66話「祭りの準備」(辺境の町)
温泉。人間と魔物の憩いの場だ。
コタローから送られてきた酒を提供したら、元冒険者の爺様たちがぶっ倒れてしまい、あえなく風呂場での酒は禁止となった。爺様たちは申し訳なさそうにしていたが、仕方がない。
その代わりに、風呂を出てからの飲酒は許可を出した。仕事の早いブラウニーたちが東屋を作ってくれて、風呂場で仲良くなった魔物と酌み交わしている。
「それが町まで続けばいいのに」
私とエキドナは東屋の楽しそうな老人たちを見ていた。
「そうだ。中央から取り寄せたんだった」
私は先日の貝柱餃子の一件で、もしかしたら海産物は売れるのかも知れないと、中央のアラク婆さんに頼んで、魚介類の干物を一袋分買っていた。貝柱やアジの干物だが、辺境では見ない。せいぜい猪肉か鹿肉の干し肉だけだ。
「皆さん、ちょっとこれ酒の肴にどうですか?」
「お、いいね。なに?」
「魚介の干物です」
「こりゃいいね。おーい、ばあさん、ちょっと炙ってくれ」
元冒険者の夫婦が干物を受け取り、魔法使いのお婆さんが、火魔法で炙っていた。
「威力を上げるのは案外簡単なんだけど、調節できるようになると立派な魔法使いさ」
お婆さんは笑って、干物を口に放り込んでいた。
「ああ! 俺の分!」
「毒味だよ。このお酒美味しいね。アラクネちゃん、酒場でも建てたらいいのに」
「まだ馬車もないのに、酒場経営はできません。それより、よかったら町に持って行ってください。注文が入るようだったら南部のいい干物を取り寄せられるかもしれないので」
「お酒はもう取り寄せてもいいよ。俺たちで飲んでしまうから」
実際、一杯大銅貨3枚で販売していてあっさり元は取れてしまっていた。酒は腐らないし、瓶か樽に詰まっているのでネズミの被害もない。倉庫に置いておくにはぴったりだ。
しかも酒は、人間にも魔物にも人気だ。コタローがオークの群れを討伐してくれたお陰で、樽が8つも届いた。町の酒場から言われたら卸すつもりではいるけれど、魔物が作ったお酒は今のところあまり知られていない。爺様たちだけだ。
私は、いつどこで出すのか迷いに迷っていた。そもそも樽だといくらで売れるのかわからない。せっかくコタローのお陰で届いたお酒で損はしたくない。私の思考の糸は絡まり、解けなくなっていた。
「コタローは、よくこんなことをやっているよね」
「ん? 何か言った?」
エキドナは温泉の管理をしているだけだ。
「はぁ……」
「あ、なんか私に期待していない目をしているね!」
「ごめん」
「素直に謝るなよ。余計に傷つくだろ! 何に迷っているんだい?」
番台にいるエキドナは相談に乗ってくれた。
「リザードマンの酒樽をどうしようか迷っている。そのままにしていいのかな?」
「いいんじゃない? 酒は腐らないんだから。それに爺様たちには人気だよ。個別売りしていっていいと思うよ」
「そ、そうか」
「そんなことで悩んでいたの?」
「うん。お酒は人間と魔物の交流にはもってこいだし、町にもあったらいいんじゃないかってね。だから、干物も取り寄せたんだけど……」
「アラクネには自信がないんだね?」
「え? そうかな」
「だって、やってみなくちゃわからないんだったらやってみたらいいじゃない。冒険者と違って命を取られるわけじゃないんだし」
「そうなんだけどなぁ……」
なかなか一歩踏み出せない。
「お酒と肴も用意して、一歩踏み出せないなんておかしいよ」
「そうかな? 失敗したら、コタローに申し訳ないって思っちゃってどうにも」
「私が見る限り、コタローはそんな関係じゃないと思ってると思うよ。共同経営者なら、ついて行かないとさ。逆にコタローが帰ってきた時に何もしてなかったら、どう?」
コタローなら、チャンスに何もしていない者を軽蔑するかもしれない。そう思ったら血の気が引いた。
「そうだよね……。よし、じゃあ、やってみるか!」
目的はあくまでも人間と魔物の交流を促すこと。儲けるのは無理かもしれないけれど、交流させることはできるかもしれない。結果的に倉庫の営業に繋がればいい。
大きな言い訳が立ったところで、私は動き出した。
いつも串焼きなどを買っている広場の屋台に行って、ミノタウロスのおじさんに交渉。夜間に屋台を借りることができた。
「夕方にはいなくなるんだから、いいですよね!?」
「か、構わないけど……」
「ちょっと一晩借りるだけです」
その後、役所に行って、魔物のお酒の試飲会を開催すると報告。企画書は書いたが、すでに計画は進んでいるので、中止するならそれなりの理由を文書で欲しいと書いておいた。これで断りにくくなっただろう。あくまでも人間と魔物の交流がメインで、役所が断るようなことがあれば、それこそ中央や人間の国の方にも報告するつもり。
当日は誰も来ないことが予想できたので、温泉に入りに来る爺様や御婆に声をかけておいた。
「アラクネちゃん、それもっと宣伝した方がいいよ」
元冒険者のお婆さんから呆れ気味で言われた。
「いいんでしょうか?」
「美味しいお酒なんだから、人間も魔物も関係ないよ」
私は背中を押してもらうと調子づいてしまうところがある。夜なべして、手書きのチラシを100枚を作り、翌朝、そこら中の店に貼らせてもらった。
「魔物の酒ぇ? 美味いのかい?」
酒場の経営者には怪しまれている。
「ええ、人間の口にも合うのか、温泉客には随分人気なんですよ」
剥がれないようにチラシの裏面にノリをつけ、入口横の壁に貼り付け、四隅を釘で打ち付けた。
「ああ、俺の店の壁!」
「では!」
きっとあの店は買ってくれるだろう。
冒険者ギルドにも3枚貼らせてもらえた。
「ギルド所属の冒険者の商売は、協力を惜しまないことになってますから」
「ありがとうございます。当日は是非お越しください」
ギルド長は無類の酒好きなようで「今から楽しみだ」と言っていた。
小さな村なので100枚もチラシを貼れば、至る所で試飲会は評判となっていた。
「あの、うちの故郷の酒も出してくれないか?」
大渓谷近くで、実家が酒蔵をやっているというハーピーが声をかけてきた。
「当日までに持ってこられるならいいですよ。その代わり試飲会の前に私に一度飲ませてください」
ハブ酒やサソリ酒だと、人間は飲まないかもしれない。
「わかりました」
「ちなみに、どんな酒なの?」
「果実酒です。甘いリキュールですかね」
「それならきっと大丈夫だわ」
その後も、魔物たちからつくだ煮やハムみたいな酒の肴を提供したいという要望が来た。
「当日までに持ってこられるなら大丈夫ですが、この試飲会は毒味会じゃなく人間との交流が目的です。あまりファンキーでアバンギャルドなものはお控えください。それにどれくらい人間が来るかもわかりません。期待しすぎないように」
注意事項を言っておいた。
いつの間にか、私は試飲会の実行委員長となっていて、広場の屋台も夜に出店することが決まっていく。
「もう、これは試飲会というよりも祭りだね」
エキドナが規模が大きくなったと揶揄ってきた。
「バカにしてる?」
「いや、これは祭りだよ。アラクネちゃんの情熱が皆に伝わったのさ」
「そうだ。これは試飲会じゃなくて、魔物の国からのお祭りさ」
元冒険者の夫婦も後押ししてくれる。
「じゃ、試飲祭りに書き直してきます!」
私は配ったチラシの会の字にバツ印をつけ、祭りに変えていった。
この時の私は確かに調子に乗っていたのだと思う。皆の後押しがあるから大丈夫だと、美味しいものは魔物も人間も関係なく幸せにすると、本気で信じていた。
なのに……。
試飲祭り前日、窓がバタバタと鳴るので起きてみると、強風で建付けが悪くなっていたらしい。強風……? 急いで外に飛び出し空を見上げると真っ黒な雲が辺境の町に迫っていた。
「どうしてこうなっちゃうんだろう!?」
私の顔は青ざめていった。




