72話「鉱山植物の蜜の味」
「水攻めでいいんだろ?」
リオは荷物を整理しながら聞いてきた。
「そうだな」
俺たちは廃鉱にいる植物の魔物を水攻めで倒そうとしていた。つまり、水源の出口を塞ぐつもりだった。魔法書を買って土魔法が付与された杖を買い、土の壁で埋めてしまえばいいのだと。
俺はふと準備している手が止まった。正しい道を歩んでいるはずなのに、上手くいきすぎていて見落としていることがあるんじゃないか。
トレーダーをやっている者なら誰しも陥る不安だろう。俺はそれを急に思い出した。
「この蜜って魔物を寄せる薬だよな?」
確認するようにロサリオに聞いた。
「そうだよ。ベトベトしまくってるけどな……」
「でも、この町はゴーレムの町だから、臭いについては研究が浅い?」
「そうとも言える……。なんだ? 作戦を変えるか?」
「討伐をやめて、商売にした方がいいかもしれない」
「なんだって!? じゃあ、俺たちのレベル上げはどうなる?」
「レベル上げの方法はきっとまだある。でもこの商売は今までなかったはずだろ?」
「そうだけど……」
「商売って蜜なんて何に使うんだよ」
「害虫害獣捕獲に使えるし、闘技場で使えば……。なぁ」
「マシン族には効果覿面か」
「現にマシン族があの植物を討伐していないから実証されているようなものだろう?」
「レベルじゃなくて、お金が目的か?」
「いや、そうじゃない。俺が運営するつもりはないんだ。町の闘技場の入れ替えも必要だろうし、商売になるとゴーレムの町の収入が増えるだろ。結果的に野生種を討伐する時に作戦の選択肢が増える。つまりレベル上げの視点でも、やれることの幅が広がるってことだ」
「ここでボス植物を討伐するよりも、アルラウネを蹴散らしながらベトベトの蜜を採取して売った方が計画には合うか。でも、この鉱山から出る鉱物を採取できなくなっているのはどうだ?」
「それなんだけどさ。アルラウネってほとんど物理的な攻撃をしてこないだろ?」
「まぁ、してきたとしても素手だな。後は吸収魔法だけだ」
「だったら魔法を弾き返すお札を貼ったコートを着ていればいいんじゃないか? それこそ、大渓谷の織物工房が今作り始めている作業服がぴったりというか……」
2人とも「そうだなぁ」と納得していた。
「それ、とりあえず一旦やってみよう」
「商売にするなら、鉱山主と連絡を取った方がいいな」
「蜜の効果を見せるために俺が闘技場で使うよ」
「じゃ、俺は樽を用意するか。この町にはいくらでもあるよな」
翌日、俺たち3人は動き出していた。小さなチームだとアイディアをすぐに行動に移せるところが強みだ。
鉱山主は、鍛冶屋だった。植物の魔物に支配されて廃鉱になったところを、いつか誰かが討伐してくれるだろうと二束三文で買ったらしい。
鍛冶屋に計画を説明すると、大きく頷いていた。
『やってみろ。どうせ、今のままじゃ利益なんて出ないんだからな』
石のゴーレムはジェスチャーを交えて話した。
「効果は闘技場で見せますので」
『そうか。あまり期待しないで見に行くよ』
まだ、学生たちの商売だと思って見られているらしい。
「おい、魔法書店はあるのにまじない屋がないんだ」
職人街を回っていたロサリオが戻ってきた。
「行商人を当たってみるか。あれだけ効果があるのに、ないってことはないと思うんだよ」
「そうだな。ちょっと広場の方も回ってみる」
「俺たちも行くよ」
魔法を弾き返す札自体、本来は珍しいものなのか。クイネさんにどうにか連絡して取り寄せられたらいいのに。
俺たちは行商人たちが集まる広場を回っていると、見た顔がいた。
「ああ!」
旅の初めにあった『センリ』の化け猫店主が店を開いていた。
「大丈夫でした!?」
「そっちこそお前たち心配したんだぞ!」
俺たちは村の住民に襲われて、小屋をひっくり返して逃げたが、化け猫店主がその後どうなったのかわからなかった。
「無事で何よりですよ」
「いやぁ、本当に。3人とも無事だったんだな」
「ええ」
化け猫店主はちゃんと足元から頭まで見て、俺たちの無事を確認していた。
「よかったぁ。俺はしばらく大森林では商売する気が起きなくて、こっちに逃げて来たんだ。結局、あの村は衛兵団が入って取り潰しが決まったらしい。住民たちも奴隷として散り散りになったから、安心していい。これから大森林じゃ、一斉に山賊掃除が始まるそうだよ」
「そうなんですか。俺たちも心配したんですよ」
「まぁ、腐っても化け猫だからな。どうにか化けて逃げ出したよ」
「あ、そうだ。まじないの札ってありません?」
「あるぞ。来る途中、大渓谷でしこたま仕入れたんだ」
「俺たちも大渓谷にいたんですよ」
「そうなのか! 案外近くに逃げてたんだなぁ」
化け猫店主とは縁があるらしい。魔法反発のお札を大量に購入し、握手をして別れた。
「中央にも行くよ」
「辺境にも来てください」
またいつか会えるかもしれない。
俺たちは雑貨屋で樽を買い、そのまま廃鉱へ向かった。
相変わらず、今日もぐんぐん蔓と葉が伸びている。
服の裏にまじないの札を貼り、鉱山へと近づく。アルラウネが出てきたら、札の効果を確認するつもりだ。
ひとまず、棘を切って蜜を採取。棘も大きいので、粘着性があるとはいえ、すぐに樽が満杯になった。3樽分採り終えたところでようやくアルラウネが廃鉱から出てきた。
3人とも身構えたが、魔力と体力が奪われているのはアルラウネの方だった。
枯れ木の人形になったアルラウネの胸から魔石を取り出して、作業を続けた。
蜜10樽採れたところで、町へと帰った。『荷運び』スキルとアラクネの紐さえあれば、かなりの重量を持てる。
鉱山主の鍛冶屋に持って行ったが、匂いはわからないらしい。
『こんなに採ってきて、本当に売れるのか?』
「売れると思います。とりあえず店に置いとかせてください」
『まぁ、構わないけれど』
「実力はすぐに見せますから」
俺は蜘蛛の巣玉の中に鉱山植物の蜜を入れてリオに渡した。
鍛冶屋と一緒に闘技場へと向かい、リオが試合にエントリーする。
「じゃ、行ってくる」
「アイテムは足りているか?」
「応援歌でも歌おうか?」
「大丈夫足りてる。2人もよく見ておいた方がいい。俺たち、結構いいところまで強くなってるから」
正直、リオにそう言われても、俺もロサリオも疑っていた。
観客席に行き、移動販売しているタコスのようなものを食べながら観戦。俺とロサリオは別の魔物の試合を見ながら、少し驚いた。
ミミックの噛みつき攻撃や、泥人形の踊りながら繰り出す剣、ゴーレムのパンチ……。いずれも大振りで、初動を警戒していたら当たるはずもない攻撃ばかりだった。
当たり前のように、リオは勝ち上がっていく。マシン族・機械仕掛けの鉄ゴーレムだけは身体中に武器を仕込んでいるし、戦い方が他の物質系の魔物とは異なっていた。
ズゴンッ!
大振りではあるが、一撃一撃が重く回避できても闘技場の端に追い込まれて行ってしまう。観客も派手にぶっ壊れる魔物が見たいのもわかる。
「おおっと! かつての大陸の覇者が追い詰められていくぅ! またここで棄権するのか!?」
ドラゴン族がやられるところを見たいのか実況も興奮していた。
ただ、今日のリオは一筋縄ではいかない。
蜜が入った玉をマシン族の身体に当てていく。
キシッ!
関節に蜜が流れ固まり、腕を振れなくなった。
その一瞬をリオが見逃すはずがない。
相手から大きなハンマーを奪い取ったリオは、足に向かって振るう。
ガキンッ!
衝撃でぐらりと体勢を崩したマシン族の胸にもう一撃くわえる。
ガキンッ!
火花が散り、胸の装甲が大きく凹んだ。
最後は片腕で大きなハンマーを振り、マシン族を闘技場の壁まで吹き飛ばした。
俺たちにとっては当然の結果だが、観客からすれば、長い間君臨していたマシン族の一人が負けた。ジャイアントキリングだったようで、大きな歓声と足踏みが起こっていた。
その次のマシン族もリオは同じように倒し、戦術は変わらない。リオは環境の対策していただけ。だが、他の闘技者は初めて見る戦い方に戸惑うことしかできないでいた。
結果は、その日リオは負けなし。
「何なんだ!? あのアイテムは!?」
「鍛冶屋に売っているのでお買い求めください」
観客からの質問に、リオが鍛冶屋を指さして宣伝していた。




