67話「辺境の嵐」(辺境の町)
試飲祭りは中止……。
全く何も考えられず、ただ茫然と暗い空を見上げていた。何をすればいいのかもわからない。
「アラクネちゃん!」
「おーい!」
ロベルトさんとセイキさんが私を心配したのか、家まで来てくれた。
「おはようございます」
「おはよう。悪いんだけど、町まで来てくれないか?」
「突然の嵐で、新築の家が吹き飛びそうになっているんだ」
「あ、それなら……」
アラクネの紐で固定すればいい。重要なのは「試飲祭り」ではなく、人間と魔物の生活だ。やることが決まれば、頭が回転し始めた。
「ロベルトさん、納屋に杭がありますから、持って行ってください。ロベルトさんは倉庫のブラウニーたちに嵐対策の方法を聞いてきてもらえますか?」
「合点だ!」
「町で、魔物たちがどうしていいのかわからずに混乱している。少し尻を叩いてやってくれ!」
「わかりました!」
私は森を突っ切って町まで走った。木々の上を飛び越えれば、それほど時間はかからない。
「おはようございます! 嵐対策はお済みでしょうか!?」
冒険者ギルドの扉を開けるなり、大声で叫んだ。
カウンターで、冒険者たちの対応に追われている職員と目が合う。旅がらすの冒険者たちが右往左往しても仕方がないのに。
「アラクネさん! 役所と連携して、対策します。今、ギルド会議で予算の増額を頼んでいるところです!」
「了解! 役所行きます!」
「お願いします!」
役所に冒険者として向かった。
「お疲れ様です! 新築現場の嵐対策はお済みでしょうか!?」
「アラクネ商会さん! ちょうどよかった。大嵐が見込まれてまして……」
「避難所の設置はありますか?」
「はい。役所のホールを使うつもりです。ただ、なかなか魔物の方々に伝わっていないのが現状です」
「了解です。私が魔物たちに伝えますから」
受付にいた職員と話していると、徐々に職員たちが対策案を持って集まってきた。
他にも新築物件の屋根が飛ばないように、アラクネの布を被せることや屋台が吹き飛ばないように役所裏に移動しロープで固定などの指示があった。
「これならすぐできるので地図を書いておいてください」
まだまだ細かい対策案が沢山あった。
川の氾濫も予想されるため、できるだけ川には近づかないようにしたいとのこと。これは冒険者たちで声掛けすればいい。
「あと、川付近の家には土嚢が必要かと」
「わかりました。一つずつやっていきます!」
「魔物の方々が混乱しているようなので、くれぐれも落ち着いて行動するようにお願いします」
「承知しました」
まだ人間に魔物は信用されていないのか。交流も少なかったので仕方がない。
外に出たが、まだ雨は降っていなかった。広場に行くと、屋台に板を打ち付けている店主たちがいた。
「アラクネの紐は要りますか!?」
「あ! アラクネの紐があるなら頼む!」
いつものミノタウロスのおじさんが声をかけてきた。
「どうぞ。皆さん、屋台ごと吹き飛ばされないように、板を張ったら役所の裏手に移動をお願いします。ホールが避難所になっているので、待機していてください」
「わかった」
「この状況じゃ、明日は中止かい?」
エルフのお姉さんが残念そうに聞いてきた。私も残念だが、それを考えるのは後だ。
「天気ばっかりは操れないので仕方がないです! それよりどうすればいいのか心配している方々が多いようなので、声をかけてあげてください」
店主たちにアラクネの紐を渡しながら声をかけていく。
魔物の雑貨店に行き、アラクネの布を大量に購入。後で役所に買い取ってもらう。
「他に必要なものはあるかい?」
「布袋を川付近の家に持って行ってあげてもらえませんか。土嚢を置いておきたいらしいので」
「わかったよ」
ゴブリンの店主は麻袋を用意していた。別に辺境の町に住んでいて緊急事態で協力しないなんて魔物はいない。ただ、皆何をしていいのかわからないだけだ。
私はアラクネの布を持って、新しい家を建てている現場へ書いてもらった地図を見ながら向かった。
「降ってきたぞー!」
「どうするんだよ。これ……」
人間の大工たちが急いで板を釘で打っていた。雨が降り始めている。
「お疲れ様です! アラクネの布です。雨を弾くので屋根に括り付けたいんですけどいいですか!?」
「え? ああっ! 頼むよ」
髭の生えた親方らしきお爺さんの許可が出たので、打ち付けたばかりの壁を上ってアラクネの布を被せた。端にある穴に紐を通して近くの木に結んだ。
「アラクネちゃん、こっちもだ」
「おいおい、皆魔物に頼りきりでどうする? 少しは手伝えよ」
ロベルトさんとセイキさんも、追いついてきた。
「風が強いので、紐で引っ張って杭を地面に打ち付けてください!」
「いいのか!?」
「ええ。あと、緩んでいたら火で炙れば縮んで固くなりますから!」
大工たちも動き出した。
「ここお願いできますか? 冒険者ギルドに行ってきます」
「わかった」
ロベルトさんとセイキさんに任せて、冒険者ギルドへ戻った。
温泉に来ている高レベルの夫婦が冒険者たちを叱っているところだった。
「根無し草の冒険者だからって、嵐が来るっていうんだから少しは町に貢献するのが普通さ!」
「報酬が出ないからって、こういう時こそ動かないと依頼者に選ばれないぞ。自分の命も大事だが、依頼者の命も大事にしていかないと仕事なんて取ってこれない! 実績積むチャンスだぞ!」
「アラクネちゃん! どうだった?」
お婆さんが私に気が付いた。
「広場の屋台は役所裏に避難しています。新しく家を建てているところはアラクネの布を張りました。川の氾濫が起きるかもしれないので、川付近の住民の避難、もしくは土嚢づくりにご協力をお願いします!」
「聞いたかい!?」
「ほら動くよ!」
人間と魔物の冒険者たちが一斉に動き始めた。
「雨が降り始めているので合羽を着ていった方がいいかと思います!」
職員たちが用意していた合羽を受け取ると、冒険者たちは外に飛び出していく。
「ありがとうございます」
元冒険者の夫婦にお礼を言った。なかなか現役で同じくらいのレベルだと話を聞いてくれない時があるので助かる。
「いやいや、それよりアラクネちゃん、川の氾濫はどれくらいだと思う?」
「ちょっと予測がつきません」
「そうだよね」
「うわっ」
お爺さんが扉を開けると、すでに土砂降り。轟々と風が鳴っていた。
「こりゃ酷い雨だね」
エキドナと仲間たちが濡れて冒険者ギルドに入ってきた。
「魔物の家の窓は全部板で塞いできたんだけど、一気に雨が来たね」
ラミアもリザードマンも雨に濡れて体が冷えているらしい。ぶるぶると震えていた。あまり知られていないが爬虫類系の魔物は気温の変化に弱い。
「川の様子はどうだった?」
お婆さんは川が気になっているようだ。
「いや、見てこなかったですけど……」
「誰か予知スキルを持ってる者を知らないかい?」
「教会のゴルゴンおばばならもしかしたら持っているかもしれませんが、どうでしょうか」
「ん~、結局直接見に行くのが確かだね」
川は町の北側に通っていて氾濫すれば、街外れの家が何軒か水没するかもしれない。規模によっては洪水になる。
「いやぁ、どうにもダメそうだね。今日は」
「温泉に行きたかったんだけどねぇ」
二階の冒険者ギルドの宿から高レベルのお爺さんとお婆さんたちが下りてきた。高レベルだけど怪我をして湯治中の魔物たちもいる。
「窓の外を見てごらんよ。温泉なんて入っている場合じゃないから」
「ええ? そうかい?」
「じゃあ、明日の祭りまで寝ているかなぁ」
まだ祭りが開催されると思っているらしい。療養中の高レベルの者たちはのん気だ。
「いや、たぶん屋台も出せないので祭りは中止ですよ」
「え!? なんで?」
「危険ですし、北の川が氾濫したら、広場も水没してしまうかもしれない」
「なんだって!?」
「そりゃ困るよ。こっちは試飲祭りを楽しみにしてたんだから!」
自然の驚異に対して、なんてわがままなんだ。
「それじゃあ、元魔法使い連中は堰作りね!」
「剣士たちは魔法使いたちが作った堰を止めるための杭打ちだ」
「了解。合羽あるかい?」
「あります! どうぞ」
職員たちが高レベルな老人たちに合羽を渡していた。
「さあ、いこう!」
「祭りの前に一仕事だ!」
老人たちは合羽を着て、土砂降りの中を北へ歩き出した。
雷が鳴り空は真っ暗なのに、老人たちの背中は頼もしかった。




