69話「辺境の町、試飲祭り!」
翌朝、嵐がウソみたいに晴れていた。
夜中まで起きていたが、床上浸水などになることはなく道も冠水してはいない。ただ、枯れ枝や壊れた樽が散らばっている。
「晴れたなぁ!」
「川の様子を見に行こう」
高レベルの老夫婦に連れられて、川へ向かう。
「おおっ。止まってる」
「ギリギリじゃないか」
ギリギリとは言え、しっかり二枚目の防御壁で川の水は止まっていた。
「しばらくはこのままだろうね。小川の方はどうなんだい?」
入口付近には人や魔物が集まっていた。
「危険ですので、下がってください!」
役所の職員が大声を張り上げていた。
「なにがあったの?」
野次馬をしていたミノタウロスのおじさんに聞いてみた。
「街道の橋が壊れたってよ。人間の国からの物資は通行止めだ」
「でも町の被害は少なかったんじゃないです?」
「そうだな。屋根が吹っ飛ばされた家はないし、壊れたのはせいぜい窓ガラス程度だろう」
とりあえず人間も魔物にも被害はなく、家も倒壊していない。
「水が引いたら仮設の橋を架けておくから、職人に頼んでおきな」
魔法使いのお婆さんが役所の職員に声をかけていた。
「よーし! じゃあ、祭りの準備を始めよう!」
「広場のゴミを片付けて! アラクネちゃん!」
「はい! 酒樽を持ってきます!」
「誰か馬車を回してあげて!」
街には高レベルな老人たちを中心に、一体感が生まれ始めていた。
私は犬顔コボルトの商人と一緒に馬車で山へと向かった。
「こっちもひどいね」
道はぬかるみ、太い枝が散らばっている。誰も通っていないから片付けも間に合っていない。とりあえず馬車が通れるように太い枝を縛って道のわきに積み重ねていった。
倉庫周辺は水没しなかったようで、すでに道も乾いていた。
「大丈夫だった?」
小屋にいたブラウニーたちは、倉庫の中で眠ったらしい。
「ええ、おっかなかったですけどね。ここは安全です」
「よかった。酒樽を持って行くからね」
「祭りやるんですか?」
「うん。試飲祭りは仲良くなるきっかけだからやるみたい……」
ブラウニーたちは「人間は酒好きなんですねぇ」と感心していた。
馬車の荷台に倉庫の樽を運び出していたら、エキドナが手伝いに来た。
「アラクネ!」
「エキドナ、助かるよ」
「温泉はしばらく休業かな」
温泉は露天風呂だ。被害になってないわけがない。
「祭りの後で見に行こう。今日はひとまずお祭りに集中」
「わかった」
老人たちも温泉営業を待ってくれるだろう。
酒樽を馬車に乗せて町へと向かう。町の住民たちは皆、箒で道を掃いて裸足の魔物がケガをしないようにしているし、魔物たちもなるべく靴を履くようになっていた。
「おおっ、酒樽が来たよ! 広場に持って行っておくれ」
エルフの薬屋さんが指さした。
「もう、掃除したんですか?」
「ああ、冒険者たちにかかれば風魔法で巻き上げて一発よ。今は石畳にブラシをかけ終わった頃だと思う」
いつの間にか広場はきれいに掃除され、水がまかれていた。
「お、酒が来たね。ちょっと待って。乾かしちまうからさ」
高レベルの魔法使いが呪文を唱えて、広場に向けて手をかざした。
ボフッ。
特大の火の玉が広場の真ん中に上がる。水溜まりは一瞬で湯気を上げて消え、濡れた石畳は乾いてしまった。
魔法使いはふっと息を吐いて火の玉を吹き消す。高レベルな人たちは便利だ。思うがままに生きられるのだろう。
「羨ましい……」
「そうかい?」
ちょっとつぶやいたことを聞かれてしまった。
「レベルが高くなると何でもできて羨ましいです」
「それがそうでもないよ。できることには限界があるし、そもそもこれ以上レベルを上げる必要性を感じなくなる。それってすごく悲しいの」
「そうなんですか!?」
レベルが30そこそこの私にはわからない感覚だ。
「自分に成長を感じなくなるのが怖くなるんだよ」
剣士のお爺さんもわかるらしい。
「強敵を求めても、見た瞬間にお互い実力がわかってしまう。余計な怪我をするのはお互いやめようと戦わなくなってくるのさ」
「だから勝手なルールを作ってみるんだけど、それもスキルで慣れてしまう」
「どこで間違ったのかはわからないけれど、私たちは丁寧に生活することにしたんだ」
「レベルが上がるヒントになるようなことはないか、探しているところさ。でも、こうして魔物と暮らしてみると、成長やレベル上げよりもよほど重要なことがあるね。もっと料理スキルや釣りスキルを取ればよかった」
「そうそう! スキルをリセットできたらって思うのよ」
「趣味ですか?」
「その方がよっぽど人生が豊かになれるわ」
この夫婦はレベルや成長性よりも大事なことに気づいたんだ。
「だから、こういう催し物は本当にありがたいの」
「日々のん気に暮らしている俺たちでも、全力で楽しんでいいって思えるからね」
引退して、お金にも余裕がある人たちは楽しみが少ないのか。
「そうですよね。毎日お菓子の入ったくす玉を割ってるわけじゃないですもんね」
「そうなのよ……。ところで、くす玉って何?」
「お菓子が入ってるのかい?」
「いや、コタローがこの前ウブメ討伐の時にやってくれたんですけど……」
「へぇ。そんな遊びがあるなんて知らなかったな」
「彼はどこの出身なんだい?」
「異世界らしいです」
「なるほど、だからか」
「もしかしたら、彼なら……、今、彼はどこにいるの?」
「今は中央の学校に行ってます。でも夏休みらしくて、魔物の国を旅しながらレベルを上げていて、魔王の句を解読できたって言っていました」
「え!? そうなの? 魔王の句を解読すると……」
「レベルを上げやすくなるみたいで、今はもう30くらいまで上がっているそうです。ここにいた時も、低レベルなのにリッチを倒したりしてましたから、特殊なのかもしれませんが……」
「なにかやる男なのかもね」
「帰ってくるのが楽しみだね」
「ええ」
コタローは引退している老夫婦にも期待されているらしい。
「コタローの話か?」
「あいつは変な奴でね」
ロベルトさんとセイキさんが、木のコップをたくさん持ってやってきた。エキドナたちが樽を開け始めている。
「あ! 試飲祭りを始めないと……」
「屋台を手伝ってやってくれ」
「わかりました」
役所の裏に避難していた屋台が、徐々に広場に戻ってくる。まだ昼にもなっていないというのに、片づけを後回しにして町の人間も魔物も集まってきていた。
店主たちは屋台の中から炭とバーベキューコンロを出して、火を熾していた。祭りの間は自由に焼いて飲むつもりらしい。
「今日のために、取り寄せてたんだ」
「俺は息子に声をかけて、南部の珍味を持ってきた」
「瓶だが、俺も隠していた酒を出すよ」
それぞれで準備をしていたのか。
「とりあえず、一杯目の乾杯をしようじゃないか。片付けも仕事も飲みながら無理しない程度にね」
「そうですね……」
「ほら、アラクネちゃんが乾杯の音頭を取って」
「あ! わかりました!」
私はコップに酒を注いで、広場の真ん中に出た。
「皆さま、お酒の準備はよろしいでしょうか。エキドナやリザードマンが酒を配っているので、手に取ってください。それでは第一回、辺境の町試飲祭り、開催します! 乾杯!」
第二回も開催できるように願いを込めて乾杯した。




