80話「旅の終わり」
「小僧ども、少し遊んでいけ」
腹に響く声がした。振動がビリビリと伝わってくる。
天井に大きな蛇が這っていた。絶対に関わってはいけない種類の魔物だ。威圧感だけで言えばオークが繋がったミミズほどある。
「この姿では恐れられてしまうか?」
一瞬で蛇が姿を変えて人型になり、大きなリザードマンが背後に立っていた。
ギィンッ!
リオの居合抜きを人差し指で止めていた。
「悪くないが、威力が弱い。おい、黒龍『スキル封じ』はやめろ!」
「使ってませんよ。バジリスクさん」
「なに? 小僧、悪魔の技術を使わずに俺に勝てそうか?」
「勝つつもりですよ」
ロサリオの槍が唸る。バジリスクと呼ばれた魔物が壁に吹っ飛ばされた。
「槍を持って行かれちまった」
ロサリオの手の皮が破け、持っていた槍が消えている。
「問題は?」
「ないよ」
ロサリオは回復薬で手の傷を治し、笛を手にしていた。笛の音で一気に俺たちのテンションが上がり、感覚が鋭くなった。
バジリスクは砂煙の中で追撃が来るのを待ち望んでいるらしい。筋肉のちょっとした動きも見える。
ププププッ……。
リオが口から炎の槍を吐き出し、バジリスクに放った。
目くらましなので、俺はその間に罠を張る。固いアラクネの紐を部屋中に張り巡らせる。
「悪くねぇ攻撃だ。仕方ない。返してやるか!」
バジリスクが砂煙から飛び出してこちらに向けて飛んできた。俺は思い切りアラクネの紐を引いて、バジリスクの身体にまとわりつかせ勢いを殺す。
ロサリオの鼻先三寸で槍の穂先が止まった。
「悪くねぇ!」
ボッ!
バジリスクの口から熱線が飛び出した。遺跡の床と壁が焦げ吹き飛ぶ。
「それは協定の範囲外……」
黒龍の声が聞こえた。自分の部屋が壊されているのだから、怒るのはわかる。道連れになってもらおう。
カコンッ!
俺はバジリスクの顎をハンマーでかちあげた。熱線が天井に走り、部屋が崩壊していく。
リオとロサリオも視線を送ってきて、何をしたいのかすぐに気付いたらしい。
俺たちは一斉に駆け出した。
「ふふふ、熱線がひとつだけだと思うなよ」
縦横無尽に走る俺たちの後ろを3本の熱線が追いかけてくる。黒龍は熱線を弾いていたが、震えていた。
ゴッ!
黒龍が切れて雨を発生させ、熱線を乱反射させている。熱線がどこに行くかわからず、火炎竜のマントを取り出したが、あっさりと熱線で焼けてしまった。
煙玉で煙を出して熱線の威力を拡散。しかし熱線の勢いは止まらず、ひたすら逃げ続けた。
「いい加減にしてくれ!」
黒龍が声で天井に大きな穴をあけ、瓦礫が落ちてきてバジリスクの頭にぶつかった。
気づけば部屋は災害でもあったかのように崩壊している。
「バジリスクさん、他人の部屋を何てことしてくれるんですか!?」
「いや、違う。ちょっとあいつらの実力をだなぁ」
「見てくださいよ。なにも違いませんよ!」
バジリスクと黒龍が争っている間に、鉄の扉から俺たちは出ていった。
できるだけ関わらないように、俺たちは一目散で『闘竜門』から脱出。翌日の昼になっていた。
食料を買い込み、宿へと戻った。
「本当にレベルが50以上になってると思うか?」
「さあ? まぁ、なっていたら、俺の旅はここで終わりだ。二人ともありがとうな」
「いや、こっちこそありがとう。リオは残るのか?」
「一緒に中央に帰るよ」
「だったら、竜の乗合馬車を使ってみようぜ」
「いいな。俺もそのくらいなら金が余ってる」
「俺もだ。どっかで武器を揃えられたらいいんだけど……」
ロサリオはバジリスクに槍を取られたままだ。
「あの槍に愛着があるのか?」
「それほどないけど、一緒に旅をしてきたからな」
「新しいのを買ってやるよ」
「いいのか?」
「いいよ。俺がレベル上げられたのもロサリオのお陰だし」
「いや、やっぱりやめておく。自分で買うよ。その方がいいような気がする」
「自分の得物は自分で鍛えるか……。俺も新しい刀を買おう」
旅が終わる。
期待と寂しさが入り混じった感情で、その日は眠った。
翌朝、天井にレベル52と表示されていた。各種ステータスは上がり、スキル欄にはいくつものスキルが発生している。どれを取るべきなのか、未だわからない。
「俺はレベルが52だ」
「俺は51」
「53」
リオが一番レベルが上がっていた。
「獣魔系は後半伸びが悪くなるのかな?」
「そうかもね」
「コタローの説は正しかったんじゃないか?」
「何の説だ?」
「身体の変化、五感機能と魔力操作の向上によってレベルが変化するって」
「それを言うなら、帳尻があっていくという説も当たってるんじゃないか?」
「そうだな」
「どっちでもいいけど、俺はこれからレベル上げのツアーを考えないと……。でも、とりあえず今は食うか!?」
「おう!」
「腹減ったぁ~!」
俺たちは買い込んであった食料を片っ端から食べ、井戸で身体を身ぎれいにしてから、さらに町へ食料を探しに行った。
「あんたたち、大食い大会でもしてるのかい!?」
食堂にいたラミアのおばちゃんに聞かれた。
「レベルが上がって腹が減ってしょうがないんです」
「すみませんけど、お代わりお願いします!」
「酒があれば樽で頼みますから」
とにかく食べて飲んだ。
料理店に食材がなくなったら、次の料理店に向かい食べ続け、4軒回ったところで、ようやく腹が満たされた。3人とも汗の湯気が立ち上っている。ミシミシと体が作り替わる音が聞こえてきた。
「おおっ! やっぱりこの騒ぎはお前たちだったか……」
声をかけてきたのは『闘竜門』の入り口にいた職員だった。
「ものすごい偉い古龍が、お前たちに渡せと言ってきたんだ」
職員はロサリオにきれいな槍を渡してきた。
「バジリスクの歯で作ったものだそうだ」
「怒ってたからなぁ……」
「それから、こっちは竜鉄鉱で作った刀だ。魔力が吸われるから気をつけろってさ」
「俺にもあるのか。ありがたい」
リオが刀を受け取っていた。魔剣の一種だそうだ。斬った相手の魔力を吸い取ってしまうのだとか。
「俺には?」
「人間のお前にはすでに渡してあるそうだ」
「ツアーの権利か。それで十分だ」
「本当にいいのか? 2人にはあって、お前にはないんだぞ」
職員は納得いかないらしい。
「いいんだよ。本当に貰ってるんだから」
「そうか。なら、これを渡せって。なにかを欲しがったら、やるなと言われていたんだけどな」
職員は『闘竜門の御用聞き』と書かれた金属製のカードを渡してきた。
「御用聞き?」
「ああ、古龍相手に商売できるようにって」
「わざわざ、こんなものまで作ってくれたのか。世話をかけるなぁ。『奈落』に行きたくなったら辺境に来てくれと言っておいてくれ」
「そんなところ誰も行かないよ」
「自分がレベル50を越えても?」
自分が身につけた強さはどこまで通用するのか知りたいのが人情だ。強さを確かめる場所は、『闘竜門』に『奈落の遺跡』だけ。しかも『闘竜門』は実力主義を掲げながら家系主義のドラゴン族に管理されているとすれば、『奈落の遺跡』を選ばない方が難しい。
「とりあえず、餞別ありがとうございます。また仕事が決まったらお客さんが来ると思うのでよろしくお願いします」
俺は『闘竜門』の職員にお礼を言って、ステーキ肉の最後の一切れを頬張った。
「リオ、温泉ってあるか?」
「あるぞ。火山地帯だからな。行くか?」
「熱すぎるんじゃないか?」
「そうでもない。しかもすぐそこだ」
街はカルデラというくらいで窪地にあり、底の方に熱い温泉が湧いている。その温泉を冷まして底周辺には温泉施設が並んでいる。しかも料金を取ることもなく、各家系の引退したドラゴンたちが運営しているのだとか。
「タオルとか桶の使用料でお金を取っているからな」
「なるほど、そういう業態もありだな」
俺たちは満腹になった腹を揺らしながら、温泉へ向かう。
「ここかぁ」
タオルも桶も銅貨1枚。安くて助かる。薬草風呂なんかもあり、充実していた。副業のためにちゃんとメモをしておいた。
レベルが上がったため、俺たちはちゃんと身体をこすってから湯船に入った。
チャポン。
湯船も広々として足も伸ばせるし、ドラゴンの姿でも入れる風呂もある。
「充実してるなぁ」
「本来の旅はこうだよな。たらふく食べて温泉に入る」
前の世界を思い出してしまった。
「そうなのか? いろんな緊張が抜けていくようだよ」
「気持ちいいなぁ」
ゆっくり温泉に浸かり、牛乳まで飲んだ。
宿の部屋を引き払い、汚したお詫びに心付けも渡した。
「シーツもマットも買い替えだろうな」
「それだけ汗かいたんだよ」
「無事に帰るまでが旅だぞ」
「そうだな」
俺たちは土産をたくさん買いこみ、金貨を払って『竜の乗合馬車』に乗った。
「中央の近くで下ろしてもらえれば……」
「あい、わかった」
大きな飛竜は野太い声でそう言うと、空高く飛び上がった。カルデラの町は小さくなり、旅した岩石地帯も大渓谷も大森林も思い出がよみがえってくる。
「すごい夏休みだったな」
「元の生活に戻れるかな」
「俺の学生生活も終わりか……」
「「え!?」」
「そうなのか?」
「ああ、だいたい魔物の国も巡っただろ」
「いや、まだ南部の海岸地帯や山岳地帯には行ってないぞ」
「そうだ。南部には群島もあるし、塔の遺跡だってあるんだ」
「そうか。でも、レベル50以上になったら辺境に帰るって約束なんだ。それに『奈落の遺跡』を解放しないといけないからさ」
「コタローはそれが目的だもんな」
「レベル上げが目的だったけど、ちゃんとコタローには目標があるんだよな。今ならなんにでもなれる気がして迷う」
「俺もさ」
リオもロサリオもレベルが上がって、選択肢が増えた。
「二人とも高名輪地区に住めるんじゃないか?」
「ああ……」
「そうだけど……、いざ、レベルが上がるとまるで興味がないね」
「古龍は暇そうだったし、黒龍も大変そうだったからなぁ。人を雇うのもいろいろ見ちゃったし……」
「少なくとも山賊として徒党を組むことはないね」
「あれは意味がないな。レベルが上がっても、学校には行くと思う。魔物の種族が集まっているし、道具についてもちょっと勉強しないと……」
「のん気に過ごしてたら、レベルが下がりそうだしな」
「魔王の文献も探そう」
「なんかあったら辺境まで来てくれ」
「そうする!」
「ああ、絶対行くと思う。迷うだろうからな」
中央付近に下りて、飛竜にお礼を言って見送った。
中央までは歩きだ。寂しいが、リオとロサリオの二人と話しておきたいことはすべて話した。また会うその日まで、それぞれの経験を積んで面白い話ができるようにしないと、なんだか一緒に旅したものとして恥ずかしい。
2人が今後どうなるにせよ、振り切っていて欲しい。
そんな願いをしながら、肩を並べた。
別れの言葉はない。町中に入ったら、手を上げてそれぞれの家へと帰っていく。
半人街は旅立った日と変わらず、活気があり働き終えて酒を飲む魔物で混んでいた。
アラクネの織物屋はすでに今日の営業を終了している。
「ただいま」
中に入って、台所に行くとアラク婆さんが驚いた顔をしていた。お茶菓子をこっそり盗み食いしている最中だったらしい。
「コタロー!」
「ただいま帰りました。ちょうどよかった。火山地帯のお土産を買ってきたんです」
「おかえり。なんだい? 帰ってくるなら手紙の一つでも寄こしてくれればいいのに」
「いや、どっちにしろ竜の乗合馬車で飛んできたので、手紙を書いても間に合いませんでしたよ」
「そうかい。ああ、そうだ。大渓谷の工房長から連絡があった。ちゃんと影隠しのマントを返してくれたそうだね」
「あ、連絡取れたんですね。よかった」
「で、どうなったんだい? 火山地帯まで行って」
「レベル52まで上げましたよ」
「52!? 高名輪の仲間入りじゃないか!」
「そうですね。まぁ、でも別に仲間に入らないですけど……」
「たった数日だろう?」
もっと長く旅をしていたように思うが、確かにひと月もかかっていないかもしれない。
「魔物の常識が変わっちまうよ。わかってるのかい?」
「ええ。そのために試行錯誤をしたんで……」
「もうちょっと称えられたいとか、論文を発表するとかしなくていいのかい?」
「いいでしょう。普通に魔王の句を読んだだけですし。称えられても仕事にならないですからね」
「そうだけどさぁ」
「それに俺一人じゃなくて、一緒にいった2人を褒めた方がいいですよ。俺はすぐ辺境に戻りますし。このお茶貰っていいですか?」
「いいけど……。辺境に戻るのかい?」
とりあえず、戸棚のハーブティーを貰って、勝手にお茶を淹れる。
「ええ。ツアーの準備をしないといけませんからね。土蜘蛛先生に挨拶をしたら、辺境へ帰りますよ」
「そうなのかい……。ちょっとぉ! 子どもたち~! コタローが帰ってきたよ~!」
アラク婆さんはアラクネの娘たちを呼んでいた。




