86話「アラクネ商会倉庫、開業中」
朝は倉庫内のチェックから始める。異変がなければ各部屋を清掃して、品物の数と量をバインダーに挟んだ紙に書いていく。ターウも文字が書けるので良かった。票さえ作ってしまえばいい。
いずれは各部屋それぞれの票ができるだろう。
搬入搬出の予定表も作っておいた。それほど予定は埋まっていないが、今日はゴーレムたちが魔石ランプを運んで来る。大雨で新築家屋の工事が遅れているので、中に入れるランプを安全な場所に置いておきたいらしい。家の明りは多いし、通りの街灯の分もあるが、当然、ランプを大量に置ける場所は町にないので、アラクネ商会が保管することになった。
大渓谷にいるアラクネから連絡が入るので、こちらとしてもすぐ対応できる。大渓谷から船で中央へ向かい、中央から陸路だ。災害手当として町から保管料が支払われる。
大雨を経験したため食料備蓄を考える屋台の店主も多い。魚や野菜などは鮮度が大事だが、小麦粉や油など保管できないかという問い合わせが来ていた。
「広場の互助会などを作ってみてはどうです? まとめた方が保管料は安くなりますよ」
「でも、いいのかな?」
ミノタウロスの店主がエルフの店主の方を見ていた。それぞれ屋台はあるが店舗はないので、置き場所に困る物もある。炭なども共有すると多く取り寄せられるだろう。
「構わないよ。ただ、搬入したり搬出したりするときは、皆でやろう。ちゃんと分け合わないと喧嘩になるから」
週に一度、屋台の店主たちがうちの倉庫に来ることになった。
屋台店主たちの噂を聞きつけて雑貨店からも問い合わせが来た。
「新築の家ができるってことは引っ越してくるってことでしょ? すぐ引っ越してきた人が生活できるように日用品を取り揃えておきたいんだけど、橋が直らないことには輸送できないでしょ。魔物の国で取り寄せられないかしら?」
「できますよ。必要なもののリストはありますか」
「これなんだけど……」
鍋や薬缶などの料理器具に食器類、箒や雑巾などが主だ。アラクネさんにリストを渡した。
「中央にならなんでもあるので取り寄せられますけど、ちょっといい品物になると遠くからの取り寄せになるので値は張りますよ」
「リバーサイドの新築は大きいのもあるのよね。高めの価格でも魔物の作ったものなら案外買ってくれるかもしれないわ」
辺境の町以外に魔物が作った品は出回っていないのか。
「橋が直ってからでいいので人間の国の品物を取り扱いたいんですけど、いいですかね?」
「構わないわよ」
アラクネさんには、各地のアラクネたちからの問い合わせがあるらしい。スキルに頼らない道具や細かいデザインのアクセサリーなどは人間の方が優れている場合があるのだそうだ。
「意外に仕事があるのね」
ターウが冒険者ギルドに向かう準備をしながら驚いていた。
「そうだな。辺境の町じゃ知られているから、徐々にお客が増えていけばいいと思ってたんだけど……」
「開業したことが広まって、まじないの札を外したらたくさん入ってきたね」
料金は、一品で3日まで銅貨1枚と安くしてある。品数が多い客には、別部屋に仕切りを立てて区切り月極めで賃貸している。
「じゃ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
ターウはしばらく冒険者ギルドで体力づくりと戦い方の基本を学んでもらう。栄養不足で動けないなんてことがないように食事もしっかり摂ってもらっている。勉強はアラクネさんがつきっきりで夜中まで教えていた。
掃除していると、冒険者の教官や引退した者たちがやってくる。温泉に入る前に、俺と倉庫奥で身体の動かし方や、敵のどこを観察するかについて意見交換。レベル上げツアーをするにしてもどこに重点を置くかによって、レベルやスキルの伸ばし方も変わってくる。
引退した爺さん婆さんは、レベル50がどんなもんなのか見に来ているだけだという。
俺としても旅で得た情報は広めておいた方がいい。他にも効果的な方法が見つかるかもしれない。
「軽く動くか?」
教官のセイキさんは、早いところ俺がどれくらい強くなったのか見たいらしい。
「よろしくお願いします」
刃が潰れたナイフでお互い打ち合い、集まった者たちに動きを見せることにした。元冒険者もいれば、酒場のレギュラーを引退した魔物もいる。
「まずこの状況で何を考えてる?」
「この状況にならないようにしたいですよね。そもそも対峙して戦うよりも、不意打ちをしたり罠を仕掛けて体勢を崩すことを考えて、対象には向かいます。でも、どうしてもこうなる場合もあるので観察するしかない。どういう攻撃が来るかもわからない相手に突っ込む理由がありません。むしろ、こちらが罠を仕掛けていないのであれば、相手が仕掛けている可能性を考える。レベルが上がって戦い慣れればなれるほど、相手の罠がどこに仕掛けられているのかを見極めないと死にますから」
「なるほど、それはそうだな。でも、今日はないだろう?」
「そうですね。こういう時はどこを狙うのかを考えます」
「青鬼の俺ならどこだ?」
「角が生えているんで目が行きがちですけど、人型の魔物は首が太いですよね。胸も厚く筋肉がある。ということは刃物が刺さりにくいんですよ。だとすれば、目か金的で致命傷を狙っていくしかない。でも、当然セイキさんも防ぐわけじゃないですか?」
目と金的を狙い、セイキさんに捌いてもらった。
「ここからどうやって体勢を崩すのかに切り替わります。最終的に目か金的に攻撃を与えればいいので、指先、臭い、音、まじない、何でも使っていくんですけど、レベルが上がれば上がるほど感覚器官が鋭くなっていきませんか?」
周りで見ていた者たちに聞いてみた。
「鋭くなっている部分と鈍くなっている部分があるな」
「むしろ火炎とか爆発系の魔法を使っていると音を遮断するスキルを取ってるわ」
元冒険者夫婦のが答えてくれた。
「俺たちも調整するようなスキルを取ったんですよ。だからレベルが高い相手には、感覚が鈍くなっている弱みに付け込むか、鋭くなっている強みを逆手に取るかを判断していくんですよね」
「俺の場合はどう見える?」
セイキさんが首を傾けボキボキと鳴らしながら聞いてきた。
「セイキさんは距離感ですよ。ナイフの斬撃を飛ばすようなスキルを多用してきたんじゃないですか?」
「よくわかるな。今使おうと思っていたところだ」
「アラクネさんとかは得意だと思うんですけど、視覚で距離感を掴もうとすると地面と平行であることが重要なんですよ。二つの目で見ているので。腰の傾きや頭の位置や傾きを見れば結構判断できるんですよね。で、攻撃が伸びてくることがわかれば……、スキル使ってもらっていいですか?」
「いいのか」
「どうぞ」
スパンッ。
空気が切れるような音が耳元を通り過ぎていく。俺は身体を半身にしてセイキさんの頭部に手が届く範囲まで飛び込んでいた。
「攻撃がわかって見えていれば 相手の一動作に対して躱しながら飛び込めるんです」
セイキさんの目の前で、ナイフの刃を止めた。
「中央の学校でダンスの授業を受けた時に、相手の動きと息を合わせて躱す訓練をしたんですよ。それで、旅の間に俺たちはタイミングと精度を上げることを考えてスキルを取ってレベルを上げていったので、鍛える順番がよかったのかもしれません」
「タイミングと精度かぁ。なるほどね。若い頃は足技でどうやってフェイントを入れるのか考えてしまっていたなぁ」
「そうよね。初めから純粋にそれだけ求めていればよかったのよ。当たらない魔法なんて意味ないのよね」
元冒険者の夫婦は納得していた。
「こういうのはどうだ?」
ドルイドと呼ばれる魔物が、タバコの煙を何体もの狼に変えて襲ってきた。
「これは目に頼らなければ、それほど……」
狼の牙に見せかけた仕込み杖からの一振りを受け流した。
「音か?」
煙を消して聞いてきた。
「そうですね。初見でも油断してなければ、効果は薄いんじゃないですかね。結構魔力と集中力を使うでしょう?」
「そうなんだよ。惑わせることばかりを考えて来たんだが、間違えたかぁ……」
「いや、ドラゴンが絶叫している現場とかなら有効なんじゃないですか。やっぱりスキルを使うタイミングをどうやって計っていくことですよね」
「なるほどなぁ」
結局、午後は引退した者たちと汗を流した。レベルの高い者たちは、いろんなスキルを知っているので実りが多い。