83話「地上至上主義」
翌早朝。俺はアラクネさんの糸を撚って暖炉で炙り固くしていた。蜘蛛の巣玉でも使えるし、罠でも使える。
欠伸をしながらアラクネさんが起きてきた。
「何をしてるの?」
「アラクネさんの糸を紐にしているんだよ。これのお陰で俺の戦い方が随分変わったんだ」
「そうなの? ねえ、どんな旅だったか、もう少し聞かせて」
だいたいの旅の流れは話していたが、詳細はまだ話してなかった。
「俺たちにはまともな武器がなかったんだ。学生だったから、暇な時間と何でもできるってことくらいしか強みはない。考えるしかなかったんだよ」
「そうね。教官に貰ったナイフくらい?」
「そうだね。そのナイフで罠を作るしかないでしょ。ドラゴン族のリオは剣を持ってたけど、サテュロスのロサリオは初め槍じゃなくてナイフを杖の先につけてたんじゃないかな」
「そうなの!?」
「それくらい武器を持ってなかったんだよ。その上、3人ともレベルは低い。修行や訓練をしても数年はかかる。だから鍛錬に切り替えたんだ」
「え……、違いがあるの?」
「鍛錬は出来ないことを出来るようにすることって感じかな。だからコツさえ掴めばいいし、魔物をカッコよく倒すんじゃなくて、どうやれば自分たちの持っているアイテムで倒すのかを考えていたなぁ。夜中にずっと3人でああでもないこうでもないって戦術を考えてたんだよ」
「へぇ、楽しそうね」
「楽しいよ。すぐに実戦で使えるし、3人もいるから視点も違うからね。そうするとね。この紐が重要になってくるんだよ。魔物に見せるように紐を仕掛けると、自然と避けるんだよね。行動が読みやすくなるんだ」
「自分たちの戦術に嵌めやすいってこと?」
「その通り。なんでもいいわけじゃなくて、野生種を倒せる状況にどうやってするかを考えるんだよ。蜘蛛っぽいかな?」
「そうね。蜘蛛の巣がそもそもそういう効果があるわ」
「やっぱり最初にアラクネさんと会えてよかった。戦いの幅が広がった」
「そう?」
「どんなにピンチになっても選択肢があるかもしれないと思えるんだよね。それに手に持つ武器を使うだけが戦いじゃないって気づけたし」
「戦術か……」
「たぶん、冒険者でも土魔法を使う魔法使いたちは考えていると思うよ。一緒に堤防作ったんでしょ?」
「うん。すごいのよ。魔力が尽きないんじゃないかと思った。本人たちはギリギリだったって笑ってたけどね」
「どうにか遺跡発掘に協力してほしいんだけどなぁ」
「遺跡って『奈落の遺跡』のこと?」
「そう」
「レベル50になってないんじゃない?」
「パーティーの中に一人いればいいんじゃないの? それに人間だったら魔王法典は読んでないし」
「ん~……」
魔物のアラクネさんは納得いかないか。
「ルールに従順でいることよりも、どうしてそんなルールが必要になったのかを考えるモラルを持つことの方が重要だよ」
「それはその通りね。でも、魔物から逃げられるかなぁ? 年寄りよ」
「身体が動かない?」
「判断能力も遅いかも?」
「でも、救出部隊は作るつもりでいるんだよね」
「ああ、そうよね」
救出部隊なら、装備や回復薬を持って行った方がいい。発掘作業員よりも重要かもしれない。
「一旦、アイテムを揃えようか」
「確かに。倉庫業だし、アイテムを使って遺跡を……、発掘するの?」
「あ、別に巨人とか悪魔に会いに行くつもりはないからね。レベルの権化とかスキルの権化に会いたいわけじゃなくて、どうやって『奈落の遺跡』を倉庫に改良できるかを考えたいんだよね」
「そういう計画なの!?」
「地上至上主義っていうか、巨人も悪魔も崇めたって生活がよくなるわけじゃないでしょ。遺跡から発掘した物も大事だし、攻略したスペースをどうやって使うかを考えた方が豊かになれないかな。単純に観光事業にしてもいいしさ」
「じゃあ、遺跡発掘と同時に倉庫を拡充していくってこと?」
「その通り。奈落まである倉庫なら、誰も盗みに入ろうなんて思わないんじゃないかな。下手すれば、巨人や悪魔に会っちゃうかもしれないんだからさ。そうなれば保管や保存に対する信用度も高くなるんじゃない?」
「すごい! やっぱりコタローって変わってるね!」
「そう? 旅でもめちゃくちゃ言われた。ひとまず、救出班の創設から始めよう」
「わかった」
「改築工事をしてくれたブラウニーたちには給料出した?」
「出したよ」
俺とアラクネさんはアラクネの紐を作ってから、倉庫へ向かった。
ブラウニーたちは外の門はもちろん、柱の装飾から奥のカウンターまで全て改築してくれていた。
「小屋も建ててしまったし、木材とかも置いてあるから、しばらくいていいか?」
どうやらブラウニーたちは町から外れたこの場所が気に入ってしまったらしい。災害の影響も少ないし、完全に崩壊していた温泉施設の修復作業もあるので便利なのだとか。
「好きにしていいよ。食糧は足りているかい?」
「それがなぁ……」
倉庫にあるピクルスとかは勝手に買い取っているらしい。一応、料金を入れる箱は作っておいたので、田舎の無人販売所のようになっている。
「保存食ばかりだと太るから、本当は行商人が来てくれるのがいいんだけど……」
「町にも買いにいけよ」
「ん~……」
一度、無駄な仕事を押し付けられてからというものなかなか町には行けないらしい。試飲祭りで仲良くなった薬屋や鍛冶屋には行けるが、まだ人見知りが発動しているのだとか。
「じゃあ、後で一緒に行こう」
「頼むよ」
魔物と人間との付き合いは始まったばかりだ。思うように交流できない分、アラクネ商会の役割はまだありそうだ。
倉庫の中に入って、在庫の確認。改築したばかりなので品物はほとんどない。
「ガマの幻覚剤が少なくなってきている。お酒はまだあるんだけれどね」
「帰りにフロッグマンの集落近くまで行ったから、寄ればよかったな。すぐになくなるわけじゃないでしょ?」
「そうね。一定の量しか卸してないから」
「買い付けに行こうか。スライムもテイムしたいんだよな」
「スライムで何かするの?」
「緩衝材にしようかと思ってさ。遺跡発掘の時にもゴミを食べてもらえるし」
「それで、スライムをテイムするの配送業と倉庫業くらいじゃない?」
「そうなんだよね。あ、この壁、ゴーレムたちが来てたの?」
白い壁が出来上がっていた。
「うん。壁をきれいにしてくれたんだ。魔石ランプを使うとだいぶ明るいね」
「壁で光が跳ね返るからなぁ」
樽の並ぶ部屋は広く見えた。折り畳み式の棚も作ってくれたようで、助かる。
奥のポイズンスパイダーの棲み処になっていた部屋も掃除されて、使えるようになっていた。壁に柔らかい木材で壁を作ってもいいが、まだ手が回らない。仕切りのためにパーテーションだけブラウニーたちが用意してくれていた。
問題はリッチがいた『奈落の遺跡』側だ。手つかずで死体が片付けられているだけ。
「こっちは開けてないの?」
「誰もレベルが足りなかったからね」
「じゃ、ちょっと罠を張ってくる」
鉄格子の扉を開けて様子を見に向かう。特に魔物が発生しているわけではないが、呪いのような嫌な雰囲気はある。暗いし、湿度が高い気もする。
『魔力探知』で見ると、階段の先にはかなり魔物がいるようだ。
罠として張られていたアラクネの紐を張り直す。なにかの魔物が近くまで来ていて、酸っぱい臭いがほのかにする。辿ろうと思えば辿れるが、今は無理しない。
酸耐性のコートを大渓谷の工房に頼もう。温泉や試飲祭りの売り上げ金が、まだあるうちにいろいろと試しておきたい。
「相変わらず、コタローは働くんだね」
出て来たところでアラクネさんが感心していた。感心されるようなことはしていないつもりだ。
「そりゃあ、せっかく学校まで行かせてくれたからね。本格的に始動しないと、稼ぐタイミングを失うよ」
辺境の倉庫業が始まった。




