95話「浄化呪具で新たな商売」
不死者たちに血など流れていない。ただ魔力だけが狼からハイエルフへ流れていった。
「すまん。この剣は魔力を吸うんだ。お前がくれた魔力も吸われちまう」
ハイエルフの不死者は巨大狼の鼻先を撫でた。
巨大狼の目から光が消えていく。
「どこでこの剣を?」
ハイエルフの不死者はもう戦うつもりはないようだ。
「会社の倉庫の奥に『奈落の遺跡』があって、そこで……」
「あのダンジョンか。私とこの狼はそこで戦っていたはずなんだ。即席の仲間たちと共に入り、仲間たちはこいつに食われちまった」
ハイエルフの不死者は顔半分が崩れているが、もう半分で笑っていた。
「それでも俺は致命傷を与えて、戻ろうとしたときに別の冒険者に殺された。この剣の近くに袋が落ちてなかったか?」
「革袋があった。これ」
俺は革袋を取り出してみせた。
「いくらでも入る袋と言われてたけど、里の爺に騙されてな。袋に入れた物はこの倉庫に飛ばされるようになっていた。あのダンジョンに入ったどこかの誰かが、そこら辺に落ちてる死体をその袋に詰め込んだのさ」
革袋にそんな伸縮性があるようには見えないが、魔法の力だろうか。しかも、ここは倉庫だったのか。
「蘇った時には周りは、死霊術師に操られた死体だらけだった。いけ好かない二流の死霊術師で、俺とこいつは戦うふりをしながら首を刎ねた。もしかしたら上で動く死体をやっているかもしれない」
もしかして死霊術を勉強していた番人だろうか。
ハイエルフの不死者は、大きく息を吸った。肺が見えているので膨らむのがわかる。まだ時間があるらしい。
「剣を持ってきてくれたお礼にいいことを教えてやるよ。死んだら成長できないと思ってないか?」
「腐っていくだけじゃないのか?」
「筋肉の動きは悪くなるが骨の動きは冴えてくる。レベルは上がらないがスキルが成長するんだ。それが面白くて、こんな大きな狼とずっと戦っちまっていた。いつの間にか皆どこかにいなくなっちまったけどな」
「上にたくさんいたよ」
「襲ってきたか?」
俺たちは4人で大きく頷いた。
「なかなか上手に死ねないもんだな。墓は要らないから、この剣を時々使ってくれ。俺とこいつの魔力も入っている。その革袋は捨てた方がいい。ハイエルフの爺の言うことを聞くと碌なことにならない。偏屈な奴らばっかりなんだ。雇うなら一匹狼を雇った方がいいぞ」
「わかった」
「悪いな。随分荒れちまった」
「掃除をしておくよ」
「ああ、全部捨ててくれ。生きてる間は何かと重い。種族も呪いも。迷ったら捨てちまえ」
ハイエルフの不死者は、胸から魔剣を引き抜いた。
「ああ、面白かった……」
魔力がすべて魔剣に吸い取られ、ハイエルフの不死者と巨大狼は動かなくなった。
「浄化されたのかな?」
魔剣を持ってみると、特に魔力を吸い取られるような感覚はない。
「ああ、浄化呪具だ」
「それじゃ、また呪われないように掃除しますか」
「こんな山奥まで来て、掃除かい?」
「変な討伐だったな」
元冒険者夫婦は笑っている。こういう討伐は経験したことはないらしい。
「殺して皮を剥いだら魔物には用がないからね」
「不死者の魔物もだいたい燃やしていた。案外取り損なっている呪具もあったのかなぁ」
そう言いながらも掃除を手伝ってくれた。
ハイエルフと巨大狼がいた倉庫だけでなく、隠れ里全体を掃除していく。瓦礫が多くかなり時間はかかるが、また呪われると面倒なのできっちり掃除していく。
机に向かっている番人はそのままにして置いた。彼がいれば荒らされにくいだろう。
「この革袋、燃えないわ」
魔法使いの婆さんが、転移の革袋を魔法で燃やそうとしていたが、不燃ゴミらしい。
「そんな危ない物、そこら辺に捨てられないしなぁ」
「魔道具屋に持っていって壊してもらった方がいいかもしれないよ」
「そうします。なんか作るより捨てるのが大変ですね」
「思いが詰まっていると重くなるって言ってただろ? なかなか旦那を捨てられない理由さ」
「ワインと女房は古い方がいいってね」
ぐぅ。アラクネさんの腹が鳴って、恥ずかしそうにお腹を押さえていた。
「惚気より食い気だね。アラクネちゃんが正しいわ」
「飯にしよう」
昼飯のケバブのような肉野菜サンドを食べて、昼寝。
起きたら、アラクネさんたちのレベルが1ずつ上がっていた。
「レベルが上がるなんて久しぶりだよ!」
「俺たちは、ほとんど何もできなかったけどなぁ」
「珍しい魔物だったからかしら……」
「とりあえず瓦礫だけでも片付けちゃいましょう。あとやっぱり墓を作ってあげた方がいいと思うんです」
「だったら、一旦町まで戻ってギルドに報告してからにしよう。大勢でやった方が速いから」
「そうですね」
俺たちは一度辺境の町まで戻り、冒険者ギルドに報告。依頼を出して、人手を集めた。だいたい闘技場に出た者たちも昼は暇しているので、すぐに集まった。
大した報酬は出ないが、畑のマンドラゴラや死霊術師たちの杖があるのが決め手だったらしい。
「何でも持っていっていいのか?」
「ああ、私たちはすでに貰ってるからね」
「この年でレベルが上がるとは思わなかったよ」
「残党がいるかもしれないね」
夫婦が言うもんだから、引退したはずの冒険者も魔物も付いてきてしまった。人間と魔物の冒険者、総勢11人でハイエルフの隠れ里に再び戻った。とにかく瓦礫が多かったが、魔法使いも多かったので、風魔法で一か所に寄せてからどんどん運べる。人数は力だ。
夕方まで掃除して、死体は蘇らないように灰にしてから壺に入れて埋葬した。
ちゃんと巨大狼も隠れ里から運び出し、掘り返された畑に埋めた。
「番人がいても、また山賊に荒らされるよ」
「教会に知らせてやれば? 死霊術の塾でも開けばいいのさ。死霊術師なんて減ってきているんだからね」
「ああ、そうしよう」
熟練の冒険者たちが決めていってくれるので、俺たちは手を動かすだけでよかった。
日暮れ時に箒で掃いて、片づけは終了。冒険者たちも隠れ里に金目のものがあったようでよかった。『奈落の遺跡』から転移した武器や防具も瓦礫の下にあったらしい。
「浄化呪具なんてよくあったね!」
「ここに浄化しにきたんだよ」
「できるのかい!?」
吸血鬼の呪具屋も言っていたが、呪具を浄化すること自体、珍しいことだと驚いていた。
「その浄化呪具はどうするんだい?」
「アラクネ商会で貸し出しますよ。レンタル料はいただきますけどね」
「闘技場の冒険者たちで奪い合いになるなぁ」
「コタロー、また新しい商売を作ったんじゃない?」
「そこに需要があるからさ」
「他にも呪具があったね?」
「ええ、まだまだあります」
「乗り掛かった舟だ。私たちも協力するよ」
「呪具、浄化の旅かぁ」
「無理しなくていいんですよ」
「いや、レベルまで上げてもらったら、そうはいかないさ。冒険者に復帰する」
「うちのボスは決めたら、聞かないぞぉ」
押しかけるようにして臨時職員ができてしまった。
「スタートアップなんでそんなに報酬は払えませんよ」
「別にこっちはお金はあるんだ。冒険者としてやり残していたことを見つけたから協力するんだよ」
「ならいいですけど」
「それに、『奈落の遺跡』を探索しても食いっぱぐれないだろう?」
「ああ、そうだ。毛皮と魔石で結構入ったんじゃないかい?」
しっかりトゲトゲ狼のことを覚えていたようだ。
「それなりに入ってきましたね。倉庫業のはずなのに……」
「あ、酒樽届けないと!」
アラクネさんが山道を外れて駆け下りていった。
「忙しいね」
「人間と魔物が作ったアラクネ商会ですから。夜道は暗いので気をつけて帰ってきてください」
そう言って、俺もアラクネさんを追いかけた。
町に帰ると酒場の通りには明かりが灯っていた。




