64話「大渓谷にお別れ」
目が覚めると、天井にレベルが表示されていた。レベル30を越えると上がりにくいと言われているなか、俺は3も一気に上がっている。噂はほどほどに聞いておくのがいい。
『地獄耳』『風読み』『鷹の目』と聴覚、触覚、視覚の機能を底上げするようなスキルを取得。目的が決まって選ぶのは楽だった。
「おはよう」
部屋から出たところでリオにあった。脱皮をしたらしく、皮が首元に張り付いている。
「おはよう。コタロー、30を越えた俺でもレベルが3つも上がってるんだが……」
「俺もだよ」
「おはよう。俺は2だけだった。もともと上がっていたからかな?」
ロサリオも起きていた。
3人中庭に向かい、起きているアラクネ兵たちと朝の訓練をしておく。町で悔いがないように2人には今日のうちに旅立とうと言ってある。
「お前たちも訓練に参加するのか? 昨日、ベスパホネットの討伐に行ったばかりだろ?」
「別に元気なので」
「いや、隊長たちは寝ているぞ」
「他は他、俺たちは俺たちです。いきますよ」
リオはそう言って木剣を構えた。
カンカンカンカン……。
朝の大渓谷に木剣がぶつかり合う音が鳴り響く。
「体に変化は?」
「ない。むしろ動かしやすくなった気がするよ」
「俺もだ。無駄な筋肉が落ちたのかな」
木剣を振りながら会話しているのに、2人ともちゃんと相手の急所を狙っている。精度が高く、フェイントも混ぜてくるので、一緒に訓練をしているアラクネ兵たちは返事もできない。
「スキルは取った?」
「ああ、俺は『音量調節』って耳のスキルを取った。自分の雄叫びで鼓膜が破れないようにな」
自爆しないためでもあるが、起きたら聴覚が上がっていて遠くの音も拾ってしまい、町の喧騒がうるさく感じたのだとか。ドラゴン族の成長期なのか。
「そういうこともあるのか。俺は逆に『地獄耳』スキルを取ったよ。ロサリオは?」
「俺は『追尾』って鼻のスキルだ。匂いを嗅いで、獣を追いかけようと思って」
「女も追いかけられるようにだろ?」
「それもあるね」
カンッ!
ロサリオが苦笑いしたのをきっかけにアラクネ兵たちが畳みかけてこようとしたので、俺たちは彼女たちの木剣を弾き飛ばした。
「すみません」
「今のはロサリオが悪い」
「誘ったわけじゃなくて普通のリアクションだったんですけど……」
「器用な奴らだ」
その後も、しばらく訓練をしていた。アラクネ兵たちは壁を使っても重い攻撃を仕掛けてくるので、勉強になる。
「アラクネの立体機動について来られる者がどれだけいるか。こちらは自信を無くすよ」
訓練終わりに汗を拭きながら小言を言われたが、同じ攻撃だけでは簡単に対処されてしまう。
「いい訓練になりました。ありがとうございます」
ダイニングではクイネさんが朝食を食べていた。どこかに出かけるのか、襟のあるアイロンをかけたシャツを着ていた。
「クイネさん、どこか行くんですか?」
「工房だよ。まじないのデザイナーとしてしばらく働くことになったんだ」
「よかったじゃないですか」
「よかったんだけど、宿舎から出ることになった。お前さんたちとは離れ離れだよ」
「どうせ、俺たちは今日発ちますよ」
「え!? 本当かい!?」
リオとロサリオも頷いている。
「実験が成功したんで、別の場所でも試したいんです」
レベル上げの実験とは言わなかった。魔王の句も、それぞれ解釈が違うだろう。
「そうかい。寂しくなるね。次はどこに行くんだい?」
「大森林を抜けて東へ行ってみようかと」
「じゃあ、ロックフィールドか」
「どういうところなんです?」
「岩石地帯でゴーレムとか物質系の魔物が多いね。吸血鬼や死霊系の魔物もいるから呪いの本場でもある」
「へぇ……」
死霊系だとそれほど多産というわけでもないだろうから、大発生はないだろう。
アラクネ隊長も起き出してきて、徐々にアラクネたちが集まり始めていた。
「隊長。コタローたちが今日旅立つって」
「え!? そうなの? もう少しいたらいいじゃないか。もう見るところはなくなったか?」
「いえ、そういうんじゃなくて……」
「俺たちは目的があって旅をしているから、それを達成したから次へ向かうんです」
「夏の休みにも限りがあるので」
リオもロサリオも大渓谷に飽きたわけではない。伸びている今、どこまで成長できるのか自分が気になるのだろう。
「じゃあ、今日が最後か」
「ええ」
「今日はどうするんだ? 旅の準備か?」
3人ともいつでも旅には行ける。
「最後に闘技場に行こうかと」
リオは登録した闘技場に出てみたいらしい。自分の実力を知りたいのだろう。
「俺は武器屋に」
ロサリオだけ行ってなかったからな。
「船のチケットを買いに行きます」
できればロックフィールドの地図が欲しい。
「自由でいいな」
「学生ですから」
職業は最大限使わせてもらう。
「せっかくなので俺とデートしますか?」
ロサリオは隊長を誘っていた。
「え、いやぁ……、デートって言われても……」
「どうせ、コタローについていってもわけがわかるのは明後日くらいですよ。だったら今、楽しんだ方がいい」
なんつー誘い文句だ。
「いいだろう」
「リオが闘技場に行くなら、私が応援に行こう」
アラクネ兵はリオを応援しに行くらしい。
「私は仕事だからな」
クイネさんは仕事。結局、俺は一人で大渓谷最後の日を過ごすことになりそうだ。
朝食のフレンチトースト的な美味いものを食べ、俺はとっとと船着き場へ向かう。
最終便でロックフィールドに行けるか聞いたら、2日かかるがあると船着き場の職員が教えてくれた。チケットを3枚買って、俺のやることは終了。アイテムの補充に向かう。
蜘蛛の巣玉は大量に買いこむ。回復薬は意外に使わない。代わりに軽い薬草と包帯を買っておいた。ロックフィールドだから、小さいピッケルなんかも買った。鉱物資源が多いのだろうか。
ゴーレムがいるなら、魔石ランプも買い足すか。罠用の軽いスコップも欲しい。
魔石をお金に換えて、お金を携帯食に換える。レベルが上がるとどうしても腹が減るので、屋台を回って手当たり次第に食べていった。魚も鳥も美味い。
ハーピーがいるからか、飛んでいる魔物の肉も多かった。肉厚のワイバーン肉は脂がのっていてめちゃくちゃ美味かった。
大森林なので、木の実の甘味も多い。タルトやナッツクッキーなどが普通に売っている。食文化は発展していた。
織物工房に行って、作業用に汚れにくい服も買った。お金を払っていたら、わざわざ工房長がやってきた。
「もう旅に出るって?」
「ええ、今夜の便でロックフィールドへ」
「そうか。品物は辺境のアラクネ商会ってところに送ればいいんだろ?」
「お願いします」
新しい服ができたら辺境でも取り扱えるように、アラクネ商会と契約を結ぶ。討伐仕事で稼いだお金のほとんどがこれですっ飛んだ。相変わらずの貧乏旅になりそうだ。
「間違いなく届けるよ。クイネがもしかしたら辺境に行くかもしれない。コタローたちを見ていたら、やっぱり自分の研究がやりたいみたいでね。うちの仕事が終わったら、雇ってあげておくれ」
「ええ、わかりました。待ってます」
クイネさんが来る頃には、俺も辺境に帰ってないといけない。
夕方、宿舎の部屋を片付け、船着き場に全員集合していた。
それほど滞在していたわけではないのに、だいぶレベルが上がったような気がする。レベルを上げる方法がわかった気になっているのかもしれない。わかった気になっているというのは油断だ。今のレベルは33。アラクネさんのレベルは確か34だったから、もうすぐ並ぶ。
「あ、船が来た」
見送りにクイネさんやアラクネ隊長たちが来てくれた。
「お世話になりました」
「ああ、また来い。いつでも待っている」
アラクネ隊長はロサリオと固い握手をしていた。
「もしかしたら私も辺境に行くかもしれないよ」
工房長が言ってた通りだ。クイネさんは辺境に興味があるのか。
「ええ、待ってます」
「優勝おめでとう。でも、本当にいいのか?」
リオは闘技場のトーナメントで勝ち上がり、あっさり優勝したらしい。優勝カップを貰ったが、置き場所がないので、アラクネ兵にあげていた。
「ああ、旅にはもっていけない。預かっていてくれ」
「わかった」
俺たちは船に乗り込む。
「さよなら! また会いましょう!」
「またな~!」
陽が暮れる大渓谷の街並みを見ながら、手を振ってアラクネたちと別れた。つくづくアラクネとは縁がある。




