68話「高レベルな堤防作り」(辺境の町)
合羽を受け取って、教会へ向かう。もしゴルゴンおばばが予知スキルを持っていたら、どこに堰を作ったらいいかわかるだろう。
「すみませーん! ゴルゴンおばばはいませんか?」
教会のドアを開けて身体を滑り込ませると、教会にいた人や魔物たちが一斉にこちらを振り返った。
「アラクネ! 遅かったね。待っていたよ……」
「ゴルゴンおばば、予知スキルを持ってませんか?」
「そんなもんを持っていたら、こんなところにいないよ! それより、堤防だ。今、皆で意見を出し合っているところさ」
「堰……!?」
「作るんだろ? 作らないと川が氾濫しちまうからね。家を建てるより、こっちの方を先に作るべきだったんだよ。もともと水害が多い地域だったんだからさ」
「そうなんですか?」
「まぁ、昔はね……」
「近年はなかったから油断していた」
エルフの薬屋さんとドワーフの鍛冶屋さんが大きな机の前にいた。
「本当は堤防を二重にして、水流の勢いを殺すために、杭を差したりできればいいんだけど、今からじゃ無理だろ?」
ドワーフの鍛冶屋さんは、机の上に設計図を広げた。
「いや、今、高レベルの魔法使いたちが川へ堰を作りに行きました」
「堰なんて作れるのか!?」
「どっちにしても川の勢いは止められないから、町の向こうに流した方がいいんだよ」
この町は山間部に位置しており、山からの川の流れは止めない方がいいらしい。
「むしろ流れに沿って曲げた方がいいんだ」
「それを報せないと!」
私は急いで、川へ向かおうとした。
「ちょっと待ちな!」
エルフの薬屋さんに止められた。
「魔法でどこまでできるのか知らないけれど……。これが設計図。町の入り口の方にある小川へ流せばいいから」
「それから杭とハンマーくらいはあった方がいいだろう?」
エルフの薬屋さんとドワーフの鍛冶屋さんが合羽を着こんで、私に付いてくるらしい。
「荷物は背負いますよ」
二人のリュックを背負い、教会を出た。
「こりゃ、雨がひでぇよ!」
ドワーフの鍛冶屋さんは文句を言いながらも笑っている。
「アラクネちゃん、これ飲んでおきな!」
急ぎながらエルフの薬屋さんから、赤い液体を渡された。
飲むと目が飛び出るほど辛い。口直しなのか飴玉を渡された。
「なんですか? この液体は!」
「体が冷えないようにね。これさえ飲めば、しばらく身体が動くはずだよ」
言われてみると腹の奥からじんわりと温かくなってきた。
「魔法使いには爺さんと婆さんも多いんだろ? どうにか飲ませないとね」
エルフの薬屋さんは楽しそうに笑っていた。
災害が来ているというのに不謹慎だが、辛い顔をされるより希望が持てるから不思議だ。
ゴロゴロゴロ……。
稲光が鳴る中、私たちは急いだ。
川では、高レベルの魔法使いと剣士たちが堰を作ろうと端に杭を打ち付けていた。すでに川は増水していて、今にも氾濫しそうになっている。
「おーい! 皆さーん!」
高レベルの老人たちに声をかける。
「堰じゃなくて、堤防を作って曲げてほしいそうです!」
「悪いな、皆! こっちに来て、設計図を見てくれ」
避難している人家の軒先で、エルフの薬屋が図面を見せていた。
「ああ、なるほど入口の方の小川を利用するのか」
「了解。これ断面図はあるかい? 鉄砲水が来たら、これじゃどうしようもないだろ?」
「一旦、大きめに作っちまっていいんだね。ああ、だから上を道にするのか。悪くないね」
「このハンマー、借りてくぞ!」
「杭も持っていけ!」
老人たち同士で、作業が始まってしまった。
「ストーンウォールから始めて、重ねていけばいいだろう」
「設計図通りに溝をつけちまうぞ!」
スパンッ!
剣士のお爺さんが、地面に真っすぐな切れ目を入れた。スキルを使っているとはいえ、異常な威力だ。他の剣士たちも、設計図通りに川沿いに溝をつけていく。
その溝に魔法使いたちが、土魔法の防御壁を張り、堤防を作っていった。
「隙間がどうしてもできるから、これを積んでいって」
剣士たちが岩をハンマーで壊して袋に詰め、防御壁の隙間を埋めていく。さらに砂利を入れて、スライムの粘液と樹液、砂を混ぜたセメントを流していった。
「もう、増水して迫ってきてるぞー!」
「ほら、興奮剤のホットドリンクだ。飲んどきな。冷えて死ぬよ!」
「辛っ!」
エルフの薬屋さんが赤い液体を飲ませ、飴玉を配っていた。実際、私も冷たい雨に打たれているというのに、まるで寒くはない。
「二段構えにしておくんだろ?」
「そうだ!」
いつの間にか、堤防を作った魔法使いたちが、二枚目の堤防を作り始めていた。高レベルな者たちの魔力は無尽蔵なのだろうか。どんな災害が来ても、この人たちがいるという安心感がある。
一枚目と二枚目の防御壁の間に水流の勢いを潰すために杭を打ちつけていく。川を潰すような厳めしい顔つきでハンマーを振るっていた。
カーンッ! カーンッ!
普段、温泉で見ている剣士たちとは違い、筋肉量が二倍くらいある気がする。体が温まっているからなのか、合羽を脱ぎ捨て泥だらけになりながら、作業を進めていった。
私も追いつけるように作業を手伝った。暗い雨が降る中、魔法の光が頭上を飛んでいる。
川の水位が一枚目の防御壁の半分ほど上がった頃、ようやく二枚目の防御壁の作業も終わった。
「これでダメなら諦めよう」
「試飲祭りは山の上でやればいいさ」
作業を終えた老人たちは、薬が切れたのか「寒い、寒い」と言いながら冒険者ギルドへ戻った。
温かいスープと体を拭くお湯が用意されていて、老人たちは皆、交代でスープを飲み、お互いの身体を拭いていた。レベルが高い者たちほど、連携が取れている。
「雨が止んだら酒でも飲みたいね」
「試飲祭りができるといいんだけどなぁ」
「アラクネちゃんもお疲れ」
「いえ、私は全然疲れてないです。少しは手伝えたかどうか……」
「よくやってくれたよ」
「アラクネちゃんがいなかったら、魔物たちとも連携が取れなかっただろうしね」
「そうそう。明日は期待しているよ」
「じゃあ、広場が無事だったらやりますか!?」
支えてくれる人間や魔物がいるなら、試飲祭りにもう一度希望を持ってもいいだろうか。
「やろう!」
「俺たちはそのために頑張ったんだから」
「この前のウブメ討伐じゃ、魔物たちと飲めなかったし」
「とりあえず、スープ飲んで温まっておくれ」
作業中とは打って変わって、人間も魔物も分け隔てなく温泉に入っている時のように和んでいる。厳しい仕事の後だからだ。そこには差別や立場などなく、お互いの仕事を称え合っているように見えた。
きっと私はこういう時間を作りたいのだろう。
窓を叩く雨脚は夜中まで弱まることはなかった。




