65話「アラクネさんはもどかしい」(辺境の町)
「何を笑っているんだい?」
エキドナがこちらを見ていた。
温泉の湯船を掃除し終わって、今日の売上を計算しにうちまで来たのだ。アラクネ商会の副業として始めた温泉だったが、好調そのもの。今のところ倉庫業より売り上げは多い。
「いつ来たの!?」
「今だよ」
「そう。コタローから手紙が届いたのよ」
「なんて書いてある?」
「レベル30になったって」
「うそっ!? いや、コタローならあり得るか」
「しかも、『大渓谷』の魔王の句を解読したみたい……」
「え!? じゃあ……」
「レベル上げを試すらしいよ。どうやってやるのかはわからないけど五感の機能を上げるんだって。意味わかる?」
「わからん。……中央に行っても大森林に行っても、コタローは変わらないな」
「本当に」
最近わかってきたことがある。コタローは人間の中でも珍しいタイプだということ。異世界からやってきたというだけではなく、そもそも考え方も発想も町にいる人間とは違うようだ。
中央のアラク婆さんの下宿に住み始めたらしいけど、商店街の料理店に清潔なアラクネの布で作ったテーブルクロスを売り、潰れかけていた織物屋をあっさり立て直したと手紙が来ていた。
さらに市場で使っている商品を入れる木箱をもっと積み重ねられると提案したり、危ない薬を売っていたゴブリンを捕まえたり、グールの群れを教師と一緒に倒していたのだとか。
「やっぱりおかしいのだろう。人間の教官たちも言っていたじゃないか」
「確かに」
温泉には最近、冒険者ギルドの教官たちが入りに来ている。魔物の教官は、魔物の国でトラブルバスターをやっていたようなミノタウロスやハーピーもいて、湯に浸かりながら意見交換をしていた。
役所もまだまだ人間と魔物に対応しきれていない部分があり、よく温泉に入りながら、私に相談してくる職員もいた。
「全然、工事が進まないんですよ。もっと魔物の工務店が競合してくれるといいんですけど……」
「うちの倉庫はブラウニーたちにやってもらってますけど、順調というかスケジュール的には早いくらいですよ」
「やっぱり人間より魔物の方が優秀なんですかね?」
「優秀さにもよりますけど、人間でも魔物でも真面目な方が仕事をするんですよ」
「人間も魔物も関係ないんですね」
職員たちは決まって、そう言って風呂から上がって帰っていく。
教会で人見会をやっているゴルゴンおばばも、人間がなかなか来ないと悩んでいた。
「魔物たちは来るんだけどね。人間は私を見るなり石に変えられると思っているのか目をつぶったままどこかへ去っていくんだ。一応、看板も立ててるんだけど、もしかして人間の識字率って悪いのかい?」
「私に聞かれても」
「アラクネは人間と暮らしているじゃないか。コタローって言ったっけ?」
「コタローは文字も読めるし書けましたよ。でも、それはコタローだからであって、別の人間のことはわかりません」
「どうすりゃいいのか……」
ゴルゴンの髪もくねくねと絡まってしまっていた。相当悩んでいるようだった。
「勉強会を開いてみてはどうです? ゴルゴンの人見は種族特性というのもあると思うんですけど、冒険者ギルドの職員にとっても役立つじゃないですか」
「魔物の私が冒険者ギルドに教えるっていうのかい?」
「いけませんか? ここは人間と魔物の町ですよ。どちらが偉いわけではありません」
「そうだけど……」
「一緒に行きましょうか」
「うん。アラクネと一緒なら行くかい」
なぜか魔物の老人たちは人見知りというか引っ込み思案な魔物が多い。せっかく辺境の町に来ているのだから、どんどん人間と交流した方がいいのだけれど。
冒険者ギルドに一緒に行って、ゴルゴン族の人見を教えるというと職員たちが一斉に集まり、すぐ勉強会が開かれた。
一歩踏み出すだけで、違うのに。
「そうじゃない」
エルフの薬屋さんはお茶を飲みながら言った。
時々、エルフの薬屋さんはかつての思い人の墓参りにうちに来ることがある。その日も、墓参りをして外のベンチでお茶をしているところだった。
「違うんですか?」
「年を取ると、なかなか人との会話も難しくなる。面倒だし、バカにされたくないのさ。それまで偉そうな立場だったのに、辺境の町じゃ皆新人だろ? だからだよ」
「そんなことで……」
人間と魔物が交流しないのはもったいないと言おうとしてやめた。私とコタローはたまたま仲良くなっただけ。縁があっただけだ。
「縁を結ぶ機会があればいいんですけどね」
「せっかくアラクネ商会っていう会社を作ったんだから、やってみなよ」
「え? 私が!?」
「そうだよ。コタローは魔物の国の学校に通ってもりもりレベルを上げているって自分で言ってたじゃないか。今のままじゃ、追い越されるよ。帰ってきて見捨てられるかもしれない」
「いや、コタローに限って見捨てるようなことはしませんよ。でも、確かにちょっとなにかやってみようかな……」
コタローが本当にレベルが50になって帰ってきたら、何も成長していない自分は胸を張って一緒に働けるだろうか。だんだん不安になってきた。
「でも、なんの会をしたら……。こういうときにコタローがいたらなぁ」
「何も特別なことはしなくていいのさ。普通のことをやってみな」
「普通のこと?」
それから私の普通探しが始まった。当然、人間の普通と魔物の普通は違う。
とにかく人間の生活を観察した。温泉だと皆、魔物も人間も種族関係なく裸の付き合いをしているが、なぜか町に出るとちょっと違うようだ。
派閥のようなものがあり、住み分けている。人間にも種族差別ってあるのかな。
「食べてるものが違うからな」
コタローの教官・ロベルトさんは言う。
「爬虫類系の魔物は、なんか黒い塊の串を食べている」
「あれは虫を焼いたもので、タンパク質が少ない地方で食べる郷土料理みたいなものです」
「そうか……。あれは人間にとっては結構怖い。黒い中に目玉がこちらを見ている時があるだろ?」
「なるほど、確かにそうですね」
わからないから怖い。生活していく中で正体不明なものに飛び込むのはコタローくらいなもの。普通を考えれば、得体のしれない物は口に入れないのか。
でも、リザードマンたちからすれば食文化の一つ。屋台に出しても、魔物は別に気にしない。むしろ旬の虫が出てきたかと、季節を感じる。
コタローは大丈夫でも、人間は特に虫に弱い者が多い。役所の職員も温泉の上に虫が飛んでいると逃げ出すほどだ。割り切るしかないのかもしれない。
いや、割り切ってしまうと全然住み分けがなくならないのか!
「どうしたらいいんだ? コタロー、早く帰ってこーい!」
私は日中、町に繰り出して、ずっと人間の生活と魔物の生活を観察。まるで普通がわからない。すっかりコタローに影響されたのか。
広場の屋台でも、相変わらず人間は虫を食べないし、魔物たちが人間の屋台の前に立つこともない。
虫はダメでも、珍味なら美味しいと思うんだけど。ハーブのいい匂いがしていても誘われる人間は稀だ。見た目から食材がわかる確かなものが安全だと思っているのかもしれない。
見ていてもどかしい。一度食べてみればいいのに。
魔物の国の地方では乾燥食材、つまり珍味が多く、中には美味しいものがある。干し蛸や干し貝柱は、格別に美味しい。山に近い辺境ではあまり魚介類を見ないので珍しく、魔物たちが買っていた。
やはり珍しいものは人間は食べないのか、牛のしぐれ煮とかもつ煮込みなどの方が売れているようだ。
アラクネのネットワークを使って、魚介系を取り寄せてみようか。保存の効く食材なら倉庫においておける。
町の広場で、干し貝柱が入った餃子を買って食べていたら、お酒が欲しくなった。当然、屋台の店主たちは昼間から隠れて飲んでいる。
「ちょっとそこのアラクネ商会!」
「はい?」
突然呼ばれてびっくりしてしまった。
「ちょっと店番頼めるかい? コタローはやってくれたんだけど……」
「構いませんよ」
私は店主と交代して店番をした。
「魚介の餃子ですよ! どうですか!?」
「魚介!?」
ちょうどドワーフの鍛冶屋さんが通りかかった。
「あら、鍛冶屋さん。おひとつどうです?」
「なんだ? 今日は仕事を放っておいてこんなところで商売をしているのか?」
「いえ、ちょっと店番を頼まれただけです。それより、貝柱の餃子なんて珍しいんで、どうです?」
「ホタテか。しばらく食べてないな」
「それじゃ、丈夫な体になりません。なんでも食べてみなくちゃ」
「お袋みたいなことを言うなよ。わかった。買うよ」
「まいどありがとうございます」
ドワーフの鍛冶屋さんが買っていたのを見たのか、人間やエルフたちが買ってくれた。
「こんな山の辺境で、魚介類が食べられるなんて珍しいね」
「ええ。魔物の珍味も虫ばっかりじゃないんで、よかったら食べていってください」
なんだか普通に店員をやっている自分がいる。貝柱の餃子は店主が帰ってくる前に売れてしまった。
「え!? 売り切れ?」
店主は驚いていた。普段は売れ残っていたらしい。
「ええ、ちょうどよく知り合いが通りかかって宣伝に協力してくれたんです」
「そりゃあいい。また、頼むよ」
店主から売り上げの1割を貰ってしまった。
広場では魔物も人間も貝柱餃子を食べている。食での交流を考えてみてもよさそうだ。




