を請けることを伝える。
「ああ、頼むわ。どうせ奴隷にするから、なるべく傷つけないで持ってきてくれると助かる」
「死体は全部魚の餌にしちゃうからさ」
これは確かに生きたまま連れて来た方がよさそうだ。
「あと武器とか持ってたら持っていっていいからね」
「わかりました。なるべく精の付く珍味を用意しておいてください」
「了解」
マスターは俺たちが使うと思っているのかもしれない。性欲よりも商売の面白さの方を優先するって考え方はしないか。
「唐辛子とか買っておこうか」
「そうね」
蜘蛛の巣玉の中に入れるものをいくつか買い込み、再び山へと入る。
「コタローは性欲ってないの?」
アラクネさんが聞いてきた。
「あるよ。普通の成人男性くらいには。でも、たぶん前の世界で性欲によって失敗した人たちをたくさん見たんだよね。いろんな業種、業界のトップの人たちがそれによって手のひらを返されて落ちていく様を見ていたから、性的な対象とは誠実に付き合ったほうがいいと思ってるだけだね」
「じゃあ、たくさんの女と結婚したいという気はない?」
「ないね。それこそ精力剤でもないと付き合いきれないんじゃないかな」
「じゃあ、私とエキドナが結婚したいって同時に言ったらどっちを選ぶ?」
「まず保留にするね」
「答えないってこと?」
「そう。魔物の国ってレベル至上主義なところがあるでしょ?」
「そうね。それが当り前じゃないの?」
「でも結婚生活ってレベルが高ければ送れるわけじゃないし、お金があれば成り立つけど離れ離れになることはあるし、破綻する可能性はあるよね。で、アラクネ商会を考えるとアラクネさんとエキドナと付き合いづらくなると、会社自体が運営しにくくなる。そうすると俺の居場所がなくなっちゃうんだよね」
「そんなことはないんじゃない?」
「いや、結構それは俺の中で重要なことでさ。この世界に飛ばされてきて唯一の居場所がなくなると、存在自体が否定されたような気がすると思う。実はそれが俺の弱点でさ。自分と結婚するとなると結びつきは強くなるけれど、どちらかに依存する関係だとレベルが下がったりお金が無くなった時に破綻するんじゃないかなと思うんだよね」
「つまりレベル至上主義じゃない考えの誰かと結婚したいってこと?」
「その通り」
「でも、レベルでもなくお金でもない関係性って、それが愛情ってやつじゃないの?」
「それだ。お互いが愛情を持てる誰かと結婚するのが一番でしょ。もちろんお互いのことを見過ぎると粗ばっかり見えてくるから、なるべくなら同じ方向を向いている誰かがいいと思ってるけど」
「なるほど、愛情もバランスかぁ。やっぱりコタローは変わってるね」
「そう? でも、もし付き合うならレベルもお金もない状態を想像させてからじゃないと、裏切られた気持ちになると思うよ。商売だって今がよくても悪い時はあるから、想像と全然違う未来になることだってある。闘技場のチャンピオンが話題にすらならないかもしれないし」
「確かに、未来は誰にもわからないか」
「誰だってカッコよく見せたり、金持ちに見せかけることは簡単だよ。でも、実際に結婚するとなると、悪い部分や弱点も見ることになるから、その想像の共有だけでもした方が誠実じゃない?」
「確かにね。そろそろスライム出す?」
「あ、もうアジトが見えてるな」
山賊のアジトは洞窟だった。中にはゴブリンが9頭いる。こちらには気づいていないようなので、スライムを出して罠を仕掛けることに。
「お、レベル上がったかな」
寝起きのスライムたちに水を上げたら、大量に飲んでいた。色味も濃くなった気がする。
「俺たちが罠を仕掛けるから、その辺の茂みに隠れておいてくれ。縛られたゴブリンが出てきたら、死なない程度に倒しておいて」
指示を出したが理解できただろうか。
とりあえずアラクネの紐の罠を仕掛けて、カラシ玉を投げつける。トウガラシの粉が舞い、咳き込むゴブリンたちが洞窟から出てきた。
スライムたちはしっかりゴブリンたちの頭部に襲い掛かり倒していた。息はあるので殺さないという指示も伝わっているようだ。
「優秀だな」
4名倒したところで、山賊が洞窟に籠ってしまった。
落とし穴を周囲に仕掛けて、一旦山賊を担いで集落へ戻り衛兵に引き渡す。猪狩りと変わらなくなってきた。
アジトに戻るとしっかり罠に嵌り、スライムたちが倒している。
「スキルポイントがあるなら『洗浄』と『麻痺攻撃』を覚えてくれると助かる」
スライムたちは大きく伸びをしていた。理解したということだろうか。
「歴史上にスライムを育てた魔物っていないの?」
「スライムを育てるってかなりの変わり者よ。いるとしたら南部の群島にいるかもしれないけど……」
「俺が試していくしかないのか」
前の世界では人気でもこちらでは人気がないらしい。




