88話「ルールの内側と外側」
翌朝、様子を見に町へ向かった。
ゴーレムたちが起きていて、金物屋の壺の魔物と話し込んでいた。
「おはよう。同じ岩石地帯出身だった?」
「おはよう。違う。こいつ悪い魔物だ。逮捕した方がいい」
「そんなことねぇよ。旦那、おはよう。俺は悪い品物を店先で見分けているだけさ。呪いばっかりのこの町には俺のような奴が必要だろう?」
「そうなのか?」
「俺の鑑定眼にかかれば、呪具だって壺や宝箱に化けた魔物だって見分けがつくからなぁ。瀬戸際で止めてんのよ」
何のためにそんなことをしてるのか、得もないのに意味は分からない。俺も薄笑いだし、ゴーレムたちは笑っている。
「店主には言ってあるのか?」
「いや……、そりゃあ、もう……」
「いくらで雇われてる?」
「別に金では雇われてねぇ! 守銭奴じゃあるまいし。時々、川魚をくれるからさ。それをちょっとな」
店主が買ってきた魚を食べるのか。どら猫かなにかかな。勝手にやってるって言っているようなもんだ。
「仕事がないならうちに来るか? 倉庫をやってるんだけど、常駐がいねぇんだ。鑑定もできるならなおいい」
「本当か!?」
「ああ、その方がいい。どうせ呪具ばっかり仕入れさせて、金物屋を乗っ取ろうとしていただろう? アラクネ商会に雇われた方がこいつのためだ」
ゴーレムたちも後押しした。
「呪物は扱えるんだよな?」
「いや、扱えるわけじゃなくて効果がわかるくらいだ。まじないの札や風呂敷があれば、別だけど。俺を雇えるのか?」
「お前、人間にも鑑定眼を使ってみた方がいいぞ」
ゴーレムがツッコミを入れている。
「ぎゃっ! なんじゃこりゃ!」
俺は叫び声を上げられるほどになったのか。
「一生ついていきますぜ! 旦那!」
「調子のいい壺だな」
「ツボッカでございます」
「アラクネ商会のコタローだ。でも、善悪を置いておいても、あんまり店ごと狙うっていうのは難しいと思うぞ。物質系でマシン族じゃないから一発逆転を狙いたいのはわかるけど、3ヶ月レベル上げに専念してみればちょっと商売とかの見方が変わるかもしれないぞ」
「3ヶ月ですか……」
「まぁ、あと俺はあくまで運営であって、アラクネさんに気にいられないとクビになるから気をつけろよ」
「わかりました」
ツボッカに3ヶ月の試用期間を設けて臨時職員として雇うことになった。鑑定ができる者はいずれ雇うつもりなので、こちらとしても欲しかった。
「悪い。朝の散歩の邪魔したな」
ゴーレムたちに謝っておく。
「いや、どうせ役所に行くついでだ」
「俺も。教会の要望を止めに行くんだけど……」
「たぶん、皆そうだな」
役所の周りに魔物たちはもちろん高レベルの元冒険者たちも集まっていた。
「お、コタローも来たか」
教官のロベルトさんもいる。全員吸血鬼のために反対しているわけではないだろうが、ちゃんと町のことを考えて動ける者が多いということだ。
「いい町ですね。皆、呪われた者たちに優しい」
「怪我したり、毒を食らったりしている者もいるからな。やっぱり魔物たちと普段から関わっている奴らは事情がわかってるよ。それに教会は利権で食べてるようなところがあるからさ。俺たちみたいな年寄りが監視の目を光らせておかないとな」
回復魔法は冒険者なら誰でも使えるが町中では教会でしか使えないし、毒や薬についても精神系のものは教会に任されている。今回も呪いについて人間の国では独占的に治癒していた教会だったが、解呪ができる魔物や簡単なまじないならできる魔物は多い。解呪スキルの高い教会が、町中での使用を制限しようとしているのかもしれない。
「種族特性で毒があったり呪われていないと動けないみたいな魔物もいるなら、難しいんじゃないですか」
「細かい取り決めを決めて、定期的に監査したいだけかもしれない。教義があるのにやり口が汚いよな」
「教義があるから間違いを認めにくいんじゃないですかね」
「そういうのもあるな」
前の世界では、そういう現象がよく起こっていた。
「お集りの皆さま!」
役所が開いて、職員が説明を始めた。
「誤解があったようですが、橋などの公共物に我々役所がまじないや呪いなどを施すことはありません! ただし、呪具や魔道具等の扱いには十分に気をつけ、理解しないまま使用している人間及び魔物がいたら、注意していただくようお願い申し上げます」
さらに年寄りの職員も出てきた。
「この町は人間と魔物の自由自治領だ。教会の僧侶たちや魔王の信者の思想に傾くことはない。ただし、その分あやしい者たちや商品も入り込んでくる。当然、窃盗や暴行、強姦、殺人には衛兵も対処できるが、詐欺などが一斉に広まるとも限らない。人間と魔物がお互いのモラルをすり合わせながら、安全に生活できる街を作っていきたいと思っています。ご協力お願いいたします」
その言葉に魔物や元冒険者たちも帰っていった。
行商人たちは残っている。
「今後、呪物、呪具、魔道具などに関して、効果などがわからない物は売らないように。また、売る際は効果等を表記するようにお願いいたします。隠れて売ると販売権を取り上げなければなりません」
町のルールがひとつ決まった。
できたばかりの町というのはこういうものなんだろう。ルールの中と外側を考えられるのがいいところなのかもしれない。
「あれ? 終わっちゃった?」
エルフの薬屋とドワーフの鍛冶屋を回っていたアラクネさんが追い付いてきた。
「うん。教会にも魔王信者にも傾くことはないってさ。呪具を扱う時は十分注意するようにだって。あ、これ金物屋を乗っ取ろうとしていたツボッカ。鑑定眼を使えるから臨時職員として雇うことにしたんだ」
「乗っ取るつもりなんてありませんよ。どうか雇ってください。鑑定するくらいしか能力はありませんが」
「コタローがいいならいいんじゃない。でも魔物ばっかり雇って大丈夫なの?」
ターウとツボッカの給料と今の定期収入を考えると、どう考えても温泉に頼らざるを得ない。収支のバランスが悪いというか、俺とアラクネさんの給料はほとんど食費で飛んで行ってしまう。
「やっぱり働くしかないんだよね」
「言われたものは買ってきたよ」
「ありがとう。じゃあ、頑張るかぁ」
「俺も協力しますよ」
「ツボッカは冒険者ギルドで戦闘訓練な。大丈夫だ。先輩のターウってケンタウロスがいるから」
「え!? 俺、壺ですよ! 戦闘なんて……」
「簡単に割れる壺は、倉庫で働けないよ。よろしく。あ、ちょうどターウが来た」
眠そうなターウが冒険者ギルドに入っていくところだった。
ターウを呼んで、ツボッカを紹介。ターウはツボッカを見て驚いていた。
「物質系でも戦えるの?」
「ほら、旦那。先輩に呆れられてますよ」
「大丈夫だ。物質系は自分に足りない機能が見えている。ゴーレムたちだって、辺境に来て商売をするときは喋る装置を付けてるんだ。よく考えて戦ってみるといい。訓練がんばれよ」
「そんなこと言っても……」
「コツコツ頑張ってみろ。今日考え抜いた分だけ、明日は考えなくていいから」
俺はターウとツボッカを送り出した。
2人が冒険者ギルドに入っていくのを確認し、俺とアラクネさんは倉庫へ向かう。
「さ、爺さんたちが来る前に潜らないと」
「他人にはコツコツ頑張れっていうのに、自分は一発逆転を狙うのね」
「矛盾こそ会社経営か……」
俺は『奈落の遺跡』探索の準備を始めた。




