71話「棘植物には用心」
「物質系はカチカチだった。床はセメントだし、ヤバいぞ」
リオは闘技場の試合に参加したが、危険すぎて途中で棄権したらしい。
2人とも無事にホテルの部屋まで辿り着けたが、夜になってもやることは多い。
リオは刀を研いでいるし、ロサリオはおひねりで貰ったお金の計算をしている。
「2人とも参加してみてくれ」
「リオが勝てないとなると、俺たちでも厳しいだろ?」
「いや、斬撃が効かないだけだ。むしろハンマーとかメイスなら戦い方が変わるかもしれない」
闘技場では鉄のゴーレムであるマシン族が上位にいて、なかなか上がれない試合が続いているという。
「鉄を切るスキルを取るのはどうだ?」
「呼吸斬りだろ? まだ発生してないんだよな。それに、鉄を切れても、五感や魔力の能力が上がるわけじゃないだろう。それがどうも……」
リオは刀の技術を極めたいわけじゃないらしい。
「リオとしては、防御力の高いゴーレムと戦うなんて滅多にないから、俺たちがどうやって崩すのか見たいってことだろ?」
「そう! ロサリオよくわかるな!」
「伊達に一緒に旅してきてないさ。弱点はあるんだろ?」
「見ればわかるが、関節だ。あとは隙間さえ通せばたぶん殺せるんだけど……」
「闘技場で殺しはなしか」
「そうなんだよ。だから難しい。相手も闘技者だから殺さずに戦闘不能にしないといけないんだ」
「網、鎖、癇癪玉、閃光玉、煙、油……。まぁ、油だろうな」
俺はいろいろとアイテムの種類を挙げながら、仕留め切れるアイテムを割り出した。
「もう戦闘不能にする方法を思いついたのか?」
「アイテムはいくつ使ってもいいという条件ならな」
「聞かせてくれよ。網と一緒に布や鎖で四肢を封じようとするんだ」
「でも、相手は4足歩行の上に360度回転する胴体がついているんだぞ」
「それくらいなら想定範囲内だ。回転するってことはつまり視野も広いってことだろう?」
「そうだ。じゃあ閃光玉と煙玉を使って目くらまししながら、床にどんどん布を敷いていく。あとは油をかけて行けば、火炎放射は使えなくなるんじゃないか」
「そうだけど……」
「相手が布を踏んだら、布ごと引っ張れば重心がズレるよな」
「隙が生まれるか?」
「ああ。そのまま引っ張った布を被せていけば、切断する動きしかできなくなるんじゃないか? しかも重心がズレたままだから、それほど強くは引き裂けない。視覚も塞いでいて次の行動が読める相手なら、鎖で巻けばいい。順番を間違えなければそれほど難しくはないんじゃないか……」
「コタローは闘技場に出るな! アイテムの使用禁止になる」
「でも、コタローが言っていることはわかるよ。搦め手を繰り返せば、マシン族でもいつか捕らえられるってことだろ?」
「そうだな」
「もし、武器一つだけって言われたら?」
「つるはしに鎖つけるかな……。いや船の錨でもいいかもしれない。武器にする奴がそんなにいないから対処法を考えるのに迷うだろ?」
「恐ろしいことを考えるなよ」
「ま、そんな膂力はないんだけどね」
「出禁だよ。コタローは闘技場の試合に出ない方がいい」
そう言われても後で出ようと思う。
「で、依頼なんだけどさ」
「請けて来たのか?」
「ああ。ロサリオは行けるか?」
「もちろん、行けるぞ。しかも資金に余裕がある」
「近くの廃鉱なんだけど、植物の魔物に浸食されているらしいんだ。デカい蔓の魔物だな」
「燃やすか?」
「それが燃えてもすぐに再生するらしい」
「再生能力か。それは厄介だな」
「ひとまず戦略を練ろうか」
俺たちはテーブルに羊皮紙を広げ、植物の魔物討伐の案を出していった。
案出しは深夜にまでかかって、ようやく植物が枯れる理由なんていくらでもあるんじゃないかという結論に達した。
「これ、全部試すのか?」
「どっちにしろ現地で見ないとわからないことが多いよ」
「そうだな」
俺たちは学生で、全然対魔物の戦闘経験は乏しい。有り余る観察時間と考察だけが他のレギュラーより有利なだけだ。
翌早朝。夜も明けきらないうちに移動を開始し、廃鉱へ向かった。場所は岩石地帯で水源も限られているなら、朝露を集める植物じゃないかという予想を確かめに行く。
「場所的にはここで合ってるよな?」
「普通に植物の群生地じゃないか?」
岩場の上に小さなクローバーに似た草がびっしりと生えていた。しっかり朝露を吸っている。
「こっちだ」
廃鉱はその巨大な岩の下にあった。
穴から棘のある丸太のような蔓が飛び出して、葉を広げている。
「地下の水源に根を張ったってことだろ?」
「ここまで伸びるのか」
「葉が広がっていて緑ってことは光合成をするってことだ。この廃鉱ってどれくらいデカいのかな。リオ悪いんだけど、葉っぱ一枚切ってくれる?」
スパンッ。
「ん」
リオが畳一畳くらいの葉を切った。枯れることもないが、すぐに再生するわけでもないらしい。
「意外に再生するのに時間がかかるみたいだな」
「これで誰も討伐できないのか?」
「いや、ほらアルラウネが出てきた……」
「だよな」
廃鉱から守備兵のように人型植物のアルラウネが出てきた。服は着ていないので野生種だろう。
アルラウネが追いかけてこない位置まで逃亡。『地獄耳』と『魔力探知』のスキルもあるので、距離を測れる。
「廃鉱の中、広いなぁ。俺の『魔力探知』スキルじゃ、全体を見渡せないよ」
「水源潰すか?」
「それとも、葉っぱを全部焼くか?」
「とりあえず、廃鉱の出入り口を見極めるか」
俺は切った葉っぱに『もの探し』スキルを使い、廃鉱の出入り口を探った。黄色い光は5つに分裂してすぐに廃鉱へ向けて飛んでいく。
全て確認しに行くと、いずれの出入り口からも蔓が伸びていくつもの葉が伸びていた。
「どうする? 火攻め、水攻め、どれもできそうだけど」
「とりあえず蔓ごと切ってしまうか?」
「アルラウネはどうする? 魔力を吸ってくるんだろう?」
「いや、体力もさ」
親玉に会うためには、やはり子分たちを倒さないといけない。ただ、子分を倒すと警戒される。
「いや、何か見落としている気がする。どうしてこれだけ太い蔓を伸ばせるのに、わざわざ棘なんてあるんだ?」
「乾燥から守るためか、いや、食べられるのを防ぐためか?」
「サボテンは棘から蜜を分泌する種もいるぞ」
ロサリオはやはり物知りだった。
「これ、廃鉱全体が蔓植物の魔物が張った罠なんじゃないか?」
日が昇り、蔓がぐんぐん空に向かって伸び葉が広がっていく。ほのかに甘い香りが立ち込めてきた。
「これがゴーレムたちには気づかない敵の能力か」
「逆になんでマシン族が討伐できてないんだ?」
「蜜を採取してみればわかるさ」
蜜を採取するということはアルラウネと一戦交えるということだ。2人は「よし」と一言返事をして、武器を握った。
「この玉に油を入れておいた」
蜘蛛の巣玉の中に油を入れたものをリオとロサリオに渡しておく。
「了解。合図してくれたら火を噴くからよろしく」
「頼んだ」
タイミングだけは、いつでも練習できる。
3人一斉に飛び出し廃鉱に近づいた。
すぐにアルラウネが出てきて、こちらに向けて手をかざす。それ以上近づけば、体力と魔力を奪うという警告だろうか。
俺は『的当て』スキルで正確にアルラウネの胸に油が入った玉を投げつける。
パシャンッ。
ロサリオも出入り口付近で応援に駆け付けたアルラウネに向けて投げつけていた。
パッシャン。
「リオ!」
ボウッ!
火炎の息がリオの口から飛び出して、アルラウネが燃えていく。声なき叫びを上げながら、廃鉱へ戻っていった。
その隙に、棘を斬り落とした。
棘から出る蜜は、ベトベトしていて粘着性が高く、嗅いでいるだけで甘い香りに頭がくらくらとしそうだった。
「こんなものかけられたら、マシン族の関節は動かなくなるか……」
俺たちは一旦町へと戻り、必要なものを揃えていった。




