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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
倉庫業と遺跡発掘業

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91話「吸血鬼の呪具屋」


「昨日の毛皮もかなり状態がいいので助かります」

 冒険者ギルドの職員は、トゲトゲ狼の毛皮と魔石を受け取っていた。

「名称についてはナラクトゲトゲオオカミが採用されましたので記入をお願いします」

 発見者として登録を行い、鑑定してもらってから報酬を受け取る。仮報酬として銀貨20枚を渡された。


 元冒険者夫婦には銀貨5枚ずつ渡しておく。皮を剥ぐ作業や下処理がめちゃくちゃ上手かった。品質が保てたのは彼らのお陰なので、本当はもっと貰っていいはずなのに、なかなか受け取ろうとしない。


「いいんだよ。私たちは運んだだけなんだから」

「会社の経営も厳しいだろう?」

「いや、ちゃんと働いてくれた報酬を出さないと、それこそ倉庫の運営に関わりますので。要らなければ、なにかを倉庫に預けてください」

「金を回すか」

「あの置いてあるアイテムや装備品はどうするの?」

 

 遺跡から採集したアイテムや装備品は呪われているものが多く、今は奥の部屋に保管してある。スキルを持つツボッカに鑑定してもらうつもりだ。


「鑑定して使えるものは使っていきますけど、呪具屋みたいな店ってないんですかね?」

「ああ、吸血鬼の店を探してみるといい」

「あるんですか?」

「夜の間だけ屋台を出している店があるって噂だけど、どうかな?」

「人間の女の子を攫ってきたっていう噂もあるし、そもそも夜間は奴隷商なんかが商品を運んでくるからね。酒場通り以外は何をしていても気づかないことが多いよ」

「これから闘技場ができるから、ちょっと人の流れも変わるだろうけど……」

「我々も審判で雇われているからさ」

「そろそろ集合住宅ができてくれると助かるんだけどね」

 引退した者たちは大きな屋敷を作っていて、皆で住むらしい。終の棲家と言っているが、実際どうなるか。それも含めて楽しんでいる。夜の仕事が始まっても倉庫には行くよと言ってくれたが、無理はしないでほしい。

 お礼を言って二人とは別れた。


 ちょうど訓練をしていたツボッカとターウが汗を拭きながら訓練場から出てきた。


「あれ? アラクネさんと社長」

「先に帰って飯食べてな。これで、なんか買っといて」

 2人に銀貨3枚渡して夕飯を頼む。ツボッカもちゃんと食べるので、徐々に表面の艶が出てきていた。


 俺はアラクネさんと二人で広場へ市場調査に向かう。


「町に吸血鬼の流れが来てるのかな?」

「教会についても聞くよ」

 歩きながら、最近耳にする話題を共有しておく。流行というくらいだから流れの行く方向を予測すると商売が見つかる可能性は高い。

 アラクネさんとは最近こんな話ばかりしている。


「あの呪われたハンマーは強かったなぁ」

「魔法陣とか描いてあると、使っている者の魔力をずっと吸収しているから思いまで吸収してるのよね。強い思いに引っ張られると武器が呪われていっちゃうのよ」

「そういうことなんだ」

「魔力が少ない者にとっては、影響を受けるから気をつけて使わないとね」

「確かに。レベルが上がったとはいえ、俺は魔力が少ないからな」

「使い過ぎるとそれだけ影響されるから、精神を取り戻すようなルーティンがあるといいのよ。たぶん、それが人間にとっては教会に行くことだったり、祈りのポーズだったりするのよ」

「習慣づけか。それは正しいかもしれないね」


 聖水は浄化された水を自分の体の中に入れることで、呪いを払しょくできると思い込むことが重要なのか。実際、人間は水分量の割合が多い。

 戦闘中は思いがどうとか考えていないが、呪いに蝕まれるってこともあるよな。


「お酒じゃ無理かな?」

「酩酊すると、気持ちを吹っ切るのは簡単だけど残っちゃうんじゃない?」

「それはあるね」

「吸血鬼は血の種族ってイメージが強いんだけど、呪われて不死者の仲間と思われるくらい長寿でしょ。呪いについては研究の蓄積がすごいんだよ」

「なるほど。付呪や呪具は吸血鬼に聞け、か」


 日が落ちて、他人や魔物の流れが酒場の通りに向かうと、広場の屋台が閉まっていく。俺たちは残り物の料理を買って、ミノタウロスのおじさんやエルフのアクセサリーショップの片づけを手伝った。


「なんだぁ? アラクネ商会、暇なのか?」

 ミノタウロスのおじさんは手拭いで汗を拭いていた。

「暇じゃないですよ。闘技場ができるみたいだし、夜の広場はまた別の屋台が出てるって聞いてきたんです」

「そうなのか? まぁ、碌なものは売ってないぞ」

「何を売ってるんです?」

「他の地域で売れなかった品物さ。毒や呪具はもちろん奴隷なんかもな。ケガや病気を持ってる者もいるらしいから、気をつけろ」


 どこでも売れなかった品物が集まってくるのか。


「辺境らしいね」


 広場から離れたところで、残り物を全部挟んだサンドイッチを食べ、フルーツジュースで流し込んでいると、続々と屋台がやってきて店員が広場の掃除を始めていた。掃除が終わったら、店を開店している。


「いつの間にか、こんなことになってたんだね」

「私も初めて知った。たぶん、これも広場の有効活用として新しい制度だと思うよ」

「あ、あれ。吸血鬼の呪具屋じゃない?」

「そうかも」


 早速、吸血鬼らしき細身白肌の男が、アクセサリーを並べ始めた。服やハンカチなどもあるが、指輪や腕輪、ネックレスなんかがメインで売っている。


「こんばんは」

「こんばんは。いらっしゃいませ」

 ゆっくりとしたバリトンボイスで、余裕がある。耳心地がよくはっきり聞こえる。

「人間と魔物のカップルですかな?」

「ええ。アラクネ商会と申します」

「アラクネ商会。よく聞く名だ」

「そうですか?」

「ええ。我々がこうして夜商売ができているのも、中央で店舗の時間貸しをしていたミノタウロスの娘がいたからなのだとか。その時間貸しを作ったのがアラクネ商会の誰かと聞いているけれど、違いましたか?」

「ああっ! ミノッちゃんの店を真似て広場を時間別で分けたんですか?」

「ミノッちゃんという者は知らないが、中央でその商売を見た魔物が商人ギルドに提案して、すぐ採用されたのだ。今日で3日、いや4日目になるかな?」


 システムに特許はないし、重さもないから広がるのも早いな。


「自分たちでも屋台を出したいと考えておられるのか?」

「そういうんじゃなくて、うちの会社の倉庫奥に『奈落の遺跡』が見つかりまして……」

「なんと!」


 俺とアラクネさんは簡単に自分たちの会社について教え、吸血鬼の呪具屋じゃないかと思って話しかけたことを言ってみた。


「いかにも。私は吸血鬼だし、看板娘も吸血鬼だよ」

 吸血鬼が振り向くと木箱を持ってスキップしている可愛い娘がこちらに近づいてきた。木箱の中身は呪具ではないのか。そんなに雑に扱っていいのか。年齢は幾つなのか。いろんな疑問が湧いてきた。


「驚かせたかな。ああやって呪具を混ぜないとすぐに呪いが結びついて、異様な能力を持ってしまうから、仕方がないのだ」

「なるほど」

「誰だ? お客か? いらっしゃいませぇ! ようこそ吸血鬼の呪具屋へ。看板娘のユアンです」

「あ、どうもアラクネ商会です」

「アラクネ商会? あ、ありがとね。ガマの幻覚剤を卸している会社でしょ。うちの師匠、呪いを扱い過ぎて時々、眠ったまま起きない時があるんだけど、あの幻覚剤があるって言うからやる気になったんだよ」

「やる気なかったんですか?」

「なかったなぁ。人間の国を旅していたんだけど、疲れてしまってね」

「魔物に厳しい奥地まで行くから、武闘派の僧侶に追いかけられてたのよ。それで沼地の方に引っ込んでたんだけど、50年老けない二人がいるって噂が立つとさすがにバレるでしょ」


 この二人は少なくとも50年以上生きているのか。


「それで逃げている最中にガマの幻覚剤の噂を聞いて、辺境に来てみればちゃんと正規に売ってるじゃないか。しかも人間と魔物の町だろう? ようやく自分の棲み処を見つけた気分だよ」

 目を見開き、ちょっと長い犬歯を見せて笑っている。人間が見るとちょっと怖いかもしれないが、俺もアラクネさんも気にしていない。

「師匠、興奮してますよ!」

「すまない。脅すようなつもりはないのだ」

「大丈夫です。俺は最近まで魔物の国を旅してたんで。それより呪具の話なんですけど……」

「ああ、そうだな。『奈落の遺跡』に入ったのか?」

「ええ、そこで呪われたアイテムをいくつか見つけましてね」

「ちょっと待て。魔王法典があるのに入ったのか?」

「大丈夫です。このコタローという人間はレベル52なので」

 アラクネさんが説明してくれた。

「ええっ!」

「なんと! 人は見かけによらないものだな」

 ユアンも呪具屋の師匠も目を丸くしている。


「闘技場には出るのか?」

 ユアンは闘技場に興味があるらしい。

「出ないです。話を続けていいですか?」

「すまない。何の話だったかな」

「遺跡で見つけた呪われたアイテムです」

「そうだったな。それで?」

「売れるルートってあるんですか?」

「ああ、うん。こうやって屋台で売っているが、そうではなくて?」

「誰がどこで使うのか? 販路はあるのか、気になって……」

「人間の国で言えば、王都でも売れるし、教会の本部がある町でも売れる。ほとんど闇市だけどね。権力が集中している場所では呪具は売れるものさ」

「やっぱりかぁ……」


 自分たちが発掘した呪具が権力闘争に使われるのは、好ましくない。呪いを売るなら呪われる覚悟も必要だ。


「魔物の国で言えば、火山地帯の闘竜門とかダンジョンがある町なら売れるよ」

 ユアンは明るくそう言って続けた。

「力を求める者がいるなら売れるわ。もちろん扱いは難しいけど、町に優秀なまじない屋がいれば別なんじゃない?」

「そうなのだが……、アラクネ商会さんは『奈落の遺跡』があるのだから自前のダンジョンを持っているような状態だろう。だとすれば、この辺境の町を遺跡の町にしてしまえばいい。そういうことでは?」

 ダンジョンがある町を探して売りに行くよりも、この町自体を変えればいい。新しい町なのだから、新しい産業は喜ばれるだろう。


「そうですね」

「つまり、優秀なまじない師の誘致をすればいいのだと思う」

「やっぱりまじない師を呼ぶしかないのか」

「いや、それしかないわけではない。一番可能性があるというだけで……。あ、いや、止そう。可能性は低い」

「なんです?」


 言いかけた案が聞きたい。他に方法がるのなら、そちらの方が他のダンジョン町と差別化もできる。


「呪具には、浄化呪具というものがある。反転呪具という言い方もあれば、昇天呪具などと言われるものもある」

「なんですか、それは?」

「呪った者の魂を昇天させて、呪具の能力をそのまま、もしくは伸ばした呪具がある。そのためには呪いの思いをくみ取り、現世で関わりのある者を探さねばならん。まぁ、古い解呪の仕方だが、古ければ古いほど関係者は増えるし、その中から適任を見つけるなど無理な話さ。それよりも素直に解呪する方がいいだろう」

「でも、それだと呪いの能力は消えてしまうんじゃ?」

 アラクネさんが吸血鬼の師匠に聞いていた。

「本来はその方がいい」

「……できるかもなぁ」


 俺は『もの探し』というスキルの可能性を考えていた。


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