94話「魔剣の持ち主」
崖をくりぬいた場所に建てただけあって、岩肌が剥き出しの天井や壁がところどころある。煤汚れや蜘蛛の巣も張っていてしばらく使われていない部屋がいくつもあった。
時々、僧侶服を着た骸骨が襲い掛かってくるが、剣士の爺さんが指示を出してくれる。
「できるだけ砕いて、回復薬をかけておいてくれ。死霊術でも直すのに時間がかかる。粉になった骨を畑に撒いてもいいんだけどな」
誰も倒せないとは思ってはいないようだ。実際、動きも遅いし、骨の動きも見えているので攻撃も当たりようがない。
「死霊術師は死んだら、強くなると思われていたんだけどね。生きている頃に、よほど強い者を見ない限り、再現度が低いんだ」
魔法使いの婆さんは、杖を持った骸骨を風の魔法でバラバラにしていた。前に倉庫で見たデミリッチだろうか。
「自分の弱くなった耐久性まで考えてないんだろうね。それでも時々仲間を殺して強くなる個体はいるのさ」
フードを被った骸骨剣士が現れたが、ナイフで一撃だった。
「まぁ、レベル50もあると関係ないね」
『地獄耳』と『魔力探知』のスキルさえあれば、不死者たちは発見できるし、来る方向さえわかっていればアラクネの紐を仕掛けられる場所はいくらでもある。
「後は下ですね」
「下に行けるのか?」
「ええ。家の下の方が広いです。しかも強いかもしれません」
「隠し階段を探さないとね……」
「ありましたよ」
倒れた箪笥を退かすと、階段が現れた。
「ここから先は骸骨が強いのか?」
「少なくとも、家にいた骸骨たちよりも魔力が大きいと思ってください」
「なるほどね」
『魔力探知』で大きさもわかる。地下に下りると、骸骨剣士のレベルが違った。
攻撃速度も違うし、スキルも使ってくる。倒しても、すぐに復活してしまうので、ナイフに回復薬をかけながら進むしかなかった。
「本当にこの先なの!?」
砕いた骨を燃やしながら魔法使いの婆さんが聞いてきた。
「ええ。『もの探し』スキルではこの先に持ち主がいます。それから、たぶん大きな魔物がこの先に……」
オオオーン!
唐突に狼の遠吠えが聞こえてきた。
倒れた骸骨たちが突如四足歩行になり、壁を走り始めた。
「別の魂を入れたのか?」
「死霊術を使う狼なんて聞いたことないよ!」
元冒険者夫婦は文句を言いながらも、襲い掛かる骸骨の頭部を破壊していた。
パパパン!
壁を走る骸骨を蜘蛛の巣玉ではりつけにして観察する。脛骨が太く変形し、犬歯も鋭くなっているくらい。足と手の指先に魔力が集中している。それで壁に張り付いているのか。股関節が変わっているわけではないので、できることはそれほど人間と変わらないだろう。
「これが呪い?」
アラクネさんは僧侶服の骸骨が落としたメイスで、骨を砕いていた。動きさえ止められればいい。
「違うんじゃないか?」
「獣臭いね。腐臭もする……」
「奥にボスがいるな。肌がひりつく感覚がある」
元冒険者夫婦は異様な何かがいることを感じ取っている。
「呪いがあると思いますか?」
「呪うつもりなら、この時点で呪われているだろ?」
「なるほど、今さら遅いですかね」
「別に私たちは死者を冒涜するために来たわけじゃないからね。呪物を返すためだろ? 理由がしっかりしていれば、それほど強力な呪いは罹らないものさ」
通路を抜けると大きな部屋があった。俺たちが入ると魔石ランプが灯り、部屋が明るくなった。
ハイエルフが隠れて教会を作っていたのだろうか。ベンチや講壇があった跡があるが、全て瓦礫になっている。
瓦礫の中心に大きな狼が座っていた。遠吠えの主だろう。背中には針のような毛。『奈落の遺跡』で見たトゲトゲ狼と同じ種類のようだが、身体が大きすぎる。身体はほとんど腐っているらしい。
もう一人、不意打ちを狙っている者がいる。扉のすぐ後ろから出て、壁に張り付いているらしい。動きも機敏だ。
「暗殺者がいますから、狼に気を取られないように……」
「どこだ?」
剣士の爺さんが上を見上げた時には、暗殺者が落ちてきていた。
咄嗟に爺さんを蹴り、暗殺者の不意打ちをナイフで受けた。
暗殺者の錆びた剣はあっさりナイフの刃を分断した。それでも半分になったナイフで暗殺者の覆面を切り裂く。
覆面の下から、ほとんど肉が削げ落ちたエルフの女性が現れた。ハイエルフだろうか。『もの探し』スキルの光は彼女に向かっている。
「正面から狼が来るよ!」
「目をつぶって!」
アラクネさんが閃光玉を投げつけた。
目がくらんでも突進してくる巨大狼を魔法使いの婆さんが火炎魔法で吹き飛ばす。
ボクンッ!
吹き飛んだ巨大狼をハイエルフの不死者が受け止めていた。
「二対四か」
剣士の爺さんが立ち上がった。
「少し話をさせてくれないか!?」
「私にはない」
「喋れるのか?」
「ネームドだ。自我が強すぎて、死んでも生きている時と同じように動き続ける。ハイエルフは長寿だからね。精神と肉体が一致していることが多いんだ」
魔法使いの婆さんが解説してくれる。
「戦う意思はない!」
「意思なき者が鍛錬の場に来るな。入ったからにはスキルの糧になってもらう!」
バウッ!
巨大狼の声が腹に響く。仲間を鼓舞し、相手を威圧するスキルだろうか。
ハイエルフの不死者のスピードが上がった。
「暗殺者はコタローに任せた。俺たちの目じゃ追いきれない!」
「私たちは狼をやるよ!」
元冒険者夫婦は判断が早い。
「了解。アラクネさん、落ちている武器に回復薬をかけて、隙を見て罠を!」
「わかった。とりあえず、これ!」
回復薬のかかったメイスで、俺はハイエルフの不死者と戦う。
空中歩行をしながら迫るハイエルフの不死者に向け、メイスを振る。
通り抜け様に斬りつけられた。鼻先三寸を剣が通り抜けていった。
「タァッ! タァッ!」
掛け声とタイミングがずらした攻撃が飛んでくる。俺は、ダンスの授業を思い出しながら攻撃を躱す。
パァンッ!
一度に3方向から斬撃が飛んでくるも、メイスで弾いた。スキルだろうか。
バクンッ!
後ろから迫ってきていた巨大狼に噛みつかれそうになったが、メイスを身代わりに横へ飛び退く。連携まであるのか。俺たちは即席のパーティーなので躱すしかなさそうだ。
相手が疲れるのを待つか。相手は不死者たちなので疲労があるのか怪しい。
「すまん! 体力が切れた」
「私も魔力切れが……」
元冒険者夫婦は老人だ。疲労はすぐに溜まる。
アラクネさんが仕掛けたアラクネの紐もあっさり千切られる。
万事休すか。戦闘不能が二人。俺たちには相手を圧倒できるような武器がなさすぎる……。
巨大狼とハイエルフの不死者の目が赤く光り出した。
ピンチを覚り、俺の頭が急速に回転し始めた。
「アラクネさん! ベトベト玉をありったけ投げて! ご夫婦は瓦礫に身を隠して!」
「了解!」
巨大狼とハイエルフの不死者が同時に向かってきた。
おそらくこれを俺が使うには時間制限がある。
やるなら一撃で仕留めていかないといけない。ハイエルフの不死者の弱点は人間と変わらない。狼も目と口だろう。
俺は持ってきた魔剣を抜いた。魔力が吸収される感覚がある。
おそらく切り付けられたほうにもこの感覚はあるはずだ。
不死者は筋肉じゃなく魔力で動いている。
アラクネさんが投げたベトベト玉が、一瞬だけ巨大狼の足を地面に捕らえた。その一瞬を見逃さずに、足の付け根に魔剣を振り下ろす。巨大狼の足に触れたら、内部の構造がよく見える。内臓はほとんど腐り落ちている。頭部に魔力が集中していた。
首筋に流れる魔力の流れを魔剣で精確に分断。
グアアッ!
落ち着く間もなくハイエルフの不死者が回り込んでくる。巨大狼を斬れば、俺に不意打ちを当てられたかもしれないのに。仲間を切り捨てられないのか。
死してなお人間味は捨てられないか。
「お返しするよ!」
魔力切れで俺は意識が飛びそうになりながら魔剣をハイエルフの不死者に投げつけた。
さくっ。
「自分の得物だろ!?」
「いや、あなたに返しに来たんだ」
投げたものは必ず当たる。ハイエルフの不死者の胸に魔剣がしっかり刺さっていた。
ズシュ。
ハイエルフの不死者は魔剣を自ら引き抜いた。
「確かに私のだ。でも、どうして……」
バクンッ!
巨大狼が首だけ動かしてハイエルフの不死者に噛みついた。




