93話「隠れ里の番人は苦学生」
『もの探し』で上がった持ち主への光を頼りに俺たちは山を登った。
ハイエルフは山の中に住んでいたらしい。俺もアラクネさんも道のない場所でも移動できるが、元冒険者夫婦の疲労を考えるとちゃんと山道を選んで進む。
「道があるってことは誰かが使っているってことだからね」
「ああ、そうか。人が使っていればわかりやすいということですね」
「そう。行商人が使っていれば、ある程度整備されているだろうし、山賊が使っていたらこんな感じで草が踏まれた跡がある」
「他にもその山賊が魔物や動物を使役していることもわかるだろ?」
「じゃあ、周りの森にカラスの糞が多いってことは?」
「狩人でもカラスを使役している者はいる。熊の内臓を枝に引っかけて、熊が来たら知らせてくれるようにするんだよ」
「なるほど」
やはり慣れている冒険者と仕事をすると得るものが多い。
「じゃあ、山賊ですか?」
「いや、ただの山籠もりしている狩人ってこともある。カラスが騒ぎ始めたら、森の中に散って様子を窺おう。罠の種類によっても向こうがどういうスキルを持っているのかわかるからね」
「ゴミ捨て場があると、楽なんだ。何を食べているかがわかると種族もわかるかもしれない」
「ちなみにハイエルフはベジタリアンって言われているけれど、単純に身体を動かすのに動物性たんぱく質が体質と合わないらしい。筋肉疲労やレベルが上がった時は肉を食べるみたいだよ」
「昔、ハイエルフの僧侶とパーティーを組んだことがあるんだけど、自分が摂取する食べ物には気を遣っていた」
「酒は滅多に飲まなかったね。長寿なのにレベルも上がりにくいから、強さについて悩むことも多いんだろうな」
そんな会話をしていたら、カラスが騒ぎ始めた。
すぐに森へ入り、罠を探す。毒矢の罠に落とし穴、トラバサミなんかも仕掛けてあった。解除して、なるべく見つけにくいように仕掛け直す。
「手際がいいな」
「魔物の国を旅している間、ずっと罠を仕掛けてましたから。あれ? カラスの鳴き声が……」
いつの間にか聞こえなくなっていた。
「ああ、夕飯にでもしようかと思ってね」
すでに火炎魔法で燃やして捌かれた後だった。
「それよりもハイエルフの里は見つかったかい?」
「そう言えば見てませんね」
「使役した烏が近くにいるし罠もあるんだから、見えないわけはないんだけどね」
「まじないですか?」
俺は目をつぶって音に集中した。
「この先に道が分岐していますが、曲がらずに直進すると崖があります。くり抜いた崖の中に魔力がいくつも動いていますね」
「それ動いているのが魔物かどうかわかるかい?」
「どうでしょう。大きな魔力が4つ。小さいのはたくさんいる感じですね」
「狩人ではないな。山賊でもそれほど大きい組織なら知られているはずだ。死霊術師かもしくは骸骨剣士じゃないか」
「全滅させていいなら崖ごと崩すか?」
「いや、呪われた物を返しに行くだけですから」
「あ、そうだったな。つい忘れてしまう」
「油断はしないで訪ねてみましょうか」
「じゃ、私は崖に張り付いているわ」
アラクネさんが崖の上の方で張り付き、魔法使いの婆さんが遠距離から狙いを定め、俺と剣士の爺さんで、行商人のふりをしながら隠れ里に向かった。
分岐点で曲がらずにまっすぐ草をかき分けていくと地面に杖が突き刺さっていた。杖を抜けば崖がはっきり見えた。崖の前には畑が広がっている。誰か住んでいるのかと思ったが、畑の作物はほとんど枯れているようだ。しかも育てていたのはマンドラゴラという植物の魔物だ。
「これは……、死霊術師も死んでるんじゃないですか?」
「ありうるな」
崖をくりぬいて家が数軒並んでいる。そのうちの一つから、僧侶服を着た骸骨が出てきた。
「お前たち、何をしに来た!?」
目玉がひとつない骸骨が叫んでいる。言葉は通じるのか。
「剣と袋を持ち主に返しに来たんですけど……。むしろ何をやってるんですか?」
「私はここで死霊術を学んでいるところだ。心配するな。教会の承認も貰っている」
「教会は魔物に死霊術の使用を認めるわけがないだろう!?」
剣士の爺さんは呆れていた。
「誰が、魔物だ! 見てみろ。これこの通り! 足が地面にくっついているではないか」
骸骨が足踏みをしている。
「いや、死んでるじゃないですか」
「私のどこが死んでいるというんだ!? 身体は自由に動き、今なお死霊術を学べているというのに。そうだ! ここ最近の研究で、この奥に新しい魔物も発見したのだぞ」
俺と剣士の爺さんは、自分が死んでいるとわからない者というのが実際にいるのだな、と理解。情報を喋らせるだけ喋らせてから、昇天させることにした。
「中にたくさん骸骨の群れがいるようですが……?」
「ああ、私が蘇らせた仲間たちだ。ここは昔ハイエルフの隠れ里だったらしくてな。死霊術の学徒たちがここに来て、道半ばで生涯を終えている。私は彼らの話をまとめているのさ」
「全員、教会の試験に受からなかったってことか?」
「いや、試験を通過し、僧侶たちを率いてここで研究していた本物の死霊術師様もいるさ」
つまり自分は違法な死霊術師だと白状している。
「だが、全員死んでいるのだろう?」
「ああ、皆、死の呪いをかけられたのだ。ただ、この隠れ里に入っただけだというのに。もしかしたらお前たちにはすでにかかっているかもしれんぞ」
カラスもいるし罠や畑があるところを見ると、過去に誰かが生活していたということだ。ということは、侵入しただけでは呪われない。ただ、中になにかの呪いが発動するスイッチがあるのかもしれない。
「つい先日も山賊たちがやってきて荒らしていたが、中に入って出てこなくなってしまった」
「先日っていつだ?」
「数か月前さ」
「山賊たちとは話をしたか?」
「ああ、死の呪いについて忠告し続けたのだが、僅かに残った酒のボトルを投げてきた。あれはお礼のつもりなのだろうか?」
「いや、ただ邪魔だっただけだろう」
「この剣と袋を奥に持って行くことはできますか?」
「私は入り口にある机から離れることができん。たぶん、そういう呪いをかけられたのだろう。すまんな」
特に害はないし忠告してくれるから、今まで侵入した者たちには放っておかれているのだろう。いや、もしかしたらこの隠れ里に誘い込むための番人になっているのか。
「危険の中に飛び込むしかなさそうだな」
俺たちは後方と崖上に隠れている仲間に合図を送った。すぐに魔法使いの婆さんとアラクネさんが集まってくる。
隠れ里の番人が話した内容をまとめて報告した。
「じゃあ、何度も侵入されているってことでしょ?」
「そうだね」
「ほとんど帰ってきていないらしいが、違法な死霊術師の言うことだ。本当かどうかはわからん」
「回復薬は持ってきた。骸骨くらいなら問題なく倒せるけど、死の呪いというのが厄介だね」
「罠ですか?」
「おそらく、そうだ。ハイエルフが作った呪いだったら結構厄介だよ」
「その呪いごと剣と革袋を浄化できるといいんですけど……」
「入るしかなさそうね」
「武器を持ってくればよかった」
「薪割りようの斧があったよ。これでどうだい?」
「十分です」
少し錆びた斧を手に、家の中に入っていく。
「お前たち、呪われるぞ!」
「別に悪いことをしているわけじゃない。アイテムを返すだけだ」
「ほら、鐘が鳴っている。勉強の時間だよ」
魔法使いの婆さんが鈴を鳴らすと、鐘の音が鳴った。そういう幻惑魔法か。
「しまった。試験に遅れてしまう!」
入口の番人は急いで中に入り、机に向かっていた。
俺たちはその脇を通り、隠れ里の中に侵入した。




