81話「辺境の町へ帰宅」
翌日、俺は学校に退学届けを出しに行った。
「休学でもいいじゃないか」
土蜘蛛先生は最後まで引き止めてくれた。
「けじめですよ。自分がこの学校に来て数か月でレベル50以上になれたという記録にもなるし、魔王の言葉をちゃんと読み解けばどこででも学問はできるし強くもなれると実績にもなるので」
「確かに、間違っちゃいないが……、人間の学生が来ることは稀だからね」
「そのうち来ますよ。ツアーだって、魔物だけじゃなく人間にも募集はかけますから」
「この学校もツアーの中に含まれるのかい?」
「ちょっと教えてあげてください。謝礼は弾みますから」
「研究費が少なくなっているから、それはありがたいのだけれど、なるべく早めに頼む」
土蜘蛛先生は哲学者のようなところがあり、話す学生がいないとつまらないのだとか。
薬学の先生と武術の先生にも挨拶をして、山に行っているコボルト先生にはお礼の手紙を書いておいた。図書館のヴァンパイアは魔物たちを呼ぼうと紙芝居のようなものをやっていた。
ミノッちゃんは自分の店舗を持って、屋台の店主たちに貸していた。
「店舗のオーナーになったの?」
「いや、マネージャーみたいな感じ。時間割で貸して終わったら掃除してるだけだね。コタロー、最近見なかったけどどこか行ってたの?」
「ああ、旅に出てたんだ。友達2人とね」
「いいなぁ。私もお金が貯まったら、少し旅に出てみよう」
「よかったよ。今度、辺境にも遊びにおいでよ」
「行くよ。え? 辺境に帰るの?」
「そう。世話になったね。ありがとう」
「なんにもしてないけど……。お土産買うなら、ピクルスあるよ」
「買うよ」
俺はミノッちゃんが元いた八百屋でピクルスを買い、お土産にした。辺境にはあまり本屋がないので、本も買っておく。魔物種族図鑑などは、普通に自分が欲しかったから買った。
魔王の墓参りをしてから半人街の人たちに「お世話になりました」と挨拶をして中央の町を出る。
特に急ぎでもないが、なぜか走ってしまった。力はついているし、速度も上がっている。
途中で暴風雨で道が塞がっている山道があった。工事中とのことだが、のんびりゴーレムたちが作業をしている。中央からの道が塞がると、辺境としては困るので少し手伝った。
土砂を掻き出して崖から放り投げるだけだが、量が量だけに結構大変だ。土砂よりも大きな岩が落ちてきて大変だというので、大きな岩を動かし、アラクネの紐と杭で地面に固定していく。ゴーレムの言葉を覚えておいてよかった。
川を進む荷を運ぶ小舟も違って見える。
「中央まで行くんですかぁ?」
手を振ってゴブリンの船頭に聞いてみる。
「いや、沼地さ。フロッグマンのね。乗せていってやろうか?」
「いいんですか」
「この先に山賊が出たって言われてて、ちょっと怖いんだ」
「あ、乗ります!」
川原の小石をいくつか拾って小舟に飛び乗った。重心が見えていたから、それほど揺れない。
「船には慣れてるのか?」
「大森林の大渓谷から岩石地帯まで船旅をしてたんですよ」
「へぇ。向こうの船はもっと大きいだろう?」
「大きな商店街みたいでしたよ」
「いいなぁ。こっちは山も急だし、川も狭いからなぁ。船旅かぁ」
トスッ。
のん気に会話をしていたら、俺の乗っていた船首に矢が刺さった。
「なんだ!?」
船頭が慌てている。
山賊らしい。藪に隠れているが3人いる。矢に毒を塗っているわけでもなく、小石を投げて撃退。
「ぐげっ!」
一人倒せば逃げるかと思ったが、意外とその場にいたので3人とも小石で倒しておいた。
「よく見えるな」
船頭は感心していた。
「あれだけ気配が出ていれば、見えますよ」
「そういうもんか。ヴァンパイアは鋭いねぇ」
船頭は俺のことを魔物だと思っているらしい。一々訂正するのは面倒なので、そのままにしておく。そのうち、人間も魔物の国にたくさん来るようになるだろう。
フロッグマンの集落に着く前に山賊を倒したことにお礼を言われた。
「いや、別に……」
謝礼を出そうとした船頭を止めて、半ば逃げるように船から飛び降りた。
「船賃です」
「いいのか!?」
「ええ」
「俺が山賊を倒したことにするかもしれないぞ」
「他の山賊に狙われないように気をつけてください」
「わかったぁ」
小さくなっていく船を見送った。
強くなって一人になるとこういうことがおこるのだろう。旅の間はリオもロサリオもいたので、謝礼を貰っていたかもしれない。路銀があるならどうでもいいと片付けていただろう。
「自分の価値は自分で決められる、か……」
強くなると、当然護衛としての価値は上がる。
これがレギュラーとして依頼を請けた仕事なら、相対的な評価を考えた金額を貰っていただろう。
ただ、レベル50を超えた者はそんな依頼を請けられない。他のレギュラーの仕事を奪うから。あの船頭にはレベル50を超えた護衛の代金は支払えないだろう。船で稼ぐよりも高くつく。
「安全に対する対価か」
自分を低く見積もっても依頼の値崩れが起こるし、高く見積もれば依頼者が借金を背負うことになる。
「レベルが高くなると依頼がなくなるのか。だから高名輪地区なんて作ってるんだろうな」
独り言をぶつぶつとつぶやきながら、俺はアラクネさんの家へと向かった。
見知った道なのでそれほど時間もかからず山まで辿り着いたが、温泉へと向かう道が崩れていた。大雨があって復旧していないのか。
「なんかあったかな……」
ちょっと心配しながら、山の中をかき分けてアラクネさんの家に急いだ。
「ただいまー」
ドアを開けると、中でアラクネさんとエキドナ、ラミアたちが床で寝ていた。家に入る前から酒の匂いがしていたので、豪快な酒盛りをしていたらしい。酔っぱらっているだけなら問題はないだろう。
「どうしたの? 送った酒が強かったい?」
「あれ~? コタローじゃない?」
アラクネさんが目をこすりながら起き出した。
「……コタロー!! 何でいるの!?」
「いや、レベルが50を超えたから、戻ってきたんだ。大丈夫?」
「大丈夫じゃない! ごめん、気が動転して……」
「とりあえずお土産買ってきたよ。これ火山地帯のお菓子と、中央で買ったピクルスね。落ち着いたら顔を洗うといいよ」
俺はとりあえず、ベッドのシーツを洗うことにした。誰かが使って臭っている。
窓を開けて外の空気を取り込む。おそらく数日窓を開けていないんじゃないかというくらい汗臭さが漂っていた。
井戸の水をくみ上げて、シーツを洗濯する。強く絞り過ぎると破けてしまうので、力を調整しながら水を切り、アラクネの紐を洗濯紐にしてかけておく。
すでに昼過ぎ。夜までに乾くだろうか。
「あの……。怒ってる?」
アラクネさんが起きてきて、寝癖を直しながら聞いてきた。
「怒ってないよ。無事で何よりだよ。嵐があったみたいだから心配したんだ」
「そう! 嵐があってね。温泉のお客さんのおじいさんとおばあさんたちと一緒に堤防を作って、町で試飲祭りを開催して……。今、何時?」
「昼過ぎだよ。そんなに飲んだの?」
「いや、試飲祭りからなぜか人間の町からたくさんお酒が届いて、次はこの酒で祭りを開催してくれって頼まれて……。エキドナたちを呼んだことまでは覚えているんだけど……」
「それ毒じゃない?」
入った時には毒の香りはしなかった。むしろブランデーのような匂いがしていた。
「毒ではないと思うけど、強いお酒だったみたい」
「そうか。ならよかった。倉庫はどう? 嵐の被害出た?」
「いや、ブラウニーたちがしっかり守ってくれて、もうすっかり倉庫らしくなってるよ」
「本当! 後で見に行こう」
やることは多そうだ。
「エキドナたちを起こして、温泉も復旧しないとね」
「うん。コタロー、あのね……」
「ん?」
「おかえり」
「ただいま」
笑ったアラクネさんは酒臭かった。
試飲祭りを開催するくらいだ。町の人間たちとも交流していたのだろう。会社の名前を広げ、守ってくれていたのか。倉庫業は形がないものを売っているので大変だ。
無理して飲みたくもないお酒を飲んでなけりゃいいけど……。




