73話「魔物の家の話」
鍛冶屋に置いてあった廃鉱植物の蜜は、その日のうちにすべて売れてしまった。
『どういうことなんだ? 突然こんなに儲かるなんて……』
「とりあえず、魔物を雇ってください。採取の仕方を教えるので」
『わかった』
注意事項を教え、作業用コートを大渓谷の織物工房に頼むことを勧めておいた。
『つまりこれだけでいいのか? だったら、今日の売り上げだけで回るんじゃないか?』
「そういうことです。その代わりと言っては何ですけど、辺境にも送ってもらえます? ちゃんと買い取りますから」
『そりゃ、時間はかかるが送るよ』
鍛冶屋と握手をして別れた。
「どうも不完全燃焼だな」
リオは、マシン族を倒してもレベルが上がっていないことが不満らしい。
「依頼はまだあるだろ?」
「酒場に行くか」
近くの酒場に入り、依頼書を見せてもらった。
「これいいんじゃないか? 食獣植物だって、相当大きなウツボカズラが出ているらしい」
「こっちの火吹きトカゲもいいぞ。火山地方で大発生だそうだ」
「それはやめておこう」
リオが火吹きトカゲの依頼を断っていた。
「大発生だぞ。もしかしたら大きなボスがいるかもしれないじゃないか」
「いやぁ……。うん、間違いなくいるんだ。ボスが……」
「知っているのか?」
「あ、火山地方はドラゴンの棲み処だったか。すまん」
ロサリオは謝っていた。
「なんか事情があるのか?」
「どうせ火吹きトカゲは死ぬから放っておいてもいい。はぐれドラゴンがトカゲの棲み処で暴れているだけだ」
「はぐれドラゴンなんて出るのか……」
「ドラゴン族は、昔から強い種族だったから、権威なんかにはものすごいうるさいんだよ。だから……」
リオは言い難そうに話した。
「言いたくないことは喋らなくていいぞ」
「いや、どうせ行けばわかることだし気をつけてほしいんだ。火山地方に住んでいるドラゴン族は自分たちのことを実力主義だと考えているんだけど、家系によって差があるんだ」
「そうなのか?」
「ああ、毒系は亜種だと思われているし、風を操り雷を放てるドラゴンは自分たちのことを上位ドラゴンだと思っている。年老いたドラゴンたちは動けなくなって洞窟の奥で金を溜め込んで文句ばっかりさ。人化の魔法が使えなければ、すぐに体罰ありの塾に行かされて若いドラゴンたちはなんの仕事もしていないのにいろんな種族に気を遣って疲弊している。あまりにバカげているから、火山地帯から飛び出すドラゴンだって出てくるんだ」
「それが火吹きトカゲの生息域を脅かしているってことか?」
「たぶん、火吹きトカゲを繁殖させて各地の闘技場に売ってるんじゃないかな。ミニドラゴンとかいう名前で」
どういう商売をしているんだ。
「手ごろな商売がそれしかないってことか?」
「なにに価値があるのかよくわかってないんだ」
「それは騙し放題じゃないか……」
思わずリオに言ってしまった。
「やっぱりそうだよなぁ。強さだけを指標にしているのに、それが嘘だとわかったら、もう価値なんてなくなる。そうだろ?」
「見破られる権威主義ほど、老人がバカに見えることはない……、か」
前の世界でもあっさり知識を覆される光景はよく目にした。情報の拡散と公平性による偏重の瓦解。今のドラゴン族は、まだ情報が偏ったままなのだろう。
「俺は外に出て心底、価値観が変わっちまったよ」
リオは自嘲気味に笑った。
「うちは火を噴くぐらいしか特性のない古い家系で、武芸で身を立て衛兵として就職するのが目標みたいな家系なんだ」
「俺だって、中央の楽器屋でのん気にやっていくんだろうと思ってるぞ。でもコタローは……?」
「俺は転移してきて親いないからな。家業はない。普通に辺境で倉庫業をやりながら奈落の遺跡調査をすると思うぞ。この旅もそのための布石だし」
「コタローはいいよなぁ……」
「そうか? 親の一生じゃなくて自分の一生だろ? 職業選択の自由があるなら、自分で仕事を探すのもありだと思うけどな。俺は前の世界で、いろんな企業をめちゃくちゃ調べる仕事をしてたんだけど、個人でやっていたし、儲かる時もあれば儲からない時もあった。それでも続けられたのは面白かったからなんだよ。一生って思った以上に長いから、楽しい方がいいぞ。別にこの旅が寄り道になるとしても」
「寄り道にはならない。コタロー、よく考えてもみろ。俺たちは生涯でこれほどレベルが上がったことはないんだ」
「旅の中で、こんな風にスキルを取得したこともない。もし俺たちが楽器屋や衛兵になるとしても、思い描いていた将来像とは全く別の者になっているよ」
「そうか。悪い影響じゃないといいけど。それより、火吹きトカゲは置いておくにしても、この巨大ウツボカズラの群れは倒しちまおう」
「いや、そもそもウツボカズラが群れることなんてないだろう?」
「粘液は採取するのか?」
俺たちは相変わらず、深夜の戦略会議をしていた。
翌朝。前にも利用した樽屋で小さい樽を4つほど買い、遠出の準備をする。ウツボカズラの群生地は町から距離がある。
『お前たちは何をそんなに集めてるんだ?』
ゴーレムの店主は、当然の疑問を口にした。
「粘液やら蜜やら、液体を出す魔物がいるんですよ。岩石地帯はあんまり雨が降らないし、水が少ないから溜め込む植物が多いんです」
『なにかに使えるのか?』
「酸性が強かったら、錆取りにでも使えるんじゃないかって。昨日の蜜は闘技場で使えましたし……」
『あの騒ぎはお前たちが起こしたのか!? 頑張ってくれ』
昨日の闘技場は騒ぎになっていたらしい。新しいチャンピオンが登場したからか。
ゴーレムの店主に見送られ、俺たちは町の外へ向かった。
街道を過ぎて、砂嵐を避け、暑い地面の照り返しにうんざりしながら進む。走って汗をかくと余計に疲れるので、ゆっくり歩いている。
「そういや、俺、昨日の戦いでレベルがひとつ上がってたぞ」
リオが話し始めた。
「やっぱり殺さなくてもレベルが上がるんだな」
「身体の使い方と形状変化が起こるとレベルが上がる説は本当かもしれない」
「行動不能にするか、意識飛ばすか、という説もまだ残っているけどな」
「リオは試合中になにかの能力に集中したのか?」
「ああ、聴力さ。マシン族って身体の中に歯車が回っているだろう? だから、歯が噛みあう音を聞き分けられないかと思って。身体が動き出す前に内部で動いているはずだからな」
「実際、聞けるようになったのか?」
「ああ。『呼吸斬り』のスキルも発生した。魔物は心音もあるし、呼吸音も大きいからわかりやすいよ」
確か、『呼吸斬り』は鉄も切れる能力だったはずだ。
「じゃあ、鉄も切れるようになったんだな?」
「いや、『呼吸斬り』じゃなくて『音源分離』ってスキルを取った。どこで鳴っているかの方が重要だろう?」
「ゴーレムの町で生きてると、そっちの方が重要かもな」
「応用も効くからさ」
俺たちは、それぞれ自分の考えでスキルを成長させていく。魔王の残した言葉や行動を読むと、こういうことをしたかったんじゃないかと思えてくる。文化を残し、多文化を認めながら強くなれ、と。一つの強さだけではレベル50には到達しないだろう。奈落の底では、そういう能力の方が重要なのかもしれない。
「おっ、出て来たぞ」
「あれだな」
「歩いている植物か。魔物だよな」
「間違いない」
俺たちの行く先では、ウツボカズラが根を這わせながら歩いていた。




