96話「洗剤スライムと毒スライム」
翌日はゆっくり身体を休めながら、呪具の整理。呪具は本当にまだまだある。すべて浄化するだけでも2年くらいかかるんじゃないだろうか。
あくまでも俺は倉庫業をやりたいのだが、手を広げ過ぎた。
大渓谷のクイネさんから試作品が届いている。まじないがかかった作業服だ。アラクネの糸を使っていて伸縮性も優れている。ひっかき傷や噛みつきにも強いというまじないをかけておいたと説明書に書いてあった。
「魔物を使役する者用かな」
「魔物を使役するの?」
アラクネさんが作業服を見ながら聞いてきた。
「緩衝材にスライムを使おうと思ってるんだけど……」
俺は未だにスライムを緩衝材にできると思っている。この世界で程よく弾力性があり、密閉できるような素材を考えるとスライムに行きつくのだけれど、誰もそんなことをしていないらしい。ガマの幻覚剤を買い付けに行ったときは、ターウがいて結局スライムのテイムまで回れなかった。
「ああ、そういえば言ってたね。黄金沼に取りに行く?」
「でも、まだ飼う場所がないんだよ」
「温泉で飼えばいいんじゃない?」
「え? あ、スライムって熱に強いの?」
「温かいだけだからね」
「そうか」
作業服も届いたので取りに行ってみるか。
今日はターウとツボッカの訓練は休みで倉庫番をしている。暇にさせ過ぎると碌なことにならないので、ホールを使って的当てスキルの鍛錬を言いつけた。攻撃は命中しないとどうにもならない。
「仕事ってないよね?」
「うん。今日はないはず。夕方にロベルトさんとセイキさんが来るかもしれないだけ」
「なんで?」
「冒険者ギルドとしてはレベルの高いコタローを闘技場に出したいのよ」
「客寄せか。レベルなんて高くなると勝負は一瞬で決まるし、ほぼ作業みたいになるから見世物としては面白くないと思うんだけどなぁ」
「箔を付けたいんでしょ」
「付かないよ」
俺たちは黄金沼に行く準備をして、外に出た。
夏の暑さが襲ってくる。
一旦家に戻って帽子を被り外へ。水分補給用に井戸の水を水袋に補充しておく。
「まだこんなに暑いんだね。やってられないな」
「だから闘技場も夜しか開けてないんだよ。きっと」
「なるほどね。今日は二人だけだし、なるべく木陰を歩いていこう」
「道の方が走りやすいけど、今日は山の中の方がよさそう」
山道を外れて、道なき道を進む。こちらの方が俺もアラクネさんも楽だ。熱中症や日射病対策にもなる。
途中、温泉の脇を通ってエキドナに挨拶。スライム用の湯船を増築したいと言ったら、怪訝な顔をしていた。
「何をバカなことを言ってるんだ? スライムに意思なんてないぞ」
やはり魔物たちの中ではエレメンタル系の魔物という認識のようだ。
「そうじゃなくて、使役したいんだよ。緩衝材にもなるし汚れも落としてくれるだろ?」
「でも、毒を持つスライムだっているじゃないか」
「ああ! それ考えてなかったけど、倉庫の警備や罠にちょうどいいな!」
スライムはマジで便利だ。レベルが上がったら、進化したりするんだろうか。
「壊れた壺とかでもいいから、適当に穴を掘って温泉の水を入れておいてくれるか」
「暇だからいいけど。あ、そう言えばタオルの替えがなくなってきてるんだ」
「わかった。あったら買っておくよ」
アメニティグッズもずっと洗濯してたら破れたり汚れたりするよな。
「洗剤とかも買っておこう」
「そうだね。毒のスライムとかを作れれば、石鹸スライムもできるよね?」
アラクネさんも俺みたいな頭になってきている。
「洗濯とか食器洗いとか全部楽になるのに、そんな魔物はいなかった?」
「いないね。ゴミの掃除くらいじゃないかな」
「生活の水準が上がっていく。夢が広がるね」
「そういう夢もあるのかぁ」
俺たちは黄金沼へ急いだ。
「あぁ、嫌なものを見つけちゃったな」
「え? どこ?」
峠を越えようとしたあたりで山賊のアジトを見つけた。指さしてアラクネさんに教えると、「ああ、本当だ」と溜息を吐いていた。
「ウェアウルフとリザードマンかな。まぁ、こんな街道を見下ろせる峠付近にいるんだから、まず間違いなく山賊だと思うよ。やる?」
「ん~、いや、あのままの状態で働いてもらおう」
「え? どうやって?」
「後でね」
「後か……。え?」
ひとまず黄金沼へ行き、水生魔物の市場で洗剤と毒を買っておく。
「スライムってどこにいるかわかる?」
毒を売っていた半魚人のサハギンに聞いてみた。
「どこにでもいるよ。今日は暑いからね日の当たる岸辺に行くと干からびているかもしれないよ」
「ありがとう」
「スライムなんて狩るつもりかい?」
「いや、掃除用に飼うつもりなんです」
「なるほど。だったら、柑橘の皮も持って行きな。ここら辺のスライムはちょっと変わってるから、こういうのが好きなんだ」
蜜柑の皮のようなものがたくさん入った麻袋をくれた。
「いいんですか」
「いいよ。ゴミだからね」
蜜柑の皮を貰って、陽の光が降り注ぐ黄金沼の北側へ向かう。
岸辺では確かにスライムが干からびそうになっていた。クラゲと思えば、それほど怖い魔物でもない。
「何匹飼うつもり?」
「2匹かな。そもそも俺の使役スキルは小だからさ」
「一応、私も持っているけど……」
「他のアラクネとの連絡用でしょ。必要になったらまたここに来ればいいさ」
「そうね」
蜜柑の皮を食べさせながら、一番元気なスライムを探す。
「スライムの動きに慣れてるね」
「レベル上げの旅で最初に倒し続けたのがスライムだったんじゃないかな。もう散々倒したから、さすがに捕まるようなことはないし、口の位置がわかればそれほど怖い魔物じゃないよ」
少しだけ魔力を込めて、『使役スキル小』を発動。ドッチボールサイズのスライムを二匹使役した。俺の魔力は少ないとはいえ、スライムはしっかり伝わっていく。感情とかはかなり伝わるようだ。
「がんばるぞー!」
こぶしを突き上げてみると、スライムたちはちょっと縦に伸びる。
「かわいい奴らだ。よし、じゃあちょっと毒用と洗剤用と分けて与えてからレベルを上げようか」
「ああ、それで山賊……!」
アラクネさんが納得していた。
水をスライムたちに与えながら、ゆっくり山を登る。小さなトカゲの死体やキノコなど、スライムたちが食べたそうなものはどんどん食べさせる。食べながら形状も記憶するようだ。
川があれば水を飲ませ、細かく刻んだ蜜柑の皮を与える。当たり前だが、なんでも細かく刻んだ方が消化は速い。
「そろそろじゃない?」
山賊のアジトが近づいてきた。
「じゃ、洗剤と毒を飲ませて。アラクネさん、これをお願いします」
「わかった」
ベトベト玉とアラクネの紐を渡しておく。
洗剤と毒をスライムにそれぞれ与えた。なるべく消化せずに身体に取り込めるかやってみたが、あまり上手くいかない。レベルが上がったら変わるだろうか。
スライムが消化中に移動を開始。少し坂を登ったところで、山賊のアジトである山小屋が見えてきた。背後の崖から鉄鉱石を採取して、炉で溶かしているらしい。武器でも作るのかな。
「こんにちはー」
炉に鉄鉱石を入れているウェアウルフに声をかけた。
「なんだ? お前ら……」
突然現れた人間とアラクネに驚いている。その間にアラクネさんがベトベト玉を投げつけていた。
「うわっ! 何をするんだ!? あれ? 足が地面に……!」
「もうちょっと叫んで仲間を呼んでもらえると助かる」
アラクネの紐で手足を縛る。いくら力が強いウェアウルフでも手足が動かないと立っていることすらままならない。
「襲撃だぁ!!」
ウェアウルフが大声で叫んだ。
「その調子だ」
山小屋の中からリザードマンと大柄なウェアウルフが出てくる。すでに入り口にはアラクネの紐が仕掛けられていて2人とも転んでいた。
アラクネさんが縛り上げ、屋根から吊るしている。
「何をするんだ!?」
「くそっ! お前ら山賊か!?」
「ちょっとだけスライムに協力してくれ」
俺はスライムに山賊たちを襲わせる。スライムたちが大きな口と鼻を塞いだことを確認。ちゃんとウェアウルフに触れて死なないように気絶させた。
「俺たちは山の鍛冶屋だ! 武器を作っているだけさ!」
吊るされているリザードマンが説明した。
「作った武器はどこに売るんだ?」
「いや、あの……」
「正規では売れないだろ?」
「辺境の武器屋に持って行こうとしているんだけど……。近場の山賊に」
「その山賊はどこにいる?」
「それはその……」
「ちゃんと答えれば命までは取らない。見りゃわかると思うけど、死んだらスライムに食わせるから骨も残らないからな」
「わかった。言うよ!」
正直な山賊たちだった。強くなる方向を間違えたのだろう。
山賊は山の至る所にアジトを作っていて、それぞれが山賊を束ねる長になろうとしているらしい。辺境に行商人が物資を運び始めているので、山賊としては商売になると思って集まっているという。
「碌な者じゃないね」
「暇なのか?」
スライムたちを使って、吊るしていた二人も気絶させた。




