92話「持ち主はハイエルフ?」
倉庫に帰り、ツボッカと一緒に呪われたアイテムの鑑定をする。
「旦那、夜中だっていうのにまだ働くんですか?」
「静かで一番働けるだろ? それより、次のアイテムを鑑定してくれ」
ツボッカが鑑定している間に、俺は『もの探し』スキルを使って、誰のものか、その人物は近場にいるのか、調べていった。当たり前だが古い呪具なので関係者がものすごい遠い場合もあるし、子孫が沢山いるかもしれない。『もの探し』スキルでは見つけられないことの方が多いかと思ったが、そうでもなかった。
『奈落の遺跡』で死んだ者たちの関係者は意外に近場にいる上に、一人のようだ。後継者ということなのか。
「社長、この魔道具の袋ヤバいですよ」
ツボッカが革の丈夫そうな袋を見せてきた。表面には魔法陣が描かれているが、どこにでもあるような袋に見える。
「なにがヤバいんだ?」
「物を入れても取り出せません」
「どういうことだ?」
「そもそも魔力が高くないと使えないし、特定の者じゃなければ使えない代物ですが、そもそも物を入れておくための袋ではなく捨てる用なのかもしれません」
「冒険者だったら、そういうこともあるか」
その革袋に『もの探し』を放つと、光る紐が頭上まで上がり西へ向かった。
「あれ? さっきも似たような場所に光る紐が飛んでいく呪いの物があったような……」
仕分けしていた呪具に魔石ランプを近づける。関係者との距離別で分けているのも俺くらいなので、すぐに見つかる。
「魔力を吸われる剣……。同じ落とし穴に落ちてたものだな」
「これだけ錆びていて魔力も吸われるなんて、誰も砥がないでしょう」
「研いでいるうちに魔力切れを起こすか。でも効果はそれほど薄いんだろう?」
「運ぶ分には大丈夫ですけど、研ぐとなると刃に触れますよ」
刃にまじないがかかっていて、それが今は呪いに変わっているらしい。
「魔力の高い種族の物かな?」
「おそらくそうです」
「吸血鬼か、エルフか。まぁ、鍛冶屋に聞いてみるか」
翌朝、不思議な革袋と一緒に錆びた魔剣を持って、ドワーフの鍛冶屋に行った。
「エルフも吸血鬼も鍛冶仕事なんてしなくても生きていけるんだから、こういう物は作らないだろう。ただ、ドワーフも作らない。何人か作者がいるんじゃないか。研ぐなら、金貨1枚は貰うぞ」
「可能性があるのは人間ですか?」
「どうだろうな。ちょっともう少し見せてみろ。人間のまじないじゃないと思うんだが……。でも重さがな」
ドワーフの鍛冶屋は剣を持って重さを測っていた。
「錆びているのに軽すぎるな。ミスリルの合成金属かもしれん。だとしたら、なんで錆びてるんだ?」
「錆びる素材じゃないんですか?」
「そうだなぁ。銀を使っているだろうから、吸血鬼でもない。人間がそんな高度なことできるのか……」
口に出しながら、ドワーフの鍛冶屋は考えていた。
「一緒に、不思議な革袋もあったんですけど」
「同じ持ち主か?」
「ええ。入れたものを取り出せないっていう呪われた袋なんですけど……」
「それはハイエルフかもしれんな」
「ハイエルフなんているんですか?」
「昔からいるんだけど排他的な種族だ。あまり他種族を信用しない。ただ魔力はエルフよりもあって独自の技術体系を持っているって聞いたことがあるな。エルフに聞くしかないんじゃないか」
「そうですか」
結局エルフの薬屋へ向かった。
「ハイエルフだってぇ!?」
「知りませんか。ドワーフの鍛冶屋が言うには、この遺跡から発掘した剣と革袋はハイエルフの物じゃないかって」
「私に言われてもねぇ。でも、確かにハイエルフの隠れ里はそこかしこにあったはずだよ。古くはエルフの国を率いていた種族さ。内乱があって崩壊後、散り散りになってね。一時は魔物扱いだった。それが魔物との戦いで武功を上げて、亜人種として認められた。ただねぇ、今はだいぶ混血も進んでいて隠れ里を知る者もいない。もし見つけてもそれこそ遺跡になってるんじゃないかなぁ」
「つまり、この持ち主を辿れば、ハイエルフの遺跡を見つけられるかもしれないってことですか?」
「そうだね。でも、気を付けなよ。ハイエルフって種族は長寿で骨も丈夫だし魔力も多いからね。死霊術師のたまり場になっているかもしれない」
「死霊術師っていいんですか? あの、人間の国の法的に」
「ああ、遺産相続とか埋蔵金が見つかった時なんかには教会所属の奴らが出てくるけど、野良の死霊術はもちろん違法だよ。殺して構わないことになってる」
「なるほど、荒事になるかもしれないんですね」
「いいじゃないか。レベルを上げたんだろ?」
「レベル上げるとわかることがありますよ。低いレベルの者が高いレベルの者を倒すから、レベルが上がるんです。つまり高いレベルがあっても倒されるんですよ」
「追われる苦しみかい?」
「突き落とされる恐怖ですよ」
「異世界から来たっていうのに、あんたも大変だねぇ。ほら、これ特製ジュースだよ。臭いは酷いけど、元気は出るから」
「本当だ。すごい臭い」
ニンニクとウコンなどが入っていることはわかるが、効果は未知数。それでも飲んでみることにした。五感の中でも味覚はなかなか鍛えられない。
一気に飲み干して、俺は添えられていたライムを齧りついた。胃が熱く感じる。
「やるねぇ。しばらくは毒は効かないはずだから、今のうちに行っておいで」
「ありがとうございます! いってきます!」
明るく宣言したはいいものの、一人で行くのは心細い。冒険者ギルドにラミアたちがいないか見に行くと、普通にアラクネさんが昨日の毛皮代を受け取っていた。
「あれ? 昨日深夜までツボッカと鑑定してたんじゃないの?」
「してたけど、ちょっと呪具の持ち主を辿れるかもしれないから、いろいろと聞き込みをしていたところ。ちょっとハイエルフの遺跡調査に行こうと思うんだけど行く?」
「行くよ。ちょっと待ってて」
アラクネさんは受け取った報酬で、回復薬や包帯を買っていた。
「武器も必要かな?」
「最低限は持って行くけど、持ち主に呪具を返しに行くだけだから」
「そうか。あ、おはようございます」
元冒険者の夫婦が二階の宿から下りてきた。
「おはよう。ちょうど倉庫に行こうと思ってたんだけど、お出かけかい?」
「ええ。ハイエルフの遺跡に」
「おっ、なんだ? 見つけたのか?」
「いや、昨日『奈落の遺跡』見つけた呪具を返しに行こうと思って。ドワーフの鍛冶屋に聞くと、どうやらハイエルフの持ち物だったみたいなんですよ」
「そうなのか。じゃあ、私たちも行くよ」
「一緒に見つけたからな」
2人とも準備は万端のようだ。
「できたら浄化呪具にしたいんですけど……」
「おう、わかってるよ。その方が売りやすいし、価格も3倍近く違うだろう?」
知らなかった。今度から『奈落の遺跡』で見つけた呪具はなるべく浄化していこう。
「ハイエルフの遺跡なら、死霊術師がいるかもしれないね」
魔法使いの婆さんも知っているのか。
「もしいるなら俺たちに任せてくれるか」
「ええ、お願いしたいくらいです」
「死霊術師と戦うのは得意なんですか?」
アラクネさんが聞いていた。
「そうだね。不死者は筋肉じゃなくて魔力で動いていると思えば、それほど強くはない。耳栓だけ買っておきな。霊唱だけはなかなか防げないから」
「場所はわかるのかい?」
「ええ。俺が持っている『もの探し』スキルで」
「なるほど、そういう使い方もあるのか」
「一応、ギルドに報告しておきなよ」
「わかりました」
俺たちは4人でハイエルフの遺跡調査へ向かった。慣れている元冒険者夫婦がいるので安心だ。




