63話「蜂に願いを…」
ブンッ。
闇夜に蜂の羽音が鳴った。
「いる」
「誰か『魔力探知』って取ってないか?」
リオは方向はわかるが、距離がまだつかめていない。
「取ってないけど、あったかな……、ある! 取るわ」
俺は余っているスキルポイントを使って『魔力探知』スキルを取得。結構レアなスキルらしい。
暗闇の中にぼんやりと赤い光が見えた。それがベスパホネットの魔力のようだ。
「当てるぞ」
俺は蜘蛛の巣玉を構えた。
「いいぞ」
パッサ……。
夜中でも『的当て』スキルを使えば外さない。
ブブブブ……。
羽の音を頼りにリオが切り、ロサリオが突いた。
魔石ランプで照らすとしっかりベスパホネットが死んでいる。解体して魔石と針を取り出し、『もの探し』で巣を見つけた。近場にあるので、光はほとんど上昇しなかった。
「巣の入り口は二つ。上下だから崖にあるみたいだな」
「どうするんだ?」
「崖上の入り口を塞いで、下から燻してしまおう。どうせ蜜は取れないだろ?」
「そうだな。罠は仕掛けるんだろ?」
「もちろんだ。悪いんだけどロサリオ、荷物を半分、崖上まで運んでくれ」
「わかった」
荷物を半分だけロサリオに渡して、一気に運んでもらった。俺とリオは崖をよじ登る。ロッククライミングほどではないが急斜面だ。
「なぁ『魔力探知』だとどれくらい見える?」
リオに言われてみたが、ベスパホネットの巣はとんでもなく大きかった。3階建てのマンションくらいはある。最奥は真っ赤で、強い魔力を感じた。
「これは、もう一つくらい作戦を仕込んでおいた方がいいな」
「そんなにヤバいのか」
「ああ、崖ごと崩されるかもしれない」
「火じゃダメなら水か?」
「ちょうど麻痺毒もある」
近くには滝もあり、水に麻痺毒でも混ぜればいいか。
「効くといいけどな」
崖上まで辿り着くと、そこら中から無数の羽音が聞こえてきた。崖の上はそれほど木が少ないので月明りに照らされている。襲い掛かってきたのだけ、蜘蛛の巣玉をぶつけて対応。リオたちが解体している間に、罠を仕掛けまくる。
やはり空を飛ぶ魔物は厄介だ。ただ、女王バチが飛べるとは思えない。むしろ卵を産み過ぎて形も変わっているから、それほど動けないはずだ。できるとすれば、兵隊蜂を興奮させるくらいだろうか。
樹液とスライムの粘液に川の砂と砂利を混ぜて即席セメントを作った。
後は手ごろな石を集めて、穴を塞ぐ準備は完了。
第二の矢と第三の矢まで想定。川原から落とし穴を並べて掘って、水攻めの準備もしておく。それからいざという時のためにライトトラップも用意した。最終的に周囲の魔物も巻き込んでしまおうということだ。
「アラクネの糸をありったけ貰えますか?」
後ろから付いてきていたアラクネ兵たちに聞いた。
「構わんが……」
俺はアラクネの糸を受け取ると、撚って炙って強くして、崖の至る所に仕掛けておく。
「それじゃあ、まずは上の入口を塞ぎますか」
「「了解」」
俺たちは入口付近のベスパホネットを蜘蛛の巣玉で落とし、その間に石で入口を塞ぎセメントで固定。崖下の入り口には松脂と樹液がたっぷりしみ込んだ松明を投げ込んだ。
「出てきたら、切って突いておいてくれ!」
「わかってるよ!」
「頭部と胸部の間でいいんだろ!?」
「その通りだ」
二人とも、入口の横で待機して出てくるベスパホネットの首を斬り落としていた。
徐々に入口に死体が溜まっていくと、リオが炎のブレスで焼いてしまう。俺は煤が出そうな松や杉の枝をどんどん投げ込んでいった。
兵隊蜂らしき個体が入口付近を壊そうとしたが、アラクネの紐がしっかり結ばれていて崩れてもそのままの状態だった。崖崩れ防止ネットのような役割をしたのだろう。
崖上から飛んでくるということもなく、ひたすらベスパホネットの巣を焼いていった。
「あれ? 予備の罠は必要なかったかな?」
口に出した瞬間に、巣から雄叫びに似た声が聞こえてきた。
キィイイイイアアア!!
血が沸騰しそうな声だったが、それが女王蜂の断末魔で、以降兵隊蜂も働き蜂も巣から出てこなくなってしまった。『魔力探知』スキルで見ても赤い光が見えない。ただ焦げ臭いだけ。
「とりあえず、中を酸欠状態にするから、朝まで待機だな」
「なんかあっさり終わっちまったな」
「いや、これが普通なんじゃないか。こんな討伐の仕方はコタローしかしないだろ?」
「それもそうだな」
「いや、結構皆やっていると思うけどなぁ」
倒木を適当な大きさに切って、燃えている入口に投げ込む。あとは火の番をしているだけでいい。
アラクネ兵たちが崖上から下りてきた。
「終わったのか?」
「たぶん。朝になったら、崖上の入り口を開けて水を流し込みましょう。火炎耐性がついていても水で溺れてくれるはずなので」
「容赦ないな」
「一応、依頼を請けて来てるので、仕事はきっちりしないと信用なくなりますから」
どれだけレベル上げがメインだと言っても、仕事を請けている責任はある。
「まるで戦ってないじゃないか?」
「安全を考えると交戦は最後の手段ですよ」
「戦わない修行なんてあるのか!?」
アラクネ隊長は納得いかないらしい。
「戦いたければ闘技場に行きますよ。野生種と好んで戦うなんて必要はないんです。むしろ違う鍛錬に使った方がいい」
「違う鍛錬だと……?」
「温度を感じ、音を聞いて、臭いを嗅ぎ、生きているベスパホネットがいないか探すことです。せっかく焼いたのに、生き残りがいて怪我をさせられるのが一番迂闊ですよ」
「では完全には終わっていないのか?」
「ええ、でも、まぁ、休憩みたいなものです。朝になってから緊張しましょう。気合を入れるタイミングを考えないと疲れちゃいますよ」
「そうだな……」
「蜂蜜パンでも食べますか?」
「鬼か。蜂の巣焼きながら蜂蜜パンって……」
「甘いですよ。クイネさんが作ってくれたんです。ジャムパンと蜂蜜塗ったパン」
俺たちは甘いパンを食べながら、交代で休憩した。こういう時は、人数が多いと楽だ。
「ああ、やっぱり生き残りがいるな。動いている音がしている」
明け方、リオが報告してきた。
「直接、巣を焼くか」
「少し、上の入り口を開けてくるかい?」
「頼む」
ロサリオが崖上に跳び上がり、セメントで塞いだ入り口を少しだけ開けに行った。
風の通りがよくなって、薪がよく燃え始めた頃、余っていた薪をすべて入れ、リオが燃やした。
ロサリオが戻ってきた。
「穴から火が見えてたからかなり燃えてるはずだ。これで生き残りがいたら、火炎耐性を持っている個体だろう」
日が昇り周囲が明るくなってから、俺たちは崖を上り、入口と落とし穴を崩し、川の水を巣へ向けて流した。どこまで効果があるかわからないが、ビッグモスの鱗粉も混ぜておく。崖下から、ベスパホネットの死体が出てきたとアラクネ兵たちから報告があった。
しっかり鎮火したのを確認して巣跡に侵入した。最奥の女王蜂の死を確認しに行った。
真っ黒に焦げて濡れているが、腹部に立派な模様が入った熊のように大きな女王蜂が鎮座している。
「すげぇな、女王蜂っていうのは、火にも水にも強いのか」
ぐらりと女王蜂が動いた。
叫ぼうとした女王の首をリオが刎ね飛ばし、ロサリオが胸を割っていた。
討伐は完了し、魔石を取り出し、残っている針を回収し、崖下から出る。出た途端、アラクネ兵たちが拍手していたが、依頼を達成しただけだ。珍しいことでもないだろう。
俺は女王の腹の模様が、工房長から貰った合羽の模様に似ているなどと余計なことを考えていた。
「花嫁に送る願いか」
「なんか言ったか?」
「いや……」
俺たちはその日のうちに次の町へ旅立つことを決めた。




