7話「本業よりも先に副業を見つけてしまうヒモ男」
猪が子育てを始めた頃、家庭菜園の薬草や野菜も育ち始めた。
俺とアラクネさんはエルフの薬屋から貰った毒消し草から、薬を作っていた。乾燥させて、お茶に混ぜるのもいいが、煮てペースト状にした方が効果はあるのだとか。
スキルも使わずに作った薬なので、どれほど効くかはわからない。そこで、再びエルフの薬屋さんに向かった。
「どうでしょうか。効くような代物なんですかね?」
「効くさ。なんだったら、うちで買い取ってもいいくらいだね」
「本当ですか? 嘘でもそう言ってもらえると嬉しいです」
「嘘なもんか。十分に薬効があるよ。また作ったら、うちに卸しとくれ。冒険者ギルドで頼むよりいいわ」
そう言われると悪い気はしない。
「冒険者ギルドと言えば、まだヒモを続けているのかい?」
「まぁ、冒険者にはなってないですね。タイミングを失ってしまって」
冒険者ギルドには、あまりに依頼がないので冒険者たちが町から出始めている。稼げないとわかると、別の場所に移動できるのが冒険者の強みでもある。ただ、アラクネさんもお金は稼げていない。
「この町の周辺は、魔物がやっている畑が多いから、それほど被害が出ることもないんだけど、町の中の依頼はあるんだけどね」
「熟練の冒険者からすると報酬と見合わないのでしょう」
「それだと突発的な魔物に対処できないんだ。それがこの町のジレンマさ」
「誘致はしたいけど、そんなに依頼はないか。……だったら、居心地のいい保養所にすればいいんですけどね」
「なるほど。休暇がてら来る場所か。温泉でもあればいいんだけどね」
「薬効のある湯を提供するのはどうです?」
「疲労回復や湯治か。温泉はなくとも、せめて地熱があればな……」
「地熱ならありますよ」
後ろで聞いていたアラクネさんが、唐突に声を上げた。
「あるんですか?」
「坑道の先ですけどね。探せば、地表にもあるかもしれません」
「ほら、『もの探し』で地熱のポイントを探しておくれ」
ものがなければ辿れない。
「いや、無理ですよ。地熱がある場所なんて、どうやって……。いや、聞き込みをしてみましょうか」
「いや、それこそ冒険者ギルドで依頼を出せばいい」
「確かに……」
とりあえず、余っている毛皮を売りさばいて、お金を作り、冒険者ギルドに依頼を出しに行った。
『廃坑道近くの地熱発生源の探索』だ。
依頼者を「アラクネ商会」としたので、魔物の冒険者が請けてくれるかもしれない。
二日後。ラミアの冒険者が、地図を持ってきてくれた。もし蛇の養殖をする時、冬眠場所にはいいと覚えていたという。
「蛇の養殖って食べるんですか?」
「毒蛇を罠に使うのよ」
ラミアは蛇の罠について教えてくれた。蛇は飼い慣らせれば使役するのにちょうどいいのだという。魔物の間では有名だが、人の間では知らないことかもしれない。
地図を頼りにアラクネさんと、森の奥の山道に向かう。
しばらく人が入っていないので、落石や折れた枝が道を塞いでいる。ラミアが確認しに向かったところだけ細い獣道がついていた。
俺たちはその獣道から外れないように進んだ。
森が消えて岩石地帯になった。
「ああ、これだわ」
岩石地帯を地図通りに進んでいくと、一筋のお湯が川が流れていた。
俺たちは自然と登る足が軽くなっていった。
川の上流では煙が立ち上っていて、普通に近づいても熱気がわかる。
靴を脱いでズボンの裾をまくり、熱気を直に感じる。
「ここでもう熱いんじゃない? というか、足の裏が痛い!」
砂利を踏むと、足つぼを刺激されて、動けなくなってしまう。俺の足の裏は、健康ではないことがわかった。
川に近づいて、少し触れてみると、熱い。風呂に入るなら適温かもしれない。
「よし、ここに川の水を引いて、お風呂を作ろう。一応、源泉がどうなっているのか見に行こうか」
ポール代わりの杖を突き刺し目印にして、源泉がどうなっているのか見に行った。
アラクネさんはたくさんある足を器用に使い、ひょいひょいと山道を登っていく。俺に合わせて歩かなければ、もっと移動は楽だろうに優しい人だ。
俺も、靴を肩にかけて足つぼを我慢しながら歩いていく。それほど尖った石はないので、これくらい耐えられないと健康になれない。
少し進むと岩に隠れた平地になっているところがあった。岩を登ると、ボコボコとお湯が沸き出しているのが見えた。
熱気と蒸気で、額に汗をかく。
「これは熱い!」
「源泉に入れるのは、ごく一部の魔物だけね」
岩の隙間から出た湯が溢れ、川になっている。湯量の調節をしたければ、隙間を広げればいいだけだ。
「このままで十分だね」
「お湯の量?」
「そう。お風呂として入るなら、冷まさないといけないから、このくらい距離が必要なんだよ」
俺は源泉から見える、ポールを指さした。
「なるほどね」
「湯量が増えたら、冷ますのにも距離が必要になってくる。そこそこ歩くけど、傷を癒すためなら、人里からも離れているしちょうどいい距離だと思う」
「じゃあ、あそこにお風呂を作るのね?」
「そう! よーし、石を運んでくるから、アラクネさんは穴を掘っておいて。まだ、お湯は入れなくていいから」
「わかったわ」
背負子に籠を取り付けて、手ごろな石を拾っていく。上流の方が大きな石が多いので、歩き回った。もちろん靴は履いている。
猪運びの成果もあって、物を運ぶ筋肉はついていた。石を籠いっぱいに背負っても、それほど苦にならなかった。身体の使い方がわかったのかな。
アラクネさんはすでに湯船を作り終え、洗い場の排水溝を考えていた。仕事が早い。
「このくらいで十分?」
「いいと思う。これは洗い場の排水溝でしょ?」
「そう。あった方がいいかと思って。前にコタローが言ってたじゃない? 湯船に入る前には、洗い場で身体を洗うんだって」
「そうだったかな」
俺は、眠る前にアラクネさんと前の世界のことを話していた。違う世界のことだから、興味があるらしい。
湯船に石を敷き詰めて、湯船に竹の筒の節を抜いて排水口を作る。斜面になっているので、流れて行ってくれるだろう。
「竹で大丈夫かな?」
「本当は木枠で作った方がいいのかもしれないけど、今俺にそんな技術はないからね」
「手作り温泉かぁ」
「傷を癒すのが目的だから、薬草風呂なんかもいいかもね」
「アンデッド系は死んじゃうけど」
「アンデッド系にはミルク風呂もいいかもよ。『骨身にしみます』って宣伝してさ」
「いいわね」
アラクネさんはそう言いながら、川からお湯を引いた。排水口も今のところしっかり機能していて、茶色い水がどんどん透明になっていく。何度かお湯を溜めて、捨てることを繰り返し、湯船がきれいになったところで、二人で入ってみた。
ちゃぽん。
「あ~、気持ちいい~」
「確かに、これは緊張が解けるようだわ」
アラクネさんの胸が浮いているが、最近は見慣れている。
「これ、人間にとっても魔物にとってもいいものね」
「うん。だから、魔物にも広めよう。ちゃんと脱衣所を作ったりすれば、すぐに出来る」
「真似されちゃうんじゃない?」
「別に真似されても困らないよ。それだけ多くの人や魔物が癒されればいいさ。ああ、気持ちいいなぁ~」
アラクネさんは不思議そうな顔で俺を見ていた。
俺は特別たくさん儲けたいわけじゃない。そもそもアラクネさんと一緒に住んでいると、食えていけている。薬草も育っているし、狩りだってできる。小麦粉を買うにも困る状況なら、もっと仕事をしないといけないとも思うけど、今のところ大丈夫だ。
保養所づくりは俺としては副業のつもりでいる。
「他にやりたい人がいたら、保養所の作り方も売ってもいいかなと思ってるんだ」
「作り方も!? それって、お店ごと売るみたいなこと?」
「そうだね。俺がやらなくても、誰かが思いついたらやっていると思うし」
「そんな考え方があるんだ」
風呂から上がり、アラクネの糸で周りに罠を張っておく。魔物が勝手に入って汚れると掃除するのが面倒だからだ。