78話「闘竜門の一階層」
オリエンタルな龍の装飾が施された門の側には、疲れたドラゴン族たちが集まっていた。門の横には小屋があり、外に試し斬りするためか木で作った人形が置かれている。
「今から入れますか?」
リオが小屋の窓から声をかけていた。
「あ? ああ、いいぞ。はぐれ竜とお付きか?」
「まぁ、そんなところです」
俺たちはニヤニヤしながらリオのお付きになった。肩書はなんだっていい。
「そこにある木人を殴ってみろ。動かせたら合格だ。今日はドラゴンも魔物も碌な奴が来やしねぇ。そろそろ閉めるところだったんだ」
ドラゴン族の職員は愚痴を言いながらも何か通行証のようなものを用意してくれた。
木人と呼ばれる人形には防御魔法がかかっていて、ちょっとやそっとじゃ傷つかないようにできている。
「お前たち荷物を置いても……」
職員が喋っている間に、木人の防御魔法の隙間にリオが刀で切れ目を入れ、ロサリオがその切れ目に槍を突き刺す。
パコーン。
最後に俺がハンマーで人形を打ち上げた。ちゃんと誰もいないところに目掛けたので、被害は出ないはず。遠くの鍛冶屋の前まで飛んでいってしまった。
「入っていいですか?」
「あ? ああ……。お前たちどこまで行くつもりだ?」
「いや、行けるところまで」
「……そうか。もう日暮れだから、夜中に帰ってきてもいないかもしれん」
「わかりました。ありがとうございます」
夜中に怪我して戻ってくるなってことだろうか。
リオに聞くと「好きにしろ」ってことだろう、とのこと。
俺たちはしっかり荷物を担いで、入門証というカードサイズの金属板を持って『闘竜門』に入った。
中は通路ばかりある遺跡のようになっていて、至る所に罠が張られていた。とりあえず、すべて解除して矢を回収していく。
火吹きトカゲもたくさん出てきたが、前日に呪われた群れを倒していたため、なんとも肩透かしを食らったような気がした。
「本来、火吹きトカゲってこんな弱いのか」
「そうだな。なんか弱く感じるけど、こんなもんだぞ。たぶん」
通路の抜けた先には広い部屋があり、遺跡の石材が崩れ落ちていた。その石材の影にリザードマンらしき魔物たちが身体の色を変えて身を潜めている。
「これはどうする?」
「隠れているつもりなんだから、おびき寄せるのが正解か?」
「蜘蛛の巣玉を投げておくのが正解なんじゃないか?」
「それだな」
身を潜めているところに蜘蛛の巣玉を投げて、リザードマンたちを石材に固定。「なんだこれ!?」「くっつくな!」など声を上げていた。
「野生種じゃないのか」
「まぁ、どっちでもいい。先を急ごう」
「落とし穴、解除しておくからなぁ」
部屋の罠を解除。全て材料を拾っておく。ついでにリオたちはリザードマンの武装解除をしていて、砥石と携帯食料少しばかり貰っていた。
「すまんな。腹が減ってしょうがないんだ」
「出口は向こうにある。夜道は怖い魔物が出るから気をつけて」
リオとロサリオは忠告しているが、俺たちも『闘竜門』は初入門だ。
ただ、罠の位置もわかるし隠された宝箱も見えるので、なんだかアジトに帰ってきた盗賊のような気分だ。
「遺跡っぽいから盗掘屋みたいだな」
「確かに。でも、別に宝を見つけても悪いことじゃないんだろ?」
「ああ、主催者からのボーナスだと言われている。まぁ、ちょっと多いけどな。自分たちが使う武器以外は置いておくか」
「そうだな」
その後も火吹きトカゲやリザードマン、ラミアなどを倒していたら、奥に広い部屋が見えた。魔物が固まっている。
「寝ているのか」
「あの量はちょっと面倒だな」
「釣りだすか?」
俺は拾った罠の矢を大きな部屋に向けて仕掛けた。
「いいか?」
「ああ」
準備が整ったところで、ロサリオに小石を投げてもらった。
カツーン。
小石の音を聞いて、魔物が動き出した。
トスッ。
俺たちが身を潜めている通路に近づいた瞬間に、矢が飛び出した。
麻痺毒を塗っているだけなので、掠れば麻痺状態になるはずだと思っていたのだが、普通に刺さってしまった。死にはしないだろう。
麻痺状態になって倒れた仲間を見て、魔物たちがこちらの通路にやってくる。
トトトトト……。
仕込んだ矢が放たれ、一列に並んだ魔物の群れが順番に倒れ、状態異常になっていた。
「おかしい。弱すぎないか?」
「いや、普通は遠くにいる魔物の心音なんて聞こえないし、状態異常かどうかもわからないから、俺たちがおかしいんだ」
「そうか。そうだったかも」
俺たちは感覚器官が鋭くなりすぎているので、調節するスキルを使っているくらいだ。
大部屋にいる全員が気づいたようなので、毒矢はすべて使ってしまう。
通路から大量の矢が放たれた。
大部屋を覗いてみるとリザードマンや火吹きトカゲなどが倒れ、大きなドラゴンが一頭、羽に刺さった矢を振り払っていた。角が生え、翼も固い立派なドラゴンに見える。
「小賢しい真似を!」
ドラゴンは矢を火炎のブレスで焼きながら吠えた。
「あっれぇ~? お前、もしかして火炎竜のエースだった奴じゃないか?」
リオがドラゴンに話しかけた。
「なにを!?」
大きなドラゴンはリオを睨みつけた。
「ほら、やっぱり。一族の中でも早くレベルが上がって衛兵に就職したと思ってたんだけど、こんなところで何をやっているんだ?」
「誰だ!? お前は!」
「俺は、落ちこぼれのリオって者だ。中央で学生をやっていてな。休みの間に修行の旅に出たのさ」
「リオだと!? 私の知っているリオは、半端者のはぐれドラゴンじゃないか?」
「そう。それだ。運よく学生になれたんだ」
「では私は一族の面汚しを消し炭に変えてやろう!」
ドラゴンが大きく息を吸った直後、リオが逆鱗に峰打ち。ドラゴンはブレスも吐けずにもんどりを打ってひっくり返った。
「遅い。角は貰っておくぞ。レベルの上げ方を間違えるなよ」
スパンッ。
リオはドラゴンの角を斬り、鞄にしまっていた。
「何をする!? 私の自慢の角を……」
「鍛え方が足りない」
ドラゴンはゆっくりと倒れ、白目をむいた。
「何で倒れたんだ?」
「コタローの毒矢が効いたのさ。身体がデカい分、効果が遅れただけでな」
固い翼に防がれたと思っていたが、防げていなかったのか。
「知り合いだったんだろう? もうちょっと話さなくていいのか?」
「俺のことなんか大して覚えてないさ。それに衛兵をクビになって『闘竜門』で階層主として働いてる限り、このメスドラゴンと話すことはないよ」
リオは痺れて意識もないドラゴンを悔しそうに見ていた。憧れていた者が、いつの間にかすっかり変わってしまうことはある。誰しも常に成長できるわけではない。どこに向かっているのかすらわからない者もいる。
俺たちはドラゴンの後ろにあった通路から階段を下り、次の階層へ向かった。
「あのドラゴンは何を間違えたんだ?」
ロサリオが階段を下りながらリオに聞いていた。
「間違えてはいないさ。目指す方向を見失って周囲に目を向けている最中なんじゃないか。だから、あんなに部下を抱えていたんだと思う。ただ、部下の弱さを見て、自分が強いとしか思っていない限り強くはなれない。強さよりも地位の方が重要になったんだろうな」
「弱さと向き合い、部下を守る強さを持てなかったか」
「それだ。一人目のリザードマンが倒れた段階で、あのドラゴンが通路まで来ていたら違ったんだけどな」
「地位で他者は動くけど、自分は動けなくなるのか……」
ロサリオはしみじみと言いながら、階段を下りていた。




