77話「ドラゴンの秘密の特訓場」
役所に行って、職員に雷竜の日記を見せてドラゴンゾンビになっていたことなどを報告した。
「なるほど。一応上にも報告はしておきますが、過度な期待はしないように。ここはドラゴン族の町です。実力主義なので、競争に負けたり人化の魔法が使えないような実力がないものが落ちていくのは仕方がありません」
「一度家系から外れたら、セーフティーネットや他の領域への紹介などは受け付けないということですか?」
「そうは言っていませんが……。難しいかと思います。魔物でドラゴン族を敵視してない種族はいませんから」
「辺境はどうです?」
「辺境ですか?」
「自分は辺境から来た人間です。倉庫業を営んでいますが、現在は中央で学校に通い、休みの期間に彼らと一緒に旅をしている最中なんです」
「はぁ……。いや、辺境を勧めるということですか?」
「ええ。まだできたばかりの町ですから、はぐれたドラゴンを受け入れられる可能性はあります」
「ですが……実力もない者をいくら辺境に送っても、仕事ができるようになるわけではありません。違いますか?」
「倉庫業という職業をご存じですか?」
「いえ、知りません。保管庫のようなことですかね?」
率直に職員が聞いてきた。
「そうです。商品管理が主な業務になります」
「それでお金を稼げると?」
「そうです」
「俄かには信じられませんが……」
「でも成り立っているので、思い込みによって損失している機会があるわけです」
「はぐれたドラゴンも実力以上のことができるかもしれないと?」
「ドラゴン族の測る実力の物差しとは違う物差しが世の中にはたくさんありますから」
「なるほど。わかりました。それも含めて報告しておきます」
「よろしくお願いします」
「あの!」
要件が終わったところで、リオが声をあげた。
「闘竜門への試験許可証を頂けますか? 3人分。全員レベル30を超えています」
「嘘ぉ……」
ものすごく疑われた。俺とロサリオはそもそも『闘竜門』が何なのか知らない。
「いや、ドラゴン族は実力主義ですから、それが事実なら出せますけど……。試験会場に行った方が早いと思いますよ。今は、閑散期でいつでも試験には参加できるはずですから」
「そうですか。ありがとうございます。行こうぜ」
俺たちは役所を出た。
「リオ、『闘竜門』ってなんだ?」
「ドラゴンたちが他種族と戦う穴倉だな。まぁ、人間からはダンジョンと言われていたか。要は世界中のバトルジャンキーが集まる場所で、戦いの学校みたいなところさ」
「人間も来るのか?」
「俺もそんなのが火山地帯にあるなんて知らなかったぞ」
ロサリオも知らなかったらしい。
「ああ、階層主にはエルフもいる。言っちゃいけないことになっているけど」
「へぇ。そこがもしかしてドラゴンの闇か?」
「その通り。ドラゴンは空を飛べるだろ? 一族から追放されたドラゴンが強い者を探して連れてくれば、一族に復帰できる」
「リオも一族に復帰したくて俺たちを連れていくのか?」
「いや、そうじゃない。俺たちがどれくらい強くなっているのか確かめたいだけだ。それに殺さなくても倒しさえすればレベルが上がることもわかったしなぁ」
「そうか。誰と戦うんだ?」
「そりゃ、ドラゴンだ。ほとんどな。まぁ、各地から集めた種族もいるはずだが、自分たちより強い者を実力主義者たちが認めるはずはないだろ? 地位が脅かされるからな」
「でもドラゴンたちが日夜しのぎを削ってる場所で、俺たちが戦えるのか?」
「コタローなんてぴったりだと思うけどなぁ」
「ゴーレムの闘技場みたいに出禁になったりしないか?」
「出禁になるほど実力があるってことだろう? まぁ、俺も試験で落とされたから入ったことはないんだけど」
リオはその試験に落ちたから、中央に来たのだろうか。
「なんだぁ。ドラゴン族は自前で実力を測る場所を作ってたのか。しかも他種族には内緒で」
「一応、いくつかルールみたいなものはあるが気にしなくていいだろう。審判がいるわけでもない」
「実力主義を掲げているのに、ルール違反に抗議する奴はいないか」
「まぁ、なんにせよ。楽しみだ」
ロサリオも秘密の特訓みたいだと笑っている。
俺たちは酒場で報酬を受け取り、夕飯と『闘竜門』の準備をしてから宿に帰った。
「リオはこの町で育ったのか?」
ベッドに寝転がりながら聞いてみた。
「いや、もっと火山に近い町だ。私塾っていう名のなんだかよくわからないことを鍛えるところが沢山あってさ。算数や魔物学を習うんだ。中央に行けば一か月もかからないことを何年もかけて覚える。魔法にもランクがあるって教わったけど、中央の学校ですぐに否定されてたな」
「でも人化の魔法は教えてくれるんだろう?」
「まぁな。でも、それだけじゃないかな。10歳そこそこで、なんの職業に就くのか選ばされて試験受けて、弾かれたら中央に行って故郷には帰れなくなって。全部決められたとおりに……」
リオは窓の外を見ながら、つぶやくように話した。
「コタロー、旅に連れて来てくれてありがとうな。カルデラってこんな小さい町だったんだな」
「今のリオには小さく見えるか?」
「ああ。見えている景色も将来への可能性も成長力も、今の俺からすると、この町は狭すぎる」
「レベルが上がって見えるものも変わったか。俺も中央に帰ったら、変わってるのかなぁ」
ロサリオはナンパをする気が起きなくなったらしい。同じようなレベルの者と話したいが見つからないのだという。将来への展望も変わり、別に急いで女性と関わらなくてもいいという結論なのかな。
「コタロー」
リオが窓を締めながら俺を呼んだ。
「なんだ?」
「明日、荷運びの人間として『闘竜門』に行ってみてくれ。その方がドラゴンは侮ってくるから」
「わかった」
翌朝、俺はレベルが45まで上がっていた。一気に7も上がっていた。レベル30から上がりにくいというのは何だったのか。横のベッドではリオがひたすら自分の皮を剥いている。
「ダメだ。俺、レベルが上がり過ぎてる。腹が減ってしょうがない。飯買ってくるわ!」
髭面になってしまったロサリオが財布袋を持って部屋を飛び出した。
「俺も目、鼻、耳、触覚、全部上がってるなぁ。これ味覚も変わってるのか」
俺は今でも普通の人間だと思うが、宿中にいる人間が何をしているのか動向を探れてしまっている。もっと感覚を集中すれば、風の通り道すらわかると思う。
「町のドラゴンを見てみろ。弱点剥き出しで歩いている者だらけだ。どこを崩せばいいのかすらわかるだろ?」
「うっわ。本当だ」
「ここからは何体、古龍を倒せるのかの勝負になってくるなぁ。『闘竜門』に行くしかない」
「そうなのか?」
「レベル40を越えるとな。よほど緊急の依頼でもない限り、動けなくなってくるぞ」
「そうなんだ。リオもレベル40を超えたか?」
「ああ、種族の壁を超え始めているのかもしれない」
ベリベリと分厚い鱗がついた皮を剥き、ゴミの袋に詰め込んでいた。スキル取得は後回しでいい。身体がどれくらい動くか確かめるのもすべて後。俺もリオも空腹が限界に達し、財布袋を持って屋台が集まる広場へ向かった。
調理されている食べ物なら何でもいいと思い、とりあえず一軒一軒屋台を回って、買った食べ物をすべて腹に収めていく。食べても食べても空腹感と涎が止まらない。
起きているのに体が作り替わっていくのを感じる。細胞が活性化し、体温も上昇しているのに、全く気持ち悪い感じはない。
「昼にまた来ます」
そう言って、俺たちは宿に帰って再び寝た。
起きたのは昼過ぎ。やはりまだ腹は減っていた。リオの皮が復活していて、金槌で壊さないと脱皮できないでいた。ロサリオの毛は布団よりも弾力性がある毛に生え代わり、毛を引きちぎっていた。
「コタローはいいなぁ」
「人間って種族特性が少ないんだなぁ」
俺もものすごい目やにや垢がついていたが、二人に比べると大したことはない。井戸で落として終わりだ。
「とりあえず、準備できたら飯食って『闘竜門』に行こうか?」
「ああ。あのドラゴンゾンビレベルを上げ過ぎだ」
「時間をかければ、窪みでもレベルが上がるってことだな」
「呪いもあるんじゃないか」
「かもな」
そんな会話をしながら、俺たちは日暮れ前に『闘竜門』の入り口に立っていた。