9話「企画を提出するヒモ男」
この辺境の町では、古くから住んでいる亜人、つまりドワーフやエルフもいれば、新しく入植してきた獣人や魔物・魔族の一家も暮らしている。皆、それぞれの種族で固まって生活して、距離を取りつつ付き合い方を模索していた。
元々、ドワーフとエルフは仲が悪い種族として有名だったが、そんな種族意識はバカバカしいと思ったはぐれ者たちが作った町だ。他のはぐれ者たちも集まってきてしまうため、町を作った当初は何かと争いがあったらしい。
「そこで俺の祖先が町の真ん中に噴水を作ったんだ。エルフと一緒にな」
ドワーフの鍛冶屋は深煎りの渋いお茶を飲みながら、頷いていた。
仕事の納品が終わって、少し身体が空くから、俺たちが見つけた温泉に連れて行ってくれと言って、一緒に温泉に入っているところだ。
「それでどうなったんです?」
噴水を作ったところで、争いが収まるわけでもない。
「噴水の周りに広場が出来て、屋台がやってきた。つまり仕事と金がやってきたんだ。種族に関係なく、仕事ができる奴を邪魔したら金が入ってこないことくらい、皆知っている。金に種族の貴賤はないからな」
お金は人と人を繋ぐツールと考えるのか。
「種族間対立をするよりも、種族間協力をした方が儲かることがわかると、自然と対立なんてなくなるさ。ただ、祖先は相当文句を言い残していたけどな。エルフのプライドは品性が下劣だとか、修理への対価を甘く見過ぎているとか、労働や技術がわかっていないらしい。そこら辺に目をつぶれば、商売のパートナーとしてはやっていけるってよ」
やはりドワーフとエルフの関係は根深い。
「今は仕事がなくて、お金もないと?」
「そうだな。冒険者や傭兵があぶれてる。近場の山賊や野盗もいなくなっちまって、隣の領地まで出稼ぎに行ってる奴らもいるらしい。もっと人も魔物も稼げる仕事があればな」
仕事がないというが、俺もアラクネさんもどうにかお金は稼げている。探せばあるが、そこに気づいていないか、焦り過ぎているか。
この町の強みはなんだろう。山賊と野党が周りにいないこと。つまり安全性が高いということだ。
特産としては、今俺たちが入っている温泉もある。
むしろ逆になぜこれで商人が来ないのか。
「この町って他のところよりも税金が高いんですか?」
「いや、そんなはずはない。むしろ魔物が来て初めの数年は税がかからないはずだ。なんだ? なにか思いついたか?」
「ほぼすべて揃っているのに、住人が増えてないとすれば、イメージ戦略の問題ですよ」
「町のイメージが悪いのか?」
「はい。町としての武器が武器として伝わっていないんだと思います。この町が安全である理由に納得感がないのでしょう。これほど暴力が働いていない町もないと思いますけどね」
「そう言われるとそうだな……」
安全性の高さにどれだけの説得力を持たせられるか。
エルフの薬屋にも言われているが、どうやって人と魔物を繋ぐか。
辺境の強みを、どう都会に伝えるか。
町長でもないのに、俺は町の強みを考え始めていた。
温泉から上がり、ドワーフの鍛冶屋を送り、森の中の家へと帰る。アラクネさんにはパイプ設置工事と鍛冶屋への労いをしていることは伝えてあった。
「あら? おかえり。町でお酒でも飲んでくるんじゃなかったの?」
「うん、ただいま。この前、エルフの薬屋さんに言われたことと似たようなことをドワーフの鍛冶屋さんからも言われたよ」
「人と魔物を繋げって?」
「そう。俺たちは上手くやっているけど、皆が皆、上手くいくわけじゃないからね」
「そうね。夕飯の煮物が余ってるけど食べる?」
アラクネさんは、料理を作っていたらしい。
「頂きます!」
「エルフの料理を教わったの。シンプルだけど味がしっかりついているから、面白いわ」
肉じゃがのような煮物だった。肉は猪肉で、ダイコンやニンジンなども入っている。
見た目はシンプルだが、ハーブも入っていて香りも味もしっかりしていた。
「美味しい!」
「お互いを知ることから始めないとって、エルフの薬屋さんが時々魔物たちを集めて料理教室を開いてくれることになったの」
他人にアドバイスできる人は、すでにやっている。
お互いを知る場所であること。情報の交換。種族による知見。すべてこの町の強みだ。
「アラクネさんは、魔物の大発生を予見できる?」
「それは無理ね」
「蜘蛛の魔物だったら?」
「ああ、それはできるかもしれない。たぶん、どの種族もそうだと思うけど、自分の種族についてはわかると思うよ」
「それってどうやってわかるの?」
「天気とか周りの地形とか、食べ物があるかどうかは特にわかりやすいわね。例えば筍がたくさんないと猪って増えないでしょ。それに似てるわ」
「それっていろんな種族の情報をまとめて大発生を予測したことってないの?」
「ないんじゃないかな? よっぽど昔、魔王が魔物たちを束ねていた頃ならわからないけれど、魔王がいなくなってから種族もバラバラだからね」
つまり何百年も情報がまとめられたことはないということだ。こんなの強みでしかない。
「町の冒険者ギルドなら、情報をまとめて発信できるよね」
「そうだけど、なんの得にもならないし、誰もやりたがらないんじゃないかな?」
「未来の損が減るって、結構なことなんだよ」
「え? そうなの?」
「それだけ町が安全に保たれてるってことだからね。資産を置いておくにはいい場所になるんだ」
「資産って例えば金の延べ棒とか?」
「いや、屋敷とか別荘とかさ。山賊や野盗がいないってことは、金持ちにとっては別荘を建てる候補地になるんだ。温泉もあるし、あとは景観を整えれば、この森も一気に開拓されちゃうかもね」
「すごい。お金も仕事もたくさん集まるってことね。何で今まで誰もやってこなかったんだろう」
「お金にならないって思っているからさ。得にならないことをやるのは無駄なことだと思ってる」
先ほど、アラクネさんが言ったことだ。
「でも温泉施設をちゃんと作るには木材が必要だし、屋敷を建てるのにも大量の木材が必要だよね。一緒に持ってきた木材を買えば、こちらも安く手に入る。これって得なことだよね?」
「本当だ。安全って、お金を稼ぐ起点になるのね」
「そして、町の安全は衛兵が守り、冒険者ギルドで売っている」
「冒険者ギルドにとっても利益になるってことね? じゃあ、すぐに話を持って行きましょう」
「明日までに企画書を書いておくよ」
俺は煮物を食べてから、机に向かい、企画書を書いた。
いつの間にかペンも紙も用意してあった。いつか必要になるかもしれないと雑貨屋で買っていたものだ。薬草を育てる時に、メモ書きぐらいはしていたけど、ちゃんとしたものを書くのは初めて。
すごくシンプルな企画なので、問題点があればやっていくうちに浮かび上がってくるだろう。
翌朝、アラクネさんと一緒に企画書を持って冒険者ギルドに向かい、企画について説明。職員にはよくわからないということで、ギルド長にもう一度説明した。
「なるほど。衛兵は実害がないと動けないことが多いが、冒険者なら依頼さえあれば調査だけでも自由に動けるから、企画としては面白い。ただ、予算をどう結び付けるかだな」
権力のある者ほど、目先の金に目がくらむか。
「不動産業にとっても稼ぎ時になるはずですよ。直接影響の出る銀行は特に話を聞いてくれると思いますし。金貨だけが安全資産ではないと知っている業界に売り込むといいと思います」
「そ、そうか。わかった。すぐに魔物の冒険者を集めてみよう」
ギルド長は単純だった。
前の世界では、起きることを予測して資産を動かすことが当たり前だったが、こちらの世界では一般的ではないのかもしれない。
冒険者ギルドでの企画説明を終えて、銀行へ向かった。最近、ドワーフの鍛冶屋から金庫を買ったところだ。
「こんにちは。安全資産に関する企画を考えてきたのですが、どなたか話を聞いてもらえませんか?」
「どのような内容になりますか?」
受付の獣人娘が聞いてきた。
「魔物の大発生を予見して、起こる前に潰そうと思いまして。すでに冒険者ギルドは動き始めているのですが、出資をお願いしたいのです。こちら企画書になります」
「はぁ……、なるほど……。上の者にちょっと伺ってまいりますので、お待ちいただけますか?」
「ええ、もちろんです。返事は後日でも構いません。ただいま実績を作っているところなので、もしよい返事が頂けるのなら、アラクネ商会までお願いいたします」
銀行を出て、アラクネさんと一緒に屋台で串焼きと肉詰めのパンを買い、広場で食べた。
「どれくらい上手くいくのかな?」
肉詰めのパンを頬張りながらアラクネさんが聞いてきた。
「種族間の対立がなくなるのが目的だからね。それほどお金にならなくても構わない。一体感が出れば、町にとってはプラスだよ」
「コタローの仕事はいつもお金とは別のところに目的があるのね」
「そうだね。資産を築くよりも、人と魔物の生活のためになるようなことの方が価値がある気がするからかな。価値観は人それぞれでしょ。町の生活を変えることで、アラクネさんとの生活も守られるならそっちの方がいいと思うし」
「私との生活を守るためなの?」
「そうだよ。もっと俺たちみたいに、別の種族で暮らしていける方が楽しいと思って。対立ばっかりしていると、それに時間を取られて人生を無駄にするからね。それよりも落ち込んでいる人を励ましたり、挑戦している人を応援した方が楽しいでしょ」
「それはそうね。コタローのいいところはそれを夢にしないで、ちゃんと動いているところよね」
「夢を持つことはいいことかもしれないけど、夢のままで終わらせる人たちを前の世界で多く見て来たからかな。何もしてない人たちで励ましあっても仕方ないでしょ。ちゃんと動いて失敗した人を励まさないとね」
「経験かぁ……」
アラクネさんは空を見上げながら納得していた。
「あんまりそう言う人は見たことない?」
「今の私が夢のような挑戦をしているようなものだから。人と屋根のある家で生活しているって1年前には考えられないことだからね」
「俺もそうだけどね」
死ななきゃわからないことってあるものだ。
昼飯を食べ終え、冒険者ギルドに行くと、魔物の冒険者たちが集まっていた。
職員たちが大きな黒板の前にいて、魔物の発生リスクについて、冒険者たちから聞き取りをしている。聞いたリスクを黒板に書いていっているところらしい。
話を聞いてすぐに動けるという組織は強い。日頃、自然発生する魔物を相手にしている冒険者ならではなのかもしれない。
「やはり総合的に考えると、山賊がいなくなった後のアジトに、ウブメを代表する魔物が棲みつくというのは確率が高いことなのですね?」
「そう」
腕が鳥の羽になっているハーピーの冒険者が答えていた。
「おそらく今聞いたリスクの中でも、何人も証言しているので、これは信憑性がありますね。ちなみに適任はいらっしゃいますか?」
「鳥の天敵がいいと思います。蛇とか」
「ではラミアさんは、調査を請けてもらえますか?」
「もちろんだ。ただ、私一人だけだと心もとない。パーティーを組もうにも人の冒険者はなかなか協力してくれないからな」
ラミアが不満を言っていた。
「だったらアラクネ商会がいいんじゃないか?」
「あそこはアラクネと人のパーティーだろう?」
魔物の冒険者たちの間で、俺たちは有名らしい。
「必要であれば行きますよ」
扉付近で控えていたアラクネさんが声を張った。
「俺は冒険者ではありませんが、荷運びくらいならできます」
「アラクネがいるなら、頼もしい。どうやれば人とコミュニケーションができるのかも教えて欲しい」
「それは、人も魔物も変わらないと思いますよ」
「偏見や思い込みをなくして喋ることです」
俺とアラクネさんは笑って答えた。