82話「山道復旧につき……」
翌日、温泉への道の修復作業を開始。エキドナ含めラミアたちも手伝ってくれた。
「すまない。昨日は飲み過ぎてしまったようだ」
「最近、人間と仲良くなれたのはいいのだが、酒の誘いが多くて……」
蟒蛇というくらいだから蛇の魔物は酒に強いのかと思ったが、そうではないらしい。
「いや、時々たしなむ程度に飲んだらいいよ。人間とも交流が深くなるなら、そっちの方がいいし……。ただ、騙されて飲まされてないよな?」
実は倉庫をリフォームしていたブラウニーたちからタレコミがあった。教会の僧侶たちがやたらとアラクネさんたちに絡んでいるのだとか。
「騙されてはいない。騙されていないのだが……」
「仲良くなるには酒を酌み交わすのが一番だと……」
「そう言われると飲まないわけにもいかず」
「飲むなよ。今後、誰からの誘いにも乗らなくていい。自分で自分の酒量は決めること。それが大人のたしなみってやつだ」
「でも、それでは本音を言わないと思われるのでは?」
「嘘だ。本音はそんなことを言うなんてめんどくせぇ奴だな。だろ?」
「人間の遊び方だって言ってたのは……?」
「酒以外にももっと面白い遊びがあるのに?」
エキドナたちの手が止まった。
「確かに……」
「あんまり人間の文化を取り入れすぎないようにね。いいものだけ取り入れよう。宗教って、その名前を借りて搾取したり、自分が犠牲になることを尊ぶ人たちがいるけれど、全然そんなことしなくていいから。周りにいる人の話をよく聞いて、いろんな人が何をしているのか見てからでも遅くないんだから」
「でも、町のために堤防を建てたりすると立派じゃない?」
「人間でも魔物でも困ってる者を助けるのは、同じ町に住んでいる者として普通のことじゃない? 何もせずに感染症が流行ったり、隣の商店が汚くしているせいで自分の店にまで客が来なかったら困るでしょ。宗教とか種族は関係ないよ。あと、堤防を建てた人たちの話を聞こう。行動した人たちの話をさ」
前の世界では無意味な管理者たちがのさばっていたため、まるで物事が進まないとかビジネスチャンスを失うってことが多々起こっていた。業績は大事だが、今後の見通しも大事だ。
「仕事をしていればいいってことだな!」
リザードマンは単純だった。
「まぁ、そうだ。でも、なんでこの仕事は必要なのかくらいは考えた方がいいぞ。足の悪い婆さんもいるんだから、段差を高くしないとかな。当たり前のことを当たり前にやった方がいい」
「じゃあ、さっき言ってたレベル50も当たり前になる?」
ラミアが聞いてきた。
「ああ、たぶん当たり前になると思うんだけどなぁ……」
「おーい!」
「やっぱり帰ってきてたのか」
ロベルトさんとセイキさんがお土産を貰いにやってきた。いや、会いに来てくれたのか。
「ただいま戻りました」
「おおっ、アラクネちゃんが慌てて仕事してたぞ」
「帰ってきて早々に仕事しているのか?」
アラクネさんはこれから来る品物の販売に関して許可取りに行ってもらっている。以前、ガマの幻覚剤で大変な目に遭ったので、役所としっかり対話をしているところだ。まじないのかかった服や植物の粘液など魔物の国にしかないかもしれない。
「魔物に酒を飲ませすぎですよ」
「そうなのか? いつも翌日にはケロッとしてるけどな」
「俺が帰ってきた時には床で寝てましたよ。無理させないでやってください」
「そうか。すまん。それで……?」
「レベルは上がったのか?」
「ええ、52まで上がりましたよ」
「お前、それ仕事なくなっちゃうぞ」
セイキさんは、おそらく冒険者としての仕事のことを言っている。
「なくなりはしないんじゃないですかね。だって俺の仕事は倉庫業ですよ」
「ああ、そうか。野性の魔物を倒しているわけじゃないのか……」
「どうやってそんなにレベルを上げたんだよ」
「それはツアーに参加してもらえれば……。でもお2人ともツアーに参加しなくてもレベル40を超えているのでは?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、『闘竜門』に行けばいいんじゃないですかね?」
「あそこは、ドラゴン族のスキルの見せ合いでつまらんだろう?」
セイキさんは内情を知っていたのか。
「5階層に古龍の番人がいるので、そこからですよ」
「ああ、そうなのかぁ……」
「古龍は強いのか?」
「強いですね。階層ごと破壊しそうになってましたから」
「爺になると碌でもないな」
「ダメだ。そんな奴は。戦ったら身体の形が変わっちまうよ……」
「あれ? コタロー、お前、身体が一回りデカくなったけど、人間としては変わってないな」
ロベルトさんはレベル上げの方法をある程度知っているのか。
「俺たちは五感と魔力の機能を上げることに特化したんですよ」
「それでレベルが上がるのか?」
「上がりましたよ。スキルも、そういうスキルばかりを取って、全然戦闘系のスキルは取りませんでした」
「無駄なスキルを取り過ぎたのかもしれない」
「筋肉つけてスキルを上げればレベルが上がるわけではないんだな?」
「順番が逆というか、感覚を上げてスキルは五感を調節するようなものを取ってましたね」
「知らなかったな……」
「温泉に来ている爺さん婆さんは誰も知らないぞ」
「そうなんですか」
でも、言われてみると、今までレベルやスキルについてロベルトさんやセイキさんのように考えるのが普通だったから、レベル50を突破する者がいなかったのか。
「つまり皆、強くなりたいけど、それぞれで強さの正体が違うってことですか?」
「何を言ってるんだ?」
「レベルってはっきりした強さがあるだろう?」
レベルっていうシステムがあるけど、システム自体は疑わないのか。
「じゃ、スキルも?」
「レベルが上がればスキルが増えるだろ?」
「スキルを使いこなしていけば、上位スキルも発生するってもんだ。違うのか?」
「違わないです。でも、同じスキルばっかり使っていると、スキルで使う筋肉しか付かないのでは?」
「いや、そうだが……。ダメなのか?」
「レベルが上がりにくいことをわざわざやっているような気になってきません?」
「な、なんだって!?」
ロベルトさんとセイキさんには、相当ショックだったようで言葉を失っていた。
「でも、そうしないと野生の魔物は倒せないし戦いにも負けるんじゃないのか……」
「そうだ。素早く斬らないとスライムなどそのうち再生してしまうだろう?」
「なるほど……」
だから、市場にスライムの魔石が出回らないのか。つまりスキルの精度を上げることとレベルを上げることが両立しなくなるってことか。
「でも強い魔物を倒せるわけですよね?」
「強い魔物は自分のスキルで倒せそうにないものとは極力戦わない方がいい。スキルを上げようとして挑み散っていった冒険者たちをいくらでも見てきたんだ」
「唐突にボスみたいな魔物が現れることはあるでしょ?」
オークウィザードの出現は唐突だった。
「撤退することは己の弱さを認める勇気ある行動だ」
ロベルトさんは自信を持ってそう言った。
緊急事態になると確かに思考力は低下するだろう。でも、撤退を正当化できる言葉がすぐに出てくると、タイミングを見計らうこともできなくなってしまうのか。
レベルとスキルではなく、精度とタイミングを鍛えることには、やはり意味があるようだ。
「そうか。やっぱり、ちゃんとツアーが必要なんだ……」
「だ、大丈夫か?」
エキドナが心配そうに俺を見た。
「教官たちはまだ強くなりたいですか?」
「なれるものならなってみたいけど……。もう、爺だからな」
「強くならなくても、冒険者ギルドの教官は務まる」
今は冒険者ギルドで教官をしているのか。
「もし、俺の計画が上手くいったら、倉庫で警備の仕事をしてもらえませんか?」
「構わんが、俺たちを強くするつもりか?」
「これ以上レベルが上がるなら、警備でも掃除でもなんでもやってやるよ」
「言いましたね」
どこかそこそこ強い魔物がいる場所は、と考えるまでもなく、倉庫の奥には『奈落の遺跡』がある。リッチが番人のような魔物発生地帯だ。使わない手はない。
俺はしばらく温泉への道を塞ぐ瓦礫を片付けながら考えた。
「あ、土産がアラクネさんの家にありますから、持って行ってください」




