84話「従業員は突然に」
俺とアラクネさんはガマの幻覚剤を買い付けに、フロッグマンの集落へと向かっていた。一人でもよかったが、川で山賊を倒したと聞いたアラクネさんが自分も行くと言い始めたのだ。
「高レベルでも一人で多人数に立ち向かうのは危ないからね」
「じゃあ、ちょっと倉庫に寄っておこう」
温泉修復に向かうブラウニーたちに挨拶をして、倉庫の扉の前に立った。
「なにするの?」
「影隠しのまじないさ。影隠しのマントの模様を模写しておいたんだ。貼り付けたら、姿が見えなくなるのかなと思って」
「え? どういうこと?」
「ああ、アラク婆さんの依頼でね……」
アラクネさんに説明しながら、お札を作って扉に貼ってみた。
「おおっ!」
扉の存在感が少しだけ消えた。見えているのに影に隠れている。
「ちょっと影が濃くなっただけ?」
アラクネさんにはあまりわからないらしい。
「ちょっと道から見てごらんよ。知らない人が見ても気づかないかもよ」
「え? そうかな?」
そう言いながらもアラクネさんは道に出てこちらを見ていた。
「確かに、言われないと気づかないかもね」
「これ木の板に彫ろうかな。オープンクローズがわかるように。今日は何か荷物が届く予定はないよね?」
「ないと思うよ。もし荷物が届いてもブラウニーたちの小屋の前に置いていくし」
「そうなんだ」
いつの間にかブラウニーたちも従業員のようになってしまっているのか。
「人を増やさないとなぁ」
エキドナたちは温泉の仕事があるので、常駐の人手が欲しい。
「あれ? 旅の途中で誰か雇ったような……。いや、そんなわけないか」
俺とアラクネさんはフロッグマンたちの住む黄金沼へと向かった。
空にトンビが飛び回り、木々は青々としていてまだまだ夏は続いている。森に入ると蝉が鳴き、トカゲが日に当たろうと枝の先の方に移動していた。
小さいものがよく見えた。
「感覚を上げるってどんな感じ?」
「見たくもないものも見えてくるって感じかな。慣れるのにちょっと疲れるかもね。目的意識があると違うんだけど、例えばほらあそこ」
山道を歩いていると、山の上の方から視線を感じた。
「たぶん、臭いから言って狼系の魔物だ。衣擦れの音もするからたぶん山賊がいるんだ」
「狼? ……ってことはウェアウルフかな?」
「たぶんね。衛兵の試験に落ちたのかな。山賊の方が実入りはいいとか?」
「それはないんじゃない? もしかしたら衛兵が山賊を追っている途中なのかもよ」
「ああ、潜入捜査か……。だといいけど」
潜入捜査をしないといけないほどの危険がこんな辺境にあるのか。
俺たちは山道をとっとと進む。馬車が通れるほどの道幅だが、ほとんど馬車は見かけない。曲がりくねった道を馬車が通るのは大変なのだろう。
道行く行商人は魔物ばかり。まだ人間はこちらまで商売をしに来ていない。種族がわかると、あそこから来たのかなと思える。
沼が見えてくると、水生魔物の市場があり、フロッグマンの集落はその奥だ。半魚人のサハギンやリザードマンなどの中にもドラゴン族の商人がいた。所謂、リオと同じはぐれ者。ナイフや腹下し用の丸薬なんかを売っていた。
「先日まで火山地帯に行ってたんですよ」
丸薬を買いながら世間話をする。
「本当? つまらなかったでしょ?」
はぐれたものは故郷の悪口をいうものだ。
「闘竜門は面白かったですよ」
「お、行ったんだ。どこまで行けた?」
「5階層まで行って帰ってきました」
「え? そんなに? あれ? 人間かい?」
「ええ。学校の友達ではぐれの青年がいて一緒に」
「へぇ、そりゃ、面白いことをやってくれたね。人間が5階層まで行って帰ってくるなんて傑作だね。今はどこに?」
「元々、辺境で倉庫業をやってるんですよ。レベルも上がって帰ってきたんですけどね」
「そうかい。本当?」
ドラゴン族の商人は隣にいたアラクネさんに聞いていた。
「本当です。レベルを50にするって言って、本当にしてきたんですよ。中央に一緒に行ったドラゴン族とサテュロスの青年がいるそうなんで確かめてみるといいですよ」
「そうかぁ。流れが変わるといいな。私は南部の水竜の一族でね。元々火山地帯には住んでなかったんだ。大人になってから火山地帯に行ったけど、家父長制が酷くてさ。闘竜門も1階層で出てきちゃって、旅をしていたらいつの間にか黄金沼に居着いちゃった」
「ああ、そうですか。南部にもドラゴンがいるんですね」
「群島にね。やっぱり住むなら水が合うところがいいよ。あ、ほらあそこの奴隷屋に捕まっているケンタウロスの娘は、中央の水が合わなくて薬をゴブリンから買ったら騙されて、山まで来て水飲んだらやっぱり腹痛になって、休んでいるところを山賊に襲われたって聞いたよ」
「ケンタウロスの娘?」
「運が悪いというか、流れが悪いところに入っちゃったんだねぇ」
奴隷屋を見ると、どこかで会ったケンタウロスの娘がいた。
「えーっと、えーっと、なんだったかなぁ……」
「誰? 知り合い?」
アラクネさんもケンタウロスの娘を見ていた。鎖でつながれているが、その光景も見たような気がする。
「中央の配達業者に売られそうになっていたから、買い取ったんじゃなかったかな?」
「誰を?」
「いや、彼女。名前を何て言ったかなぁ……」
「ケンタウロスの娘を買った?」
俺たちが奴隷屋に使づいていくと、ケンタウロスの娘もこちらに気が付いたようだ。
「ああ! ちょっとコタロー! 出して! この人間が私の主人です!」
「ターウ! そうだ! ターウだろう!?」
「そうよ! 辺境に行けば仕事があるって言うから旅して来たらとんでもない目に遭ったわ」
「どうやら、そうらしいな。こんなところで何をしてるんだ?」
「お金が無くなって、どうしようもないから奴隷商に……」
「身売りしたのか?」
「そうじゃないわ。客寄せよ。奴隷屋にもこれだけ元気なケンタウロスの娘がいるっていうね」
「なんだ、バイトか。じゃ、しっかり働いてから来てくれよな」
「おいおい!」
騒いでいたら奴隷商が表に出てきてしまった。
「自分なら客寄せできるって言うから雇ったのに、それじゃ客寄せにならないじゃないか!」
「いや、でも注目は浴びているわ!」
ターウと奴隷商が喧嘩をし始めたので、市場の魔物が集まってきてしまった。
「奴隷を買ったの?」
アラクネさんが顔を近づけて聞いてくるので、一度沼の岸辺まで行って説明することにした。
「旅に出てすぐだったんだけど、俺がいた前の世界では、人権が守られていて奴隷制は解体してたんだよね。名称が違うとかいろんな抜け道があったんだけど。それで脚気って治る病気の娘が奴隷として連れていかれるのを見て、じゃあうちの従業員にしたらいいんじゃないかって思って」
「買ったの?」
「お金があったからね。従業員は必要でしょ」
「そうだけど……」
「でも、ケンタウロスだから配達業ができるのかと思ったんだけど、小さい荷物しか運べないらしいんだ」
「ええ?」
「しかも、話を聞く限り運も悪い」
「ダメじゃない? 置いて帰る?」
「でも、彼女のレベルを上げることができれば、宣伝にはなるんじゃない? あ、ほら逃げ出した」
ターウは、鎖を引きずりながら駆け出していた。奴隷商のフロッグマンが追いかけている。
「力はあるようね」
「とりあえず、ガマの幻覚剤を買い取ってからピックアップしよう」
「逃げ切れるのかしら」
馬と蛙なら、さすがに馬の方が速いはずだ。
「まぁ、山には山賊がいるから止められるんじゃない?」
「そうね」
俺たちはフロッグマンの集落へ向かった。




