85話「お得意さんはゆっくりと」
フロッグマンの交換所に行き、お金で取引をする。
「おや、いつか来た人間じゃないかい?」
「どうだい? 商売は上手くいってるのかい?」
「倉庫業だったろう?」
フロッグマンの女商人たちから声をかけられた。
「ようやく準備が整ってきまして。ガマの幻覚剤を買い付けに来ました」
「ああ、幻覚剤かぁ。この前の大雨で薬草が全部流されちまってね……」
残念そうなフロッグマンが大げさに涙を拭いていた。
「ええっ!?」
「悪い魔物の言うことを聞くんじゃない。大雨の前に皆で刈り取って、全部薬にしてるんだ。余ってしまっているくらいだから割り引いておくよ」
「ありがとうございます」
一番安い店から樽を買った。
「で、倉庫は出来たのかい?」
「もう工事は終わったからようやく仕事を始められるわ」
アラクネさんがフロッグマンを見た。
「辺境じゃ何が流行ってるんだい?」
「今は大雨の復興作業中よ。お酒は十分あるんだけど、木材なんかはないけど……」
「建材はうちじゃないね。薬草なんかはどう?」
「倉庫の奥に『奈落の遺跡』が見つかっちゃって」
「「「ええっ!」」」
女商人たちが声を上げて驚いていた。まだ、言ってなかったのか。
「冒険者とか呼び込もうとしているんで、乾燥した薬草は買い取りますよ」
「ということは『奈落の遺跡』を探索するのかい?」
「でも、レベルが足りないんじゃない!?」
「人間は入れるかもしれないけど魔物は一応ルールがあってさ……」
「そのためにコタローが中央の学校に行って旅をしてレベル50まで上げて来たんだよ」
「「「はあっ!?」」」
「まだ、倉庫もできてなかったんで、レベル上げツアーみたいなことしたら面白いかと思って」
「そんな、試したらできたみたいなことじゃないだろう?」
「こんな若いのに!? ドラゴンだって、もう少し年を取ってないとレベル40まで上がらないって言ってたよ」
「年齢は関係ないんじゃないですかね。一緒に行ったドラゴン族とサテュロスもレベル50は越えてましたよ」
「一緒に行った者たちは今どこにいるの?」
「中央の学校に行ってると思いますけど」
「うちの娘も可能性があるってことだよね!?」
「息子、呼んどいで!」
フロッグマンたちは、慌てて自分の子どもたちをどうにか中央の学校に行かせようとしていた。
「あの、乾燥した薬草を……」
まだ話を聞いてくれる女商人に話しかけた。
「そうだったね。液体タイプやペースト状になっているのもあるけど」
「乾燥した薬草を倉庫で保存してカビないか、湿度とか調べておきたいんですよ」
「なるほど。本当にできたばかりなんだね」
「そうです」
「じゃ、これも買っておきな」
穴の開いてる袋に入った白い石を渡してきた。生石灰か。
「除湿剤ですか。大袋でください」
「よく知ってるね」
「化学工業の株を買ってたから……」
そんなことを言ってもわからないか。
「えーっと、肥料とかを売ってる会社を調べていたことがあるんだ」
「そうなんだ」
乾燥した薬草と除湿剤の大袋を買い取った。ガマの幻覚剤とは別の樽を買って、中に入れる。
「水に濡れると熱くなるから気を付けな」
「ありがとうございます」
保管は、いろいろとやることは多い。
「あんたたち、酒のお祭りをやらなかったかい?」
集落を出ようとしたら、行商をしているフロッグマンの中年女性に話しかけられた。
「やりましたよ」
「だったら、これ買っていきな。酔い覚ましのお茶だ。これさえ飲めば二日酔いも吹っ飛ぶよ」
「いや、ちょっと……」
アラクネさんは買う気がないようだった。
「買います。よく試飲祭りのことを知ってましたね」
「噂っていうのは誰かから誰かへ旅をするからね」
「辺境の倉庫屋・コタローです」
「行商のフロイだよ」
「また、来ます。いつも、ここにいますか?」
「買い付けに行ってない時はね。また来な」
荷物が増えたが、大した量ではない。
「初期費用は抑えた方がいいって言ったばかりじゃない?」
「あのフロイおばちゃん、辺境でお酒が消費されているってことがわかってて、二日酔いのお茶を売りつけたんだ。他者の行動を読みながら商売をしているんだよ。しかも店を持たずにやっていて、長くやっているようだったからね」
「信用できそう?」
「これの効果を見てからだ」
俺はお茶の袋を見た。アラクネさんは疑わしそうに見ている。
「あやしいかい?」
「うん。これがコタローが言っていた倉庫業なのかな、と思って」
「地味に見えるか。お得意さんを少しずつ増やしていこう。一気に広めてもそれほど長く続かないからさ。一回倉庫を使って終わりっていうお客ばかりだと食いっぱぐれちゃうよ。信用なんてそんな簡単に売ったり買ったりするようなものじゃないしさ」
米国株をやる前に信用買いでめちゃくちゃ損した俺が言うと、全く信用はないけれど。
「そうね」
水生魔物の市場で、酒の肴になるような干し魚と貝を買って沼を後にした。
街道を歩いていると、視線を感じる。山賊ほど警戒感はないし、知っている匂いがしてきた。
「コタロー、忘れてたでしょ!?」
ケンタウロスのターウが藪から出てきた。
「うん。忘れてた。はい、干し魚でも食べて機嫌なおしてくれ。あと、お茶と乾燥剤ね。これくらいは持つように」
ターウの口に干し魚を突っ込んで、お茶と乾燥剤の樽を持たせた。
「重くはないのね。美味しい」
普通に機嫌が直っている。チョロいのかもしれない。
「こちら、アラクネ商会のアラクネさんで、ケンタウロスのターウ。奴隷だったんだけど、俺が買ってうちの従業員として働いてもらう。ちゃんと働かなかったら、給料は出さなくていいから」
「わかったわ。よろしく」
「よろしくお願いします。で、私は何をしたらいいの?」
「とりあえず荷物を運んで、スキルを取ってレベル上げかな」
「魔物を倒すの? こんなか弱いケンタウロスの娘が!?」
「倉庫には『奈落の遺跡』があるから、どうしたって緊急事態には対処しないといけなくなるのよ」
アラクネさんが諭すように言っていた。
「そんなところで働くの?」
「大丈夫だよ。別に戦闘系のスキルは要らないからさ」
「どういうこと? 『奈落の遺跡』がある倉庫で働くのに、戦闘系のスキルが要らない? ……なに? どういう倉庫?」
ターウが素直な反応をするので、笑ってしまった。
「今は封印しているんだけど、いずれは冒険者を呼んだり、魔物の国にいる酒場のレギュラーなんかが来るといいと思ってるんだ」
「ああ、酒場の依頼みたいなものか。倉庫は?」
「倉庫もやるよ。今も、副業として温泉を営業しているし」
「温泉もやっているの。なんか手広くやっているのね」
「今はまだそんなに広くやってないよ」
「まだ増やすつもり?」
アラクネさんが俺を見た。
「どうなるかはわからないけど、今やってるのは配送業と卸売だから、倉庫業はほとんどできてないよ」
「そうなんだ」
「安心安全の管理ね。そういや、ターウって簡単な計算は出来るのか?」
「少しは出来るけど、多い数字は無理よ」
「私が教えるわ」
「お願いします」
「戦闘訓練は教官たちに頼もうか」
「そうね」
「やっぱり戦闘はあるの? でもスキルはないんでしょ?」
「戦闘スキルを使うことが、戦いなわけじゃないってことだ。でも、ターウにはそっちの方が向いているのかもな」
今のターウのレベルは3。スキルも『疾走』と『言語能力』だけ。
俺がレベル50だというと、顎が外れそうになるくらい驚いていた。
「出来ることから始めよう」
「すごい人間だったの?」
「ターウに初めて会った時はそんなレベルじゃなかったんだ。俺たち旅をしていただろ?」
「そうね。一緒にいたドラゴン族とサテュロスは?」
「彼らはまだ中央で学生をやってると思う。レベル50を超えているけどね」
「レベル50を超えたら学生なんかやらない方がいいんじゃないの?」
「そうでもないさ。学べる場所って結構重要だよ」
俺はそう言いながら、崖上にいた山賊に石を投げつけた。
「なに? なんか投げた?」
「たぶん山賊」
「え!? 山賊なんか懲らしめた方がいいよ」
「そうだな。今度一緒に懲らしめに行こう」
俺たちは街道を進み、辺境へと戻った。




