62話「アラクネさんからの手紙」
酒場を回り、ベスパホネットという蜂の魔物の討伐依頼を見つけた。
「一応、青鬼族のレギュラーなんですけど、この依頼、請けられますか?」
「構わねぇけど……、それほど被害は出てないから報酬はあんまり出してやれないぞ」
ミノタウロスのマスターは、深い皺を作っていた。
「大丈夫です。ちょっとした訓練も兼ねているので」
「ならいいけどよ。討伐部位の針は使い勝手もいいから、いくらでも買い取るからな」
「わかりました」
「ああ、なんだ。お前さん、噂の人間だな?」
「知ってるんですか?」
「ああ、情報局が大荒れらしいじゃないか。皆、どうにかしろと思っていたからよかったよ」
依頼を張りだしているような酒場は、小さな情報局になるという。二階ではレギュラーのハーピーも待機しているし、問題解決の機動力はあるものの情報の仕分けが大変なのだとか。
「実際、金の流れを読めないと町中じゃなかなか儲けられないんだよな。森の依頼を開拓できたらだいぶ違うんだ」
大きな町だと区画ごとに縄張りが決まっているのだろう。東京でも豊島区の警察が練馬区の事件に関与できないとかあったからな。
「まぁ、旅人なんでそれほど期待しないでください」
「住んじまえまばいいのに。娼館なら紹介するぞ」
「それはまた今度」
俺たちはアラクネ兵の宿舎に戻り、ベスパホネットの討伐準備を始めた。場所は大渓谷の森の中。地面に穴が空いていて、もしかしたらかなり大きな巣があるかもしれないと依頼書には書かれていた。
「あなたたち、また魔物の討伐に行くのかい?」
クイネさんが呆れたように俺たちの準備を見ていた。
「そのための旅ですよ」
「コタローがまたレベル上げのコツを見つけたかもしれないんです」
「五感をすべて鍛えて、それぞれレベルを2上げられたら、それだけで10は上がりますから」
「コタローは何を言ってるんだい?」
「稀人の言うことは気にしないことです」
ロサリオがフォローしていた。本当に旅の仲間は頼もしい。
「さっき工房長が来て、試作品を置いていったよ」
織物工房の工房長がすぐに動き出したらしい。動ける魔物と動けない魔物がいる。資本主義は動ける者に微笑むのは前の世界と同じだ。
クイネさんが紺色のレインコートを見せてきた。内側には黄色い刺繍が施されている。
「合羽ですか?」
「火と水を防ぐまじないがかかっているようだね。昔は花嫁にしか使わなかったまじないだよ」
「水難や火事に遭わないようにってことですか?」
「その通りさ。結婚生活っていうのはそれくらいの苦難もあるから、乗り越えられるようにってね」
「昔のまじないにはちゃんと意味があるんですね」
「そうだよ。願いであり呪いでもある。アラクネは種族として縁結びが重要だったのさ」
「だから、アラクネには縁があるのか。随分、甘えさせてもらってます」
頭を下げると、いつの間にかアラクネ隊長が手紙を持って現れた。天井を歩くアラクネの気配を見つけるのは至難の業だ。
「いや、アラクネは縁を切るのも早い。続いているということはそれだけコタローがアラクネを大事にしている証拠だ。ほら」
手紙には、『辺境:アラクネ商会アラクネ』と書かれていた。
『コタロー、お元気ですか。
こちらは倉庫の修繕工事が佳境に入り、間もなく出来上がるとブラウニーたちが言っております。倉庫としての仕事はまだそれほどありませんが、副業の温泉が大盛況になっています。レベル40を超えるおじいちゃんとおばあちゃんで大盛況となっており、もしかしたら戻ってきた方がいいかもしれません。
それから、リザードマンの酒処からお酒が届きました。教官たちが喜んでいます。
コタローがオークの群れを討伐したと聞いて、驚いています。帰ってくるまでにどれくらい成長しているのか今から楽しみです。
夏でも辺境の夜は寒いので、なるべく早めに帰ってきてくれることを願ってします。
アラクネ 』
「返信でも書いた方がいいんじゃないか?」
「送れますか?」
「もちろんだよ」
俺も紙を貰って、大渓谷であったことや『奈落の遺跡』のプレートに書いてあった魔王の句から予測されることなどを綴った。
「レベルが50になり次第帰ります、と」
「封筒はこれね」
クイネさんが封筒も用意してくれた。
「ありがとうございます。アラクネさんたちは筆まめなんですか?」
「そりゃ情報局なんて作るくらいだからね。今度から、もっと送ってやんな」
「わかりました」
アラクネ隊長は手紙を鷲の足に括り付けて送ってくれた。あれほど大きな鳥なら辺境までひとっ飛びか。
「どこか行くなら、私たちもついていくからね」
「大変だとは思いますけど、できるだけ邪魔にならないところで待機していてください。結構、危険な目に遭うんで」
「え、衛兵だぞ!?」
邪魔と言われるとアラクネ隊長も、そりゃ怒るか。言い方に気をつけよう。
「こちらは学生の実験ですよ」
「試し斬りもしていない刀を振り回しているんでね」
ロサリオもリオもフォローしてくれる。
「今回の案件は、俺たちのレベル上げがメインです。傍から見ればおかしな行動を取るかと思いますが、一応俺たちにも計画があるので気にしないでいただきたいだけです」
「いいだろう」
とりあえず、毒だけでなく粘液系の素材採取もしておくことにした。樹液とスライムの粘液を混ぜると粘着性が増すとクイネさんが教えてくれたので、大量に買っておく。
「では、よろしくお願いします。危険だと思ったらすぐに退避を」
「わかっている!」
アラクネ隊長は精鋭のアラクネ兵と一緒に俺たちの後をついてきた。
「荷物が多いんだな」
俺の荷物を見て、アラクネ兵の一人がつぶやいた。
「それが倉庫屋の武器ですから」
笑って返したが、あまり理解はされなかったようだ。
「とにかく、目と耳、鼻はなるべく使っていこう」
「了解」
「触覚は使わないのか?」
「たぶん、肌感覚は風の動きを読んだり、触ったものの量を計ったりするんだと思う。もしスキルが発生したら教えてくれ」
「なるほどな」
リオもロサリオもしっかりついてくる。
魔物の糞があれば臭いを嗅いで、どれくらい前のものか時間経過を考え、魔物が飛んでいる音がすれば、どれくらい離れているのか距離を予測する。たったそれだけだが、意識すればするほど、今まで全然使えていなかったことがわかる。
「いかに視覚に頼っていたかがわかるな」
「そうだ。でも視覚も大事だぞ」
「なあ、俺、おかしいのかな。後ろを歩いているアラクネ兵たちが俯瞰して見える気がするんだけど……」
跳び上がって距離を確認していたロサリオが、唐突にスキルに目覚めたらしい。
「いや、そういうスキルを今習得している最中かもしれない。感覚を忘れない方がいい」
「たぶん音だ。腐葉土を踏む音と俯瞰している短期記憶が混ざってるんだ。ロサリオ、それすごいぞ」
「そうなの?」
「考えてみれば感覚を総動員するなんて当たり前だよな……。今後はなるべく風も読んでいこう」
「ちょっとしか進んでないのにめちゃくちゃ疲れるな」
「たぶん、使ってなかった体の機能を使ってるからだ。これなら姿かたちを変えずに成長できるぞ」
「間違いないな」
俺たち3人は興奮しながら進んだが、後ろから追ってくるアラクネ兵たちは何をやっているのかわからなかったらしい。
「もうすぐ日が落ちるがいいのか?」
暗い方が感覚が研ぎ澄まされる。
「そっちのほうがいいのでこのまま行きます」
俺たちはベスパホネットの生息域へ入っていった。




