8話「結ぶ縁を探すヒモ男」
猪の干し肉ができたので紙袋に入れて、世話になった鍛冶屋と薬屋に持って行くことにした。
「別に見返りは求めないの?」
アラクネさんは不思議そうに聞いてきた。
「そもそも、これがお返しだよ。人同士はなにかと迷惑をかけ合って生活しているからね。こんなに干し肉があってもアラクネさんと俺だけで食べないでしょ?」
「そうね。でも、売ればいいんじゃない?」
「どこで? 売る場所を考えたり、価格を考えたりするって、結構大変だし、競合の屋台に迷惑をかけることがあるから、やっぱりお裾分け程度が一番楽なんだよ。向こうは無料だしさ。こっちは日頃の感謝を伝えられて、美味しいって言ってもらえたら嬉しい。でしょ?」
「お金じゃなくて、気持ちね」
「そう。俺たちは、姿かたちは違うけど、気持ちはわかり合えると思ってんだ。前の世界にいた時、すごい失敗をして、気持ちが沈み過ぎて何も食べられなかったことがあるから、気分や気持ちってすごい大事だと思ってるんだよね。そんで、きっとそれが町の発展にはいつかつながるといい」
「気長な計画だけど、いいと思うわ」
トレーダーをしている人なら皆経験していると思うが、ドカンとやられることがある。二度とやらないと心に誓うのに、勝負どころというのは必ず来るもので、反省ばかりしていた。
その度に、仲間に励まされた。批判も含めて、それがありがたかった。
今世になっても人付き合いだけはよくしようと思う。
「アラクネさんまで付き合わせて悪いけど」
「いいのよ。私は人の生活を研究している魔物なんだから。そう言う文化があると知りたいの」
街はずれの鍛冶屋では、鉄の金庫を作っている最中だった。
「おう。ナイフを研ぎに来たか?」
「いえ、頂いたナイフで切った肉を干し肉にしたんで、良かったら食べてください。ちょっと野性っぽい味がしますけどいけます」
「そうか。酒のあてになるな」
「金庫ですか?」
「ああ、先日、ここが人と魔物の町になってからはじめて泥棒が出たんだ」
「今までなかったんですか?」
「ああ、人と魔物が暮らしているっていうのにな。皆、誰かを疑いたくないから被害を言わなかったのかもしれない。ただ、今回は犯行現場を見つけてしまったんだ」
「誰が犯人なんです?」
アラクネさんは、魔物が犯人だと、また悪い噂が流れるんじゃないかと思って前のめりで聞いていた。
「リザードマンの奴隷だ。奴隷商を抜け出して、食べ物でも盗もうと大きな建物に入ったら、そこが銀行だったらしい」
「そうか。奴隷商が来ましたか」
今まで町で奴隷商なんて見たことはない。
「ああ、しかも魔物をトレードする奴らだ。一昔前なら、悪い魔物使いで済んでいたが、今は時代が違う。この町にとっては最も来てほしくない奴らだよ。銀行も仕方がないから、金庫を買って自衛するしかないんだ」
「なるほど」
「最近は、どうしてたんだ?」
「山の方で温泉を掘ってたんですよ。ケガをした冒険者を誘致できないかと思って」
「ああ、なるほどな。どうせ配管は適当だろう?」
「そうなんです。今度、パイプを作ってもらえませんか?」
「わかった。予定に入れておくよ。急いでないんだろ?」
「ええ、のんびりやってます。お手すきでお願いします。お金は用意しておきますから」
「わかった」
ドワーフの鍛冶屋に仕事を頼んでから、街中の薬屋へ向かった。
人と魔物が行き交い、広場はちょうど昼時ということもあって混んでいた。魔物の中には朝しか食べないという種族や、夜中にしか行動しないという種族もいたが、今では皆昼頃には広場に集まり、出来立ての料理を買っている。
単純に、昼時の料理は安いのだ。夜になると、酒も出てくるから需要が高ければ価格も高くなる。商売なので仕方がない。
屋台では、時間が経っても美味しさを保てる料理が増えているらしい。
「食材が多いのに、皆、作らないのね」
アラクネさんと俺はほぼ自炊だ。ほとんどアラクネさんが作ってくれるが、前の世界で一人暮らしの長かった俺も、時々肉野菜炒めを作ることがある。調味料があればもっとおいしくなるはずだが、それだけではないことは自覚している。
「単身者が多いんじゃない?」
「あと、魔物は人が食べているものが気になるんだと思う。食材そのもので食べる種族が多いから、料理っていうのは特別美味しく感じられるのよ」
料理そのものが人特有の文化だったようだ。言われてみると、魔物の屋台は串焼きなど、焼き加減を見る料理が多いが、人が出す屋台では、煮物や肉野菜炒めなど、食材を組み合わせたものがほとんどだ。
徐々に、魔物たちも人が食べているものに興味が移っている時期なのだろう。唐辛子を入れた煮物が飛ぶように売れていた。
ゴブリンの親子が顔を真っ赤にして食べている。
「あれって、辛いの?」
「辛いけど、野菜の甘さもあるから美味しいんだと思うよ。後で買ってみようか」
「うん」
薬屋に行くと、冒険者たちが回復薬を買い求めていた。害のある魔物でも発生したのだろうか。
冒険者たちが出ていったのを確認して、薬屋に声をかけた。
「こんにちは。回復薬は売れてますか?」
「ぼちぼちだね。害獣はほとんど発生しないけど、無法な山賊は多いからあんたたちも気をつけな。ほら、いつの間にか借金を背負わされて売られる魔物もいるみたいだからね」
「魔物を売る奴隷商がいるみたいですね」
「ああ、街外れのテントで売ってるみたいだけど逃げ出す奴隷もいるから、山賊が増えちまう。ああやって護衛の仕事を増やそうとしてるんじゃないか?」
「マッチポンプという奴ですか」
「どこで、どうつながってるかわからないからね」
奴隷商が山賊かもしれないというのは、考えられる。
とりあえず、薬屋には干し肉を渡した。
「狩りすぎて肉が多いんですよ。よかったら食べてください」
「ああ、ありがとう。いい匂いだね。あ、そうだ。アラクネ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「え!? ええ」
棚の回復薬や毒消し草をじっと見ていたアラクネさんが、慌てて振り返った。
「吸血鬼がお得意さんになったんだけど、彼らに回復薬を売ってもいいのかな? 一応、不死者の仲間だろう。回復薬を使って身体が溶けたりはしないのかな?」
「回復薬にもいろいろ種類があると思うんですけど、にんにくのような血流に影響するようなものが入っていると彼らは血の種族なので、酩酊状態になるようなんです」
「はぁ……! なるほどね!」
エルフの薬屋は、アラクネさんの話をメモを取り始めた。
「逆にワインとかは大丈夫なのかい? よく酒の匂いをさせているけれど」
「アルコールで血流をコントロールしていると聞いたことがあります。あと吸血鬼にとって肝臓は重要な臓器だとか」
「なるほど、ウコンとか試してみようかな」
エルフの薬屋は魔物に合わせた薬を作ろうとしているようだ。
「お客さんに合わせた薬ですか?」
「そうなんだ。魔物はいろんな種族がいて面白いね。この前来た腕が折れた骸骨剣士にブルーベリー入りのミルクとキノコ汁を食べさせてみたんだ。そしたら、すぐに治って、いろんな魔物を紹介してくれるようになったんだよ。まだ魔物の薬屋は少ないみたいだね」
「そうですね。アルラウネっていう植物の魔物がいるんですが、薬というか痛みを散らすような液体を出すことはあるんですけど、なかなか魔物の種族にあった薬を出すお店はないのかもしれません」
「参考になったよ。ありがとう」
「いえ、町の魔物にも貢献できればいいので」
この町はまだ魔物を受け入れ始めたばかりで、お互いを知る時期だ。
「あんたたちみたいな、人と魔物の仲介役はこれからもっと必要になってくるから、教えてやってくれないか。奴隷商の奴隷も買いたいと思っている人間は多いはずだけど、どう接していいのかわからないから手が出ないのさ」
「そうなんですね。でも、脱走した奴隷が泥棒を働いたとか」
「あれも奴隷が売れないから金もない奴隷商が、飯も出さないから起こった事件だろう?」
「全部、繋がってるんですね」
「そうだ。せっかくの人と魔物を繋ぐヒモ男なんだから、違う縁を結んでやれないかな?」
「わかりました。ちょっと考えてみます」
この町ではお金よりも大事なことができそうだ。お金を追い求めていた前世の自分を、ふと思い出した。