76話「雷竜の呪い」
火山地帯とはいえ、ほとんどが何百年も噴火していない山で、大森林の植生とは違うが森もある。ただ、大きな樹木よりも圧倒的に草が多い。黄色く細い草や青々とした草もあるが、花は小さい。虫もいるし、魔物もいて、他の地域よりも暖かいという気もしない。
「思ってたより普通だな」
「普通だよ。なんか変な土地だと思ったか?」
リオが案内してくれている。
「ああ。畑は少ないみたいだけど」
「そうだな。根菜は育てているところがあるが、あまりないかもな。牛飼いとかはいるぞ。温泉はそこら中で湧いているんだけど、あんまり魔物は来ないな。コタローが宿を作ってくれよ。辺境でやってるんだろ?」
「ドラゴン族は土地の売買が難しいんじゃないか。一族で持ってるんだろ?」
「そうだ。よくわかるな。土地かぁ……」
そんな会話をしながら、火吹きトカゲの目撃地点へと向かう。依頼書が古いので、もしも誰かが火吹きトカゲを養殖していたら商売を壊すことになる。慎重に調査しないといけないのがちょっと面倒だ。
そんなことを考えながら現場に行くと草に隠れて、火吹きトカゲが大量にいる。
「どうするんだ? これ」
「放牧にしてもこれは多頭飼いすぎるよ」
「討伐していいだろう」
ゴフッ!
大きな火吹きトカゲがこちらに向かって火炎ブレスを吐いてきた。火炎竜のマントは丈夫で、まるで炎を通さない。温度も感じなかった。
攻撃されたので、自衛のための反撃という名目もできたので、ちゃんと距離を取って立ちまわる。
「火吹きトカゲとは言え、小さいドラゴンみたいなもんだ。あんまり鱗を攻撃すると刃が欠けるぞ」
蜘蛛の巣玉を使ったが、火吹きトカゲはブレスで焼いて固くなったところを鱗で削られて抜け出してしまう。ただ、ベトベト玉は何が何だかわからず足を取られてひっくり返っている。
その間に、ロサリオが触れて弱点を探った。
「鱗の流れが逆になっているところが弱点だな」
「逆鱗か」
「あと尻尾を斬られた痕もある」
「トカゲのしっぽ切りだな」
「たぶん、ここの火吹きトカゲはちょっとレベルが高いと思う。傷跡も再生しているし、形がそれぞれ違うだろ?」
リオが周囲の火吹きトカゲを見ながら言った。
額の角や身体に棘があるトカゲもいる。尻尾がメイスのように先が膨らんでいる個体もいるようだ。周囲は丘で火吹きトカゲの棲み処だけ窪地になっているので、長年戦っていたのかもしれない。
「それじゃあ、煙に紛れてやるか?」
「了解」
「音か。雄叫びに気をつけろよ」
窪みの中心に煙玉を投げ込んだ。周囲に白い煙が立ち込める。
ギャアギャア!
騒ぐ火吹きトカゲの喉元にある逆鱗に向けて精確にナイフで突き刺していく。煙で視界が遮られても、『魔力探知』『地獄耳』などスキルで火吹きトカゲを探れる。触れることができれば、心臓の鼓動も大きく聞こえた。
ギィイアアア!!
至近距離で叫ばれると頭がくらくらする。
「気をつけろって言ったろ!」
「振動に切り替えるよ」
スキルを『風読み』に切り替えて、僅かな振動を読む。
その中で俺はひたすら罠を張り続けた。
ボボウッ!
黒い炎が噴き上がった。
「黒炎だ! 呪いの炎だからまとわりついてくるぞ。マントで弾け!」
「ただの火吹きトカゲが呪いまで使うのか!?」
「この窪みは蟲毒だな。誰かが呪いを作っている最中かもしれない」
「こんなの他の地域ならボスクラスだろう?」
「かもな」
つまりレベルが上がりやすい場所だ。いい狩場を見つけた。
ボフッ!
突風が吹き、煙の中から大きな火吹きトカゲが姿を現した。風魔法でも使うのか。
「悪くないが、俺たちに姿を見せるのは得策じゃないぞ」
リオが大きな火吹きトカゲのしっぽを斬り、俺がハンマーで耳を壊し、ひっくり返ったところを跳び上がったロサリオが逆鱗を貫く。
風のせいで煙が晴れて行ってしまった。
周囲には落とし穴に嵌ったままベトベトの粘液に捕まって抜け出せない火吹きトカゲだらけだ。
目に砂をかけて、耳や鼻をハンマーで潰していく。逆鱗を見せたところでしっかりとどめを刺していった。
嵌った火吹きトカゲが密集しているところでは、眠り薬や麻痺毒を投入。身動きが取れなくなったところで逆鱗を刺し、中を開いて魔石を取り出していった。
状況を作ってしまえば戦闘らしい戦闘はほとんどない。
ウォオオオオッ!
一通り火吹きトカゲから魔石を回収したところで、窪みの底の方から叫び声が聞こえてきた。
ズシャ……、ズシャ……。
窪みの底にあった岩が吹き飛んだ。岩があった場所には穴があり、腐臭と共にドラゴンが出てきた。
「ドラゴンゾンビだ。いけるか?」
「ああ、うん」
家一軒ほど大きなドラゴンゾンビだが、特に動きが速いわけではない。回復薬を投げつけて様子を見る。
ジュッ。
瓶がドラゴンゾンビにぶつかり、回復薬が飛散。ドラゴンゾンビの身体に降りかかり、白い煙を上げていた。
ギョオオオオッ!
雄たけびはすごいものの特に何かをしてくる様子はない。火炎ブレスを吐こうとしているのか口を開けたまま、ゆっくりと移動してくる。
バリッ! バリバリバリ……。
丘の上に雷が落ちた。ドラゴンゾンビが放った魔法だろう。目がないから俺たちが見えていないらしい。そこら中に雷が落ちていたが、空を注意していれば避けられる。
そのうちにドラゴンゾンビが落とし穴に落ちた。体勢が崩れもがき苦しんでいる。
「雷竜の一族だろう。プライドの高い一族のはぐれ者が、火吹きトカゲの飼育に手を出して失敗したんだろうな……」
リオはやりきれないとドラゴンゾンビに回復薬を投げつけていた。
俺たちもひたすら作った回復薬を投げた。臭いはきついが仕方がない。落とし穴が回復薬で満たされ、ドラゴンゾンビが煙を上げながら溶けていくのを最後まで見届けた。
どろどろに溶けたドラゴンゾンビの体から大きな魔石がころりと転がる。俺たちはそれを大事に拾い上げ、ちゃんと汚れを拭き取ってから袋にしまった。
リオは死んだ火吹きトカゲとドラゴンゾンビをまとめて火炎ブレスで焼いていくという。
「このままにしておくと、また何か別の魔物が生まれそうだからさ」
「わかった。俺たちはドラゴンゾンビの棲み処を探るよ。なにかあるかもしれない」
俺とロサリオはドラゴンゾンビが出てきた穴に入った。
中に大きな部屋がある。部屋の中心は窪んでいて、ドラゴンの脱皮した皮の破片が落ちていた。脇には人型になった時に使うベッドや机があった。
他にも火吹きトカゲたちに使う、ハンマーや狩りで使っていたであろう鉄のトラバサミなども見つけた。
「これが出来るなら別の場所で暮らしていけばいいのにな」
「ドラゴンとバレたら恐れられるからじゃないか?」
「でも、この道具が使えていたってことはそれなりに人化の魔法は使えていたわけだろう」
「確かに。完璧主義だったのかな」
「家系に呪われてたのかもしれない。家業を継がないといけないと思い込む長子っているからなぁ」
「外に出てしまえば、全然自分の家系の見え方も変わるんだろうけど……。その前に騙されたのかもしれないよ。ほら、言っていた業者がなかなか来ないって書いてある」
ロサリオは日記を見つけていた。
「文字も書けて計算もできて、火吹きトカゲを育てることもできるんだから、本当はもっと稼げたんだろう」
「本当に、誰と出会うかによるな」
「ここにある物をまとめて役所に持って行こう。報告しておけば少しはドラゴンの思い込みが変わるかもしれない」
俺たちは資料として、雷竜のドラゴンゾンビが抱えていた日記や本をまとめて鞄に入れた。
「何かあったか?」
「ああ、雷竜が綴った日記があった。役所に持って行こう」
「一族や家系を呪いながら、自分がその呪いに飲み込まれちゃったんだろうな。別の魔物が手を差し伸べられたら、変わっていたと思う」
「そうか……。そうだよな」
俺たちは重い荷物を抱えて町へと戻った。




