90話「呪われた武器」
一人じゃ無理なことでも、二人だと出来ることは多い。
俺とアラクネさんは、倉庫奥のポイズンスパイダーが住んでいた部屋にベッドを運び込んで、蜘蛛の巣玉やベトベト玉などを作っていた。アラクネの糸を撚って紐にしていく。
「やっていることが変わらないね」
「そう。でも基本が大事だからさ。瞬間的に罠を張れたり、野生種を拘束したりできるってすごいことなんだよ」
ターウとツボッカは今日も冒険者ギルドで戦闘訓練をしている。ツボッカが火の魔法を覚えようとしているらしい。
元冒険者と魔物たちは冒険者ギルドで『奈落の遺跡』から持ち帰った狼の頭と毛皮を解析している。ムカデの体液が酸っぱいことから酢やレモン汁が苦手なんじゃないか、とか煙玉を試してみてくれなどの要望があった。
要望があっても、今のところ『奈落の遺跡』に入れるレベルに達しているのは、辺境で俺しかいない。遺跡の先遣隊が俺だけというのは困る。せめて、もう少し欲しい。いざとなれば中央のリオとロサリオを呼ぶか。
一人で遺跡に入って思ったが、リオの剣術とロサリオの音への感度やスピードは、本当に安心感がある。
「やっぱりレベル50って魔王が設定したのは正しかったのかな? 温泉のお爺さんやお婆さんたちでは無理だと思った?」
「誰でも入れるけど、帰ってこられるかどうかだね。『魔力探知』とか感覚が上がってなかったら死んでいたと思うし、状況判断が間違ってたら、階段を駆けあがることもできずに死んでいたかもしれない。どうにか効率的にレベルを上げる方法ないかなぁ……。闘技場でもあれば」
「今、冒険者ギルドが作っているらしいよ。夜中に訓練場を解放して闘技場にしてるって」
「そうなんだ。その方がいいよ。全体の戦闘知能が上がるから」
「戦闘知能ってあるの?」
「世の中には初見殺しみたいなスキルが沢山あるから、知ってるだけでも動き方が変わってくるからね」
リーンッ!
入口に置いてある呼び鈴が鳴った。倉庫にいる間は、扉を解放している。
「お客さん?」
「たぶん」
通路に仕掛けた罠を避けながら、表に出てみると、ドワーフの鍛冶屋が立っていた。
「おはようございます」
「おはよう。ちょっと妙な品物を買い取ってしまってな」
「なんです?」
「一見優秀な魔道具だが、呪具呪物の類だな」
ドワーフの鍛冶屋は大きなハンマーを取り出した。魔法陣が描かれていて、通常の鉄のハンマーより威力も高いそうだ。
「どこから手に入れたんです?」
「吸血鬼が没落貴族から治療費の報酬として受け取ったらしい。魔法陣も描かれているし鑑定したら威力も高かったからって」
「貴族って人間の国のですか?」
「そうだ。吸血鬼たちも辺境へ逃げて来てる。貴族の領地運営が上手くいかないから、まともな僧侶を呼べずに吸血鬼が呼ばれているのに、吸血鬼が領地を没落させたと思っている領民が多くなってきたそうだ」
「いろいろ大変ですね」
「ああ、辺境はガマの幻覚剤も売ってるし温泉もあるから長期滞在したいと考えてる吸血鬼もいるぞ」
「ということは、アラクネ商会が呼び込んでるってことですかね?」
ガマの幻覚剤も取り扱ってるし、温泉は副業だ。
「その通りだ」
「それで、そのハンマーは何が呪われているんです?」
「攻撃が当たらない」
「当たらない?」
「振りかぶると目が見えなくなる。視野が一気に狭まるんだ」
「へぇ~。周りに影響したりします?」
「わからんが、倉庫に保管しておいてくれないか。高値で買ったはいいが、こんなもの売れないよ。時間ある時に叩き直して魔法陣を外すからさ」
「構いませんが、これって視覚が使えなくなるだけですか?」
「そうだが……」
「俺が使ってみてもいいですかね?」
「そりゃ構わないが、死ぬなよ」
「ええ、たぶん大丈夫です」
保管料も貰わずに俺は呪われたハンマーを受け取った。これで戦術を組み直せる。最低限のアイテムでは生き残るので精いっぱいだ。
成果が出たら鍛冶屋にレンタル料を払おう。
「呪われたものでも使ってくれるなら買った意味はあるんだけどな」
「どうかしたんですか?」
「教会からメイスを頼まれて作ったんだよ。新しい僧侶が来るからって」
「武闘派の僧侶ですね」
「ああ、そう思ったんだけど、全然使ってないみたいなんだ。訓練しているとは言ってるけど見た奴はいない。まぁ、こんな人間と魔物が共存しているような辺境に来る僧侶だから問題があるんだろうな。魔物と揉めてる僧侶も多い。食べ物が違うんだから、考えも違うんだけど、どうも教義と違うことが起こり過ぎているらしい」
「教会も大変なんですね」
「ああ、だからもし森の方に逃げてる人間がいたら脱走した僧侶かもしれん。適当に教会へ戻してやってくれ」
「わかりました」
俺はドワーフの鍛冶屋を見送った。
確かに、魔物が森にいても驚かないが人間がいたら、ちょっと怖いと思う。いつの間にか完全に魔物側にいるようだ。
そこの隣に住んでいるブラウニーたちにも言っておいた。
「脱走僧侶って怖いね」
「暗闇の中で僧侶が走ってきたら、木槌で叩いちゃうかもな」
「辺境では一番危ないかもしれないな」
魔物たちとの方が気持ちがわかるようになってしまっている。思えば人間の知り合いが少ない。
ちょうど元冒険者の夫婦がやってきた。
「今日は闘技場開く準備をするから皆、来ないよ。出ない私たちは来たけど」
「ああ、聞きました。夜中に開くんですか?」
「昼間だと動きが鈍る魔物もいるからさ。言い訳できないようにね」
「へぇ。いろんなルールが出来上がっていくんですね」
「新しい町はこういうところが面白い。今日はどうするんだ? 体を休めるのか?」
「いえ。ドワーフの鍛冶屋から、呪われたハンマーを預かったんで、これを使っていきます」
「呪具を使えるのかい?」
「いや、使用者の視覚を奪うだけで、威力はあるし、いけるんじゃないかと」
「視覚奪われたら結構ヤバいと思うけどな」
「とりあえず試してみます」
倉庫の中に入って、アラクネさんにも事情を説明。呪われたハンマーと聞いて引いていた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うんだけど。なんだったら階段の上で待ってる?」
「そうするわ。今日は夕方までに町の酒場にお酒の配達があるからね」
「そうか。時間が立ったら声をかけて。できるだけトゲトゲ狼を狩ってみるから」
毛が棘のようになっているから勝手に名付けた。
準備をして、呪われたハンマーを手に『奈落の遺跡』へ向かう。
「鈴が鳴ったら行くからね」
「よろしくお願いします」
元冒険者の救護班がいるだけで安心感が違う。
階段を下りながら『忍び足』のスキルを使った。どうせ遺跡が暗いなら、なるべく視覚を使わないようにする。
ズゴンッ。
やはり呪われたハンマーの威力は高い。ムカデも一撃で身体を粉砕している。
細い通路にアラクネの紐を仕掛け、呼び出しの鈴を固定。さらに焚火を焚いて、歩くウツボカズラの粘液を燃やし煙を奥へと漂わせる。薄いが魔物寄せの効果があるので、鼻の利く狼なら来るだろう。
グルルルルル……。
案の定、トゲトゲ狼が通路にやってきた。昨日、やられた仲間もいるのですぐには近づいて来ないが、ゆっくりと距離を詰めてくる。
俺は目をつぶってハンマーを振り上げ音が鳴るのを待った。通路が細いので、多少ズレてもハンマーは当たるだろう。トゲトゲ狼の魔力もはっきり見えている。
リリン。
鈴の音が鳴った。
次の瞬間にはハンマーを振り下ろしていた。
ズゴンッ!
トゲトゲ狼の頭が大きく凹んでいた。これで死んでなかったら困る。ピッケルで引っ掻けてムカデがいた部屋に放り投げた。
仲間がやられたからか次々と群れが通路に駆け込んできる。
俺は鈴の音を頼りにハンマーを振り上げて下ろすだけ。
戦術が決まり、トゲトゲ狼の行動を制限できたら作業へ変わる。結果、16頭のトゲトゲ狼を討伐し、それ以降はこちらに向かってこなかった。ボスは奥で待ち受けているが、今日は奥まで行かない。
階段の方へ戻ると、元冒険者の老夫婦がトゲトゲ狼の死体をアラクネの紐で縛り上げていた。
「おつかれさん」
「鈴が鳴ったから来たんだけど……」
「すみません。音を頼りに討伐できるか試してたんです」
「成功のようだな」
「ルーキー以来よ。荷運びなんてやるなんて」
「すみません」
俺は死体を3頭担いで階段を登った。
「呪具なのに使えるのね」
アラクネさんは血まみれになったハンマーを見ていた。
「そうだね。呪いも残るようなこともなさそうだよ、まだ配達まで時間ある?」
「あるけど……」
「せっかくだから、ちゃんと遺跡の探索をしよう。古代のアイテムが落ちているかもしれないから」
「魔物はいいの?」
「群れが崩壊したから、今日は大丈夫だと思う。お二人も一緒にいいですか?」
「もちろんだ」
俺たちはボス部屋を避けながら、一階層を探索した。骨はほとんど食べられて残ってないが、かつての冒険者たちや魔物が落としたアイテムもあるし装備品なども多い。できるだけ回収して、倉庫へ戻った。




